幽霊と転生と振り返り
振り返り、語ったのはこの世界に来てからの軌跡。
神獣ヴィロ様との交通事故から始まった私の第二の人生。
この世界では理として存在しない幽霊の特徴を持った幽霊族として生まれ変わった。
深霧の森で弟子入りした師匠、魔女のヴィ・シュナスと精霊族のドリーとの生活。
魔法との出会いは私の第二の人生に生きがいを与えてくれた。
元の世界ではシステムエンジニアなんてIT土方で生きていたが、物を作るのは子供の頃から好きだった。
プログラムも魔法も考え方はパズルと同じだ。
パズルの凹凸は合っていても合っていなくても一応は噛み合う。
しかし進めていくとどこかで破綻してしまう。
それを綺麗に作って完成させる楽しみがパズルにはある。
魔法も一つの現象や動作を繋げて実行する。
火、矢、撃つというそれぞれの意味を持つ魔法文字を呪文は言葉で、魔法陣は文字で引き起こす。
単調な魔法程実行までの時間が短い。
レスポンスが短いことはいいことだ。
そんな魔法がもしも人の役に立つのなら、私は魔法をそういう風に役立てたいと思う。
お節介な奴と、学生時代の友人からよく言われたものだ。
人が困っていたら手が、言葉が勝手に出る。
相手が望んでいても望んでいなくてもだ。
だから厄介なやつと一時期疎まれたこともあった。
凹んで、泣いて、それでも立ち上がれたのは今は亡き祖父の言葉があったから。
"誰かにしたお節介は時に疎まれ、嫌われるかもしれない。それでもそのお節介をありがたいと思ってくれる人も必ずいる。後ろ指を指す奴のことは振り向くな"
その言葉があったから、私はお節介を止めなかったし、結果として仲の良い親友が出来た。
その親友とも両親とも今では死に別れとなってしまったのは寂しいが、死んでしまったものは仕方がない。
向こうでは私の葬式が行われたのだろうか。
それとも未だあの森で野ざらしになっているのだろうか。
ヴィロ様がよく計らってくれていることを祈ろう。神様だし。
そんな気持ちで気づけば3年あの森で生活し、魔法について、この世界についてを学んだ。
タルタスの町には新しい友達や慕ってくれる孤児院の子供たち、魔法ギルドの知り合いや商店の親父さん、門番のジョアンと友人知人も増えた。
そしてアーネ、フィーア、シャルクとの出会いで、さらに繋がりが広がる。
彼女たちの依頼で神王都へ向かうことになった後、旅の道中で師匠やドリーとは違った知識を彼女たちから学んだ。
アーネからは冒険者としての、フィーアからは別系統の魔法の知識を、シャルクからは騎士の戦い方を。
自分で使わなくても知識として持っているだけでそれは糧となる。
道中竜退治や盗賊達との出会いがあったが、大きなトラブルもなく神王都へ到着できた。
王城でヴィリアム第二王子と出会い、王様達の呪いを治し、第二王女サラティエの暗躍を阻止。
またもや竜退治をすることになったが、なんとか第二王女を捕らえることに成功。
神王都を立ち去る際、ルルティナ第四王女が弟子入りがあったりしたが、無事にドリーの待つ深霧の森へ帰ってきた。
そして今度は師匠を追手の新しい旅。
この四年間、色々あったし、大変なことも多かったけれど、手を伸ばして、お節介をしたことに後悔はない。
おかげで多くの人と手を繋げたし、知り合いも増えた。
これまでを振り返り、語りながらマーリンに、ルルに、ドリーに語る、私の物語。
3人は静かに、特に横やりを入れずに最後まで聴いてくれた。
話し終わって冷め切ったお茶を一口含む。
「さて、これで私の話は終わり。余計なことも話した気がするけれど興味、持ってもらえたかな?」
マーリンは呆けたように口を開けていたが、ハッと気がついたのか手元にあったお茶を一口含む。
冷めたお茶に少しだけムッとした顔をしたが、そのまま立ち上がってまたお茶を沸かし始めた。
「いや、申し訳ない。呆けていたみたい。なるほどなるほど。貴方が相当特異な人ということは理解したわ」
「信じてくれるの? こんな話を?」
「異世界うんぬんは正直分からないけれどね。ただ、私が、私だから理解できる話があったから。それで信じられると思った」
「私だから?」
お茶を沸かすために背中を向けているので表情は読めないが、どこか笑っているように思える。
「貴方、一度死んでこちらの世界に転生した、って言ったじゃない? それにこの世界では死んだ者はすぐに次の命に生まれ変わる、とも」
「えぇ」
マーリンは振り返って、まるで愉快なものをみるように微笑んだ。
「私はね、エルフに生まれる前は、精霊族だったのよ」
「え?」
「つまり私も、転生、前世の記憶を持っているということよ」
驚いて勢いよく立ち上がり、その勢いでイスが音を立てて倒れた。
「転生、そういえば師匠の研究でもしている人がいたって……あの、ヴィ・シュナスって名前に聞き覚えは? または深霧の森の魔女でも!」
「……いえ、ごめんなさい。会ったことがないわ。貴方のお師匠さんなのよね?」
「はい、師匠は転生について研究していたようで世界中を巡っていたみたいなんです。その途中で会っていたかもと思って」
「残念ながら。でも、そうだったのね。私が会っていれば色々話せたんだけど」
「いえ、ありがとうございます。そういえば元が精霊族っていうのは? 結構気になるんですけど」
「そうね。貴方が話してくれた幽霊の話とか、向こうの世界の話のお礼に私も話しましょうか」
そこで火にかけていたお茶が湧いたので、マーリンは人数分のお茶を用意しに行った。
「ルルは、私の話を聞いてもそれほど驚いていないみたいね?」
「いえいえ。これでも驚いていますよ。まさか異世界とは。そういう世界があるんですね」
「そういえばこの世界には異世界って概念がなかったわね。物語とか読んでもそういう話は聞かないし」
「私も聞いたことはありませんね。先生の世界ではあったんですか?」
「うーん、実際に異世界に行けるって話はなかったなぁ。ただ、噂話とか怪談とか、神隠しってのは異世界に行っているってのもあったし、案外その通りなのかも。空想の物語では結構あるけど」
「へぇ、どんなのですか?」
「昔話だと浦島太郎、あれも異世界じゃないかって話があったわね。男の人が亀っていう海の生き物を助けて海の中のお城に行くんだけど、時間の流れが違っていて、男の人が地上に帰ってくると100年近く経っていたというお話とか」
「それは、かわいそうですね」
「そうね。それで海の中のお城で貰った玉手箱を開けるとお爺さんになってしまうみたいな」
「物語としては悲しい話なんですね」
「そうかもしれないわね。あとは最近では異世界に勇者として召喚されて魔王を倒す話とか」
「ゆうしゃ?」
「あぁ、勇者も居ないんだっけ。魔王は居るのにね。でもあれは魔導王の別称だから意味合いが違うのかも。魔王っていう世界征服しようとした悪いヤツに困ったその世界の人が異世界の人を召喚して戦って貰うって話。異世界から呼んだ人はなんか凄い力を持ってて勇者として先陣を切って魔王討伐に向かう。そういう空想のお話とか」
「それは、なんというか無責任な話ですね」
「そう?」
「だって、自分達で戦おうとしないで異世界の人に頼るなんて」
「そうかもね。でもその世界の人ではどうにもできなくて、神様に頼るしかなくなったら、異世界だろうと救いを求めてしまうものじゃない?」
「……先生は、もし今みたいに事故じゃなくて勇者として召喚されたら、どうしました?」
「うーん、私に何が出来るか判らないけれど、困っている人がそこに居たら、助けちゃうかもね」
「……そうですか。そうですよね。先生らしいです」
「お待たせ。さっきの話、悪い魔王ならこの世界にも居たんだよ?」
お茶を持って戻ってきたマーリンがそんなことを言った。
「そうなの?」
「えぇ。エルフの国には伝承として残っているんだけど、昔世界を荒らした悪い魔族が居たらしく、そいつが魔王を名乗っていたらしいわ。その魔王を討伐したのが今の魔導王陛下の祖先で、その後に魔族を統一して魔導王国を作ったそうよ。エルフはそこに土地があったから魔導王国に居ただけみたいだけど」
「じゃあ魔導王が魔王って呼ばれることがあるのは?」
「合わせたのよ。他の国が出来て、5つの国がそれぞれを統治するようになって、神王、聖王、武王、帝王って呼ばれてるでしょ? 一人だけ魔導王じゃってことで、魔王って呼ばれるようになったらしいわ。だからこの世界で魔王ってのは魔導王のことで、過去の魔王は忘れられているの」
「そうだったの」
「ま、魔王のことはいいじゃない。それじゃ、今度は私の話を聞いてもらおうかしら」
お茶がそれぞれの前に置かれて、私は転がっていたイスを戻して腰かけなおす。
「それじゃ、私がウンディーネだった頃の話からしようかしらね」




