幽霊と研究と幽霊もどき
ふわふわと青い燐光を漂わせながらその幽霊もどきは木をすり抜けて現れた。
見た目は人、のように見える。フードのようなマントを被り、瞳の有無はちょっと分からないが、鼻と口のような部分も再現されている。
地面から少し浮いた状態で漂う幽霊もどきに近づいていく。
特に逃げる様子もなく、ただそこに浮いていた。
「先生、あれはやはり」
「えぇ、精霊ね。青の燐光、水精霊の類だと思うけれど私の知る限り、服や顔の作りまで再現する精霊は見たことがないわ」
「そうですか。確かに、私の知る限りで一番人に近かったのはこの前先生が見せてくれた地精霊の子くらいです」
「あたしもそうですね。聖王国でも光精霊を使役する神官様は居ましたが、ここまで人に寄ったのは初めてです」
「サリファが使うような精霊召喚魔法の形式に近いと思うけれどね。精霊に形を与えている基本構築は一緒のはず。問題はあそこまでの精密な再現ができる理由かな」
「……ァ」
「? 今誰か喋った?」
フルフルと3人とも首を横に振る。
「……ダ……ァ……レ?」
「!? まさか、今喋ったのって……?」
バッと幽霊もどきに振り返ると幽霊もどきは口、をパクパクと動かしていた。
精霊が、声を出した?
精霊と精霊族は厳密には違うが源流は一緒とされている。
精霊族が生まれる環境というのは自然の魔素や生物のマナが多い土地と言われている。
最新の研究成果によれば、精霊に大自然の魔素が合わさり、生命に宿るマナとなった時、精霊族は生まれるという。
その大自然のマナと精霊の属性によって、精霊族の種族は決定する、という仮説が発表されたと魔法ギルドで聞いた。
ドリーに確認をしてみたが、自分が生まれた時のことは良くわからないらしい。
気がついたら、そこにいた。
それが最初の認識だったそうだ。
姿形は最初から今のまま。赤ん坊から育つこともない。
精霊族の寿命とはいつ尽きるのかと昔ドリーや師匠に聞いたことがある。
答えは半永久的に生きる、だそうだ。
精霊族は大地、自然の魔素、マナを受けている限り死なないそうだ。
ドリアードならば基本は森、森に満ちる魔素や木々や生物の持つマナを受けて生きている。
その供給が受けられなかったらどうなるの? とドリーに聞いたら、ドリーは憂いを帯びた顔にうっすらと笑みを浮かべた。
彼女から、答えはない。
精霊族は声を出せない。それは産まれたときに声帯を持たない身体として産まれてしまったからだ。
精霊は、元から意思の疎通を行うのは念話で行い、こちらの声は届くので命令は出せるし、会話も精霊族がを経由すれば多少はできる。
いや、そうか?
精霊に形を与えた時に、声を出せるように誕生させればできるのか?
今まで、既存の生物の形しか与えてこなかった。
それはその生物の見かけだけを与えていただけだ。
ならば、声帯器官含め内臓器官さえも与えてやれば?
精霊に対して、そこまでのアプローチを行ったという研究報告は見たことがない。
この森に、居るのか?
精霊の研究をしている者が?
魔法使いか、魔女か、別の何かか。
魔法に対する好奇心が私の心を疼かせる。
目の前に未知の魔法理論への扉が現れたかのようだ。
奇しくもそれは、今回の依頼の解決に紐づくものだと、確信している。
「ルル、ドリー、サリファ。あの幽霊もど……精霊を捕まえる。またはあの精霊を使役している術者を見つけたい」
「先生、アレがどういうものか、分かるのですか?」
「仮説は立てた。でも知らない。未知がそこにある。これは私のエゴだけれど、好奇心は抑えられない。だから、協力して欲しい」
「勝手ですね。それでも、私は先生について行きます。先生が未知を既知へと変えると信じていますので」
「あたしは別にいいですよ。シャオリーさんには魔陣書の件のお礼もありますからね!」
コク
ドリーも頷いてくれる。
こちらが戦闘態勢を整えたのを察知したのか精霊が後ろに下がる。
もう少し近づいてみると、クルっと反転して木の向こう側へ消えた。
「ドリー! あの子の気配、掴んだ?」
ドリーが頷いて馬車を飛び降りて先頭に出る。
「馬車は……無理そうね。ここに置いてい……」
「ならあたしが見てますよ!」
「サリファ……うん、お願い」
「任されました!」
サリファに馬車を任せてドリーを追いかける。
ルルと並走しながら精霊を追いかけているドリーを追う。
精霊は木々など関係なしに飛んでいくが、それほど素早くないようだ。
ドリーが付かず離れず、追いかけている。
これが親父さんの話に出てきた消えた人影だろう。
正体は精霊だったわけだが。
精霊を追いかけていくとだんだんと木々の密集が薄れてくる。
ポツポツと普通の森のように木々が立ち並び、やがて開けた場所へ出た。
木は点々と並ぶだけ、あとは草と花だけの場所。
そこに一軒の木で出来たログハウスが建っていた。
精霊はその中へと入っていく。
「あそこにいるのが今回の事件の発端でしょうね」
「恐らく」
「一先ずは会って見ましょうか」
ログハウスに近づいて扉をノックする。
「はい……?」
中から出てきたのは金髪で青い瞳の少女。
手には杖と筆を持っており、眼の下に隈が出来ている。
研究中だったのか疲労の溜まった顔はどこか親近感を得る。
そして、この世界で初の遭遇になるのだろう。
彼女の耳は、長く尖っていた。
「……エルフの、魔女?」




