幽霊と親友と心の距離
「あぁ……ようは精霊達が持つ受信するための器官が分かればいいのよね?」
「そう、でもウンディーネの時の記憶を元にしても今身体にない器官はどうも研究しづらい課題でね。記憶だけだと上手くいかないんだよ」
その器官を見つける方法は、ある。あるけれど……
「ん? あぁ、どうやら帰ってきたみたいだ。馬車の音だよ」
ガタガタ、カサカサと外から車輪が地面を転がる音がする。
ドリーがサリファと馬車を連れて来たみたいだ。
扉を開けて外へ出る。ちょうど御者台に座ったドリーが見えた。
ドリーはこちらに気づいたのか手を振っている。
釣られて手を振り返す。ドリーの顔は心の整理が付いたのか良く見る彼女の笑顔に戻っていた。
とはいえ、今度はこっちがいつも通りにできるかどうか……
◆
「おぉ~! 貴方がエルフの魔女さんですか! 初めまして! あたしは聖王国から来たサリファです!」
「えぇ、よろしく。私はロゥ・マーリン。魔女、ってことでいいか」
サリファとマーリンが自己紹介する中、少し離れてその様子を見守る。
さっきの話が再開されたらどう話そうか。
やっぱり案はないって断った方が……
クイクイ
「ん?」
袖を引っ張られる感覚に振り向くとドリーが袖を摘んでいる。
なにやら眉を釣りあげて少し怒っているようだ。
「どうしたのドリー?」
ドリーは怒った顔でそのまま袖を引っ張って外へ連れ出そうとする。
「え? えぁちょ!? ちょっとドリー!?」
突然のことに動揺を隠せず、声を張り上げてしまうがサリファとマーリンは話が弾んでいるのか聴こえていないようだった。
その横でルルが目配せをしてくる。
あれは……ドリーとグルの目だ。昔、二人で私にイタズラを仕掛けに来た時と同じ目だ。
外に出ると森の湿った風が顔に吹き込んでくる。
この風は深霧の森の湿り気とはまた違うが、少し似ている。
「……こうやって二人で森に居るっていうのも久しぶりね」
最近はルルも居たし、アーネも森の付いて来ることが多かった。
ドリーはルルと一緒に薬草を取りに行くことが多くなったから、魔法の研究に傾倒するようになった私とは中々二人きりになることはなかった。
ドリーは背中を向けている。その背が語るのは怒りと、悲しみ?
4年。4年だ。
この世界で初めて出会った人。ヴィロ様は神様だし置いとくにしても。
それから毎日のように顔を合わせ、言葉ではない、身体で、文字で、心で会話をしてきた。
私にとっての彼女は……
クルっと振り返るドリー。
その顔はやはり眉を寄せてこちらを睨んでいる。
ドリーの右手が宙を指す。
指先からマナの燐光を放ち、文字を描いていく。
それは私が教えた向こうの世界の文字。この世界では私とドリーだけが知っている文字。
『ナニヲカクシテイルノ?』
「……隠してなんか」
『ウソ シャオハワタシニカクシテル』
「……それは」
『ワタシノカコヲキニシテル?』
「ッ!」
『ソウナノネ マッタク アナタミタイナワカイコガソンナコトキニスルンジャナイノ』
「……え? ドリー?」
ん? 今なんて?
『ワタシノカコヲシャオガシッタカラッテナニカカワルノ?』
「それは……でも、それは貴方の大切な」
『タシカニワタシノナカマモカゾクモ、モウキオクニシカソンザイシナイ』
「…………」
『デモソレヲアナタガキニスルノハチガウワヨ? タシカニサッキハスコシカオニデテシマッタカモシレナイ ケレドモウムカシノコト キニシテナイワ』
「ドリー……」
『シャベリスギタカシラ……アナタハセオイスギナノヨ ヒトハ モットジユウニカンガエテ ジユウニウゴイテイイ シッパイヲオソレナイデ ススミツヅケルベキナノ ソレガワタシノアコガレタ ヒト トイウイキモノナノダカラ』
最後にドリーは『アナタハユウレイダッタワネ』とはにかんで笑った。
そうだ、私は、ドリーに気を使っているつもりで、ドリーに気を使われていた。
私は、ドリーと面と向かい合って彼女を理解しようとしたことはあっただろうか?
私はドリーの過去を知らない。
私はドリーが実は些細なことで笑ってしまうことを知っている。
私はドリーの将来の夢を知らない。
私はドリーが友達想いの優しい子だと知っている。
私はドリーの年齢を知らない。
私はドリーが……
私はドリーの……
知っていること、知らないこと、たくさんある。
当然だ。友達の全てを知ることなど、いや、相手の全てを知ることなんてできやしない。
それでも、私はドリー、貴方を知りたい。もっと知りたい。
私は貴方を、親友と思っているから。
「ドリー、私の我がままと、相談を聞いてもらってもいい?」
コク
静かに、優しくドリーは頷く。その顔にさっきまでの怒りも悲しみもない。
彼女にあんな顔を、二度とさせたくない。
「私は貴方のことを親友と、友達よりも大切な存在だと思っている。この世界で初めて出会った心の許せる相手だと。だから貴方を傷つけるかもしれないと考えたら怖くて、心に秘めるしかなかった」
「…………」
「だけど、私は貴方の事をもっと知りたい。そして、私が今考えていることをしようとすればきっと知ってしまう。だから二の足を踏んでいた」
ぎゅっと、柔らかい感触が全身を包む。
ドリーがそっと抱きついていた。
「……ありがとう。実はね、貴方が居ない間にマーリンから相談があったの。精霊との会話について」
そしてマーリンから聞いた精霊の言葉の意味を伝え、その精霊が持つ器官を知る必要があることを伝える。
「私には、そのブレイクスルーを可能にする方法がある。具体的には貴方の協力が必要なんだけど」
抱き締められていた身体が解放される。一歩、二歩と後ろに下がるドリーは何も言わず、ただこちらの瞳を見つめてくる。私の言葉を待っているんだろう。
「精霊族の身体には精霊と交信、念話するための器官があるはずなの。それを知るためには貴方の身体を貸して欲しくて、その、でもそうすると貴方のことを深く探らなくてはならなくて、そうしたらッ!?」
ドリーの人差し指が私の口を塞ぐ。
ドリーは笑ってまた後ろに下がり、両手をゆっくりと拡げる。
それは、全てを受け入れると、言っている。
信じて、くれている。
深呼吸を一つ、二つ、心を落ち着かせて、今から話す言葉を反芻する。
まるで告白でもするようだなと思う。似たようなものか。
貴方の全てをさらけ出してください、と言っているようなものだ。
「ふぅ」
ドリーと向き合う。彼女は変わらず受け入れると腕を伸ばしている。
……困っている人に手を差し伸べるのは私のはずなんだけど……
「ありがとうドリー。貴方が居るから、私は私を貫ける。だから貴方には、私の寄り添う大樹であってほしいと思っている。だから」
「貴方に憑依させて欲しい。貴方の全てを見せて欲しい」




