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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第三章:師匠と先生と大樹の秘密【帝歴716年】
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幽霊と商人と交渉

 マンティコア・ブルを討伐し、周囲の後片づけを行う。

 周囲はマンティコア・ブルが残した爪痕や掘り返された土でボコボコになっており、これでは街道として機能しない。

 以前、土竜戦の後にやったように土魔法をルルと手分けして実施し、土を(なら)す。

 サリファには召喚獣を使って手前の街道で留まっていた行商人達へマンティコア・ブルが討伐されたことを伝えに出てもらった。


「シャオリーさん、本当にこの魔獣、解体しないんですか?」

「えぇ。私たちには綺麗に解体する技術がないから」


 以前の土竜は盗賊連合の方で処理してもらったが、今回は私たちしかいない。


「もったいないですねぇ」

「サリファが持って行ってもいいのよ?」

「いえいえ、あたしだって解体の経験なんてほとんどないですよ? 持っていく方法も換金する方法もないですから」


 確かにサリファが魔獣の部位を持って行っても使い道がないか。

 アーネが居たら革とか牙を持って行ったのかな? 武器は土竜のヤツ気に入ってるみたいだったし。


「先生、向こう側の地面均し終わりました」

「ご苦労様。馬車で休憩してていいわよ」

「はーい」


 馬車ではドリーが休憩用にお茶を用意していたようで、ルルはそのまま受け取ってドリーの隣で話し始めた。


「サリファ、伝令の方は終わった?」

「はい。ツヴァイが咥えていった手紙は話を聞いた人にちゃんと届けました! しばらく見てましたがどうやらこちらに向かってくるようです」


 うん、想定通りだね。

 通れることを証明してもらうのと、このマンティコアの素材を持って行ってもらう。

 私たちじゃ有効に使えなくても行商人の混ざっていたあの人たちなら有効に使えるでしょう。


「でもどうしてマンティコア・ブルなんて大物がこんな街道に?」

「それは多分、討伐依頼がないまま放置され、大きくなりすぎたマンティコアが街道まで出てきたのだと思います」


 休憩の終わったルルが近づいてきてそんなことを言う。


「どうして討伐されなかったの?」

「一年前から冒険者ギルドへ西部地域での依頼を制限していたのです。魔導王国の方がキナ臭いとのことでギルド本部の指示だったそうですが」

「それで見つからなかったマンティコアが居た。ということ? でも目撃報告くらいあってもよかったんじゃないかな?」

「マンティコア・ブルはマンティコアの変異種でその主な生息地域は風雷山脈の近くの森林だそうです。あそこは風雷山脈が持つ風の魔素の影響もあって大型の魔獣が育つといいます」

「そっか。その森林への調査依頼も減ったから見つからなかったってことか」

「はい。ただ、魔素が豊富な森で食料が減る、なんてことがあるのかどうか……」

「別に原因があるかもってこと?」

「憶測ですけどね。そこらの調査は冒険者ギルドへ任せていいと思います。私たちは冒険者ではありませんから」

「そうね。今の話、合流する行商人さん達にも話しておきましょう」


 しばらく待ってすでに日が落ち始めた頃、馬の蹄の音が響いてきた。

 街道の向こうから数台の馬車がやってくる。

 先導するのはサリファの召喚獣のツヴァイだ。

 さすがは光属性の精霊。夜の道案内には最適だな。


「……これは……本当にマンティコア・ブルが討伐されている……」


 馬車が停まり、先頭の馬車から壮年の男性が降りてきた。

 雰囲気的に彼がこの一団のまとめ役だろう。


「こんばんは、初めまして。あなたがまとめ役の方でよろしいでしょうか?」

「……あぁ。私は行商人をしているタルワールという。そちらは?」

「私は魔法ギルドに所属する者です。幽玄の魔女、名前はヴィ・シャオリーと申します」

「幽玄の魔女……ふむ。なるほど。ではあなたがあのマンティコア・ブルを?」

「はい。私たちで討伐しました」


 そう言って少し身体を傾け後ろの3人を見えるようにする。


「……ふむ、分かった。いや、手紙を読んだときは信じがたかったが、こうして実物を見れば信じるほかあるまい。まずは感謝を、ありがとう」


 タルワールが頭を下げ、一緒に降りてきていた他の行商人も合わせて頭を下げる。


「我々の扱っている品物は各村々にとっては大事な流通物資でな。送れるとそれだけ困る人が増える。ここを通れるだけで少しの遅れで済みそうだ。本当にありがとう」

「いえ、私たちもここを通りたかっただけですから。それに、私どもからもお願いが」

「ほう? 一体なんですかな?」

「このマンティコア・ブルを引き取っていただけないかと」

「それは、素材の権利ごとということですかな?」

「えぇ。私たちは素材は要りませんし、解体の技術もありません。解体費用として金銭も要求しない。どうでしょうか?」

「なるほど。確かに我々は解体して卸すルートをいくつか持っております。でも本当によいのですか?」

「一つだけ、このコアはこちらで貰い受ける。それでどうでしょう?」

「はっはっは、そういうことですか。それなら確かに他は不要でしょうな。いいでしょう。こちらの亡骸は我々で引き取ります」


 タルワールは笑いながら部下へ指示を出して解体の準備を始めた。


 魔獣のコア。

 大型の魔獣になれば体内にコアを持っている。

 このコアはマナの塊で、魔鋼屋などが適切に加工すれば魔法発動の補助具となる。

 大型魔獣でなければ持っておらず、しかも大型魔獣はこれを取り除かなければ死ぬことはない。

 マナの塊であるコアからエネルギーを供給されて再生するのだ。


 深霧の森にいたホーンベアは中型でコアは持っていない。

 ドラゴンは魔獣とはまた別の生物で、同じくコアを持ってはいない。

 私自身、加工前のコアを見るのは初めてだ。

 話に聞いていたのでドリーに指示をして取り出してもらったけど、ここまで大きいとは。


「お話は終わりましたか?」

「えぇ。コアはこちらで、その他はあちらで」

「予定通りですね」

「そっちは? 何か情報得られた?」


 ルルには別の商人たちに聞き込みを行ってもらっていた。


「いいえ。マンティコア・ブルの発生原因は分かりませんでした。でも最初に襲われたのはやはり食料運搬中のキャラバンだったらしいです」

「となると、やっぱり森林の食料が無くなったの原因……」

「気になりますか?」

「……気にはなるけれど、私達にも目的があるし。冒険者ギルドに任せましょう。タルワールさんに話をしてくる」


 再びタルワールさんへ話をしに行き、こちらの見解を述べると、どうやら向こうも同じ見解だったらしい。

 すぐに冒険者ギルドへ森林の調査依頼をするとのことだ。


「よろしくお願いします。もしかしたら他の魔獣も出てくるかもしれませんから」

「えぇ。そうですな。あぁ、そうだ。もしよかったら神王都へ来ることがあれば家の店に寄ってください。贔屓しますよ。"紅の月"という店です。主な取扱は武具、防具等冒険者を相手にしたものですが、杖や魔鉱石もたまに扱ってますから」

「分かりました。機会があればぜひ」


 こうしてタルワール達に後を託して街道の先にある村、カボ村へ向かう。

 カナーン村の祭事まであと3日。

 師匠と合流できるといいけれど……






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