幽霊と魔女と弟子
「というわけで神獣様の力で私は"幽霊族"という種族としてこちらの世界に転生? することになりました」
ふぅ、と一呼吸。
事故にあった話から元の世界での私のこと、この世界で聞いたことを聞かれるがままに話した。
外は既に薄暗く、夜明けも近いようだ。夜通しだったけれど、眠くならない。これも幽霊としての能力だろうか?
「なるほどね、事情はだいたい分かりました。あなたも大変だったわね」
話している間に彼女の表情もだいぶ柔らかくなり、警戒心はだいぶ薄れたようだ。
「さて、今度は私の話だけど、ヴィロ様には昔、お世話になったことがあってね。その時に加護を頂いたことがあるの。だから、ヴィロ様が頼れと言ったのは私で間違いないわよ。ヴィロ様の加護を持っている人なんてそんなに居ないもの」
「そういえば、私も加護を頂いたみたいなんですが、加護ってなんですか?」
「加護というのは神様から授かる恩恵。大小さまざまあってね。小さいことだとちょっと腕っぷしが強くなったりするわ。大きいことだと魔法の才能が開花したり、伸びたり。戦士なら戦いのセンスが上がったり。才能とか、センスとか、そういうものを後付けで付与してくれるものよ。この世界の神様はいろいろいらっしゃってね。神様ごとに得意なものがあって、大抵はその得意分野の恩恵を授かるわ」
「なるほど、例えばどんな恩恵が?」
「騎士の神様"アルソー"なら剣術の上達が早いとか、魔術の神様の"ルラー"なら魔術の上達が早いとかかしらね。信仰する人全員がもらえるわけじゃなくて、もらえてる人は一部、選ばれた人って扱いになるわ」
なるほど、まさに神様に選ばれた者というわけか。かっこいいなぁ。
「神様の御加護の割には少し、その、頼りなくないですか?」
正直具体性がなくてイマイチピンとこない。
「ふふ、それはあくまで一部よ。加護の強さに寄って同じ加護でもまったくの別物になるわ。それに一部って言ったけどまぁ、信仰する人の5人に1人ってところかしら」
なるほど、強さがあるのか。
「加護が強い人はそれこそ伝説に残る英雄とされているわ。山を砕く剣技を放ったとか、湖を蒸発させる炎魔法を放ったとか、ね」
「それじゃあ神獣、ヴィロ様はどのような加護を?」
「私の場合は森の中でなら魔法、薬作りに補正が入るわ。補正って言っても体感なんだけど。いつもより効果の大きい薬ができたり、魔法の効率が上がったりね」
「じゃあ私にも同じような効果が?」
「可能性はあるわね。加護の強さが分からないけど、同系統だと思うわ。あとは、魔法が使えるならば水と土属性の適性が上がったりかしらね」
「加護かぁ。どうなんだろう。そういえば魔法がこの世界はあるんですよね? ヴィロ様曰く、幽霊族は精霊族に近くて、魔法が使えるそうなんですが、どうなんでしょう?」
「ヴィロ様が言うからには適性があるかもしれないわね……覚えたいの?」
「まぁ、元の世界では魔法なんてものはありませんでしたから。覚えられるなら」
魔法、元の世界にはなかったもの。私だって小さい頃は、テレビの中の魔法少女に憧れたこともあった。
「そう、じゃあ私の、魔女の弟子になるっていうのはどうかしら?」
「魔女の弟子、ですか?」
「魔法っていうのは誰もが使えるわけじゃない、種族柄使える種族もいるけど、人族では一部ね。その一部も師匠を得て魔法を習得していく。私たち魔法使いや魔女は弟子を3人まで取ることができる。そして必ず生涯で一人以上弟子にしなくてはならない。というルールがあるの。これは魔法を途絶えさせないため。また、広めすぎないためという制約なんだけど」
全ての人が魔法を使えるわけじゃない、か。
「魔法についての講義は追々として、どう? 私は過去に一人弟子を取っているからあと二人まで取れる。魔法を覚えたいなら事情を知っている私程、適任は居ないわよ?」
確かにその通りだ。ここまでのぶっちゃけた話をした以上、このままここでお世話になるのが一番危険もないだろう。ここ以外に家があるのかも分からないし。
「魔法は覚えたいです。でも、一つだけ確認させてください。さっきの話では昔、弟子を取っていると言っていましたね? なら、あなたは無理に弟子を取る必要がないはず。それなのに、私を弟子にしようとしている。どうしてですか? 憐れみですか?」
そう問いかけると女性は少し困った顔をした後、私の眼を見て、にっこりと笑った。
「貴方が気に入ったから。じゃダメかしら? その奇異な出で立ち、別の世界の知見、全てが興味をそそるわ。貴方と一緒なら私の研究も捗りそうという打算もあるけれど」
「……研究、ですか? 魔法の?」
「えぇ。私はこの世界の死後について研究をしているの。死んだ人間はどこにいくのか。死体を調べても何も分からない。でも、こうして話して、聞いて、蓄積したこの記憶や、この感情はどこに行くんだろうか? それが知りたくて研究をしていたのよ」
「それならヴィロ様の話で——」
それから先を言おうとした時、女性の人指し指が先んじて私の唇を塞ぐ。
「それを研究者に言うのはご法度よ。でもまぁ、私はその結論にはすでに到達していた。だから許してあげる」
「知っていた、ということですか? 人が死ぬと転生するということを?」
「研究の途中で気づいた。が正解ね。私の最終目標はね。転生後の自分に今の自分の記憶や意志を持ち越せるのか、というのが命題なのよ」
それは、前世の記憶……というやつだろうか。
それを来世に持ち越そうとしている。
「貴方の存在、幽霊、魂という形は盲点だったわ。死んだ人間がそういう形態を取るということは、身体を調べただけでは分からない情報ですもの。だからこれは師弟関係であり、協力関係。貴方は魔法を学ぶ、私は魂と幽霊の研究をする。これが貴方を弟子にしたい理由よ。どう?」
協力関係。
確かに私の存在はこの世界になかった概念だろう。
この世界では輪廻の転生は死んだら即座に行われるらしい。
魂という形を捉えることはできないだろう。
今の私は幽霊族という形で種族を得ているが、その性質は向こうの世界の幽霊が基準だ。
私を調べることでそのきっかけを得るという考えも理解できる。
対価は私が魔法を覚えられる。
どのみち、現状ではここ以外に頼る場所はないのだ。なら、答えは一つ。
「分かりました。私を貴方の弟子にしてください」
女性はニコっと笑って、右手を伸ばす。
「決まりね、これからよろしく」
私は右手を伸ばして握手をする。こちらの世界でも握手の文化はあったのか。
「はい、よろしくお願いします。師匠」
師匠、そう呼んでから気づいた。
「そういえば、話ばかりしていて自己紹介をしていませんでしたね」
「そうね、私も貴方も名乗っていなかったわ」
「それじゃあ私から、私の名前は」
そこでまた女性は人差し指で今度は自分の唇を抑えた。
「貴方は魔女の弟子になったのだから、魔女らしい名前にしましょう。貴方はこの世界で生まれ変わった。なら、この世界では別の名前でもいいと思わない? 少し、考えてみたら?」
この世界での、新しい名前……
そう言って一歩下がって、彼女はボソボソと言葉を紡ぐ。
すると棚に掛かっていた身長程ある杖と帽子が飛んできて彼女の手に収まる。
帽子を被り、杖をで床を突く。
「それじゃ私から――私は深霧の森の魔女、ヴィ・シュナス。深霧の森の魔女は私の二つ名よ」
言い終わると同時に杖で地面を叩く。すると地面に赤い燐光の魔法陣が浮かびあがり、その中央から火の玉が溢れる。
これが魔法だと、言わんばかりに。
「よろしくお願いします。シュナス師匠。私の名前は『星野 詩織』。えっと、新しい名前は、師匠に付けて欲しいです。お願いできますか?」
それを聞いて師匠は目を見開いたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。
「そう、貴方がそれでいいのなら……うーん、シオリ……シオ……シャオリー、うん、シャオリーがいいわね。響きがいい。あなたの新しい名前は『ヴィ・シャオリー』よ」
ヴィ・シャオリー。シャオリーか。
「師匠、師匠にも付いてますけどその名前の前の"ヴィ"ってなんですか?」
「これはね、神様の加護を受けたものが名乗る証のようなもの。私たちの加護は"ヴィロ"様、だから"ヴィ"。アルソーなら"アル"、ルラーなら"ル"と名前に付けるのよ」
それでヴィ、か。面白いなぁ。
「それでは師匠、これから弟子として、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」
「えぇ、よろしく。シャオリー。ここがこれから住む貴方の家よ」
こうして私がヴィ・シャオリーとして生きる、この世界での生活が始まった。
2019/04/15
内容の一部を修正しました。
魔女名を付けるくだりですが、設定がややこしいかと思いましたので、
異世界での新しい名前を付けるという形に変更しました。
大筋の流れは変わりません。