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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第一章:幽霊と魔女と霧の森【帝暦712年】
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幽霊と精霊と魔女の家

 再び目を覚ますと、そこは相変わらずの森の中だった。

 地面にうつ伏せに倒れるように眠っていたが、着ていた服には露も土も付いておらず、奇麗なものだった。


「幽霊だから汚れないのかな? この服も、身体の一部として認識されてる?」


 未だ自分が幽霊になったという自覚がないが、試しに起き上がって近くの木に触れてみる。

 木の肌のかさ付いた手触りが伝わってくる。

 神獣様が言うには"透過"することも任意でできるとか。えっと、こうかな?

 そう考えると木の中に手がスッと、まるで何も無いかのように沈み込んだ。


「おぉ、なるほど。すごいなぁ。それに透過している間は木の感触もない」


 透過の確認は問題ない。となると次は"浮遊"かぁ。

 身体を浮かせるイメージがよく分からないから、とりあえず水の中に潜っているのをイメージして、水面に浮かび上がるイメージをする。


「お、おぉ!?」


 足が少しずつ地面を離れて10cmくらい浮いたところで止まった。


「本当に浮いた。地に足が付かないって結構違和感あるなぁ」


 いつか慣れるかな?

 とりあえず上昇実験で10mくらいは浮かび上がれることが分かった。

 それ以上は今はまだ難しいらしい。

 でもそのまま水平に移動はできたし、慣れれば高度を上げたり、自由に移動もできそうだ。

 ポルターガイスト、超能力についてはまだイメージが湧かないし、落ち着いたら考えよう。


「さて、意識を失う前に何か神獣様が言ってたね。確か」


 『この森の奥に、我の加護を持つものが居る。彼の者を頼るといいだろう。道は鈴が示してくれる』


「つまり、神獣様を信仰する人がこの森に居て、この鈴が道を示してくれる、と」


 いつの間にか首からペンダントのように下げられている鈴を外し、手に持って掲げてみる。

 特に反応はない。

 今度はグルっと空中で360度見渡してみる。


 チリンッ


 するとある方向で鈴が鳴った。


「こっちに行けってこと?」


 チリンッ


 鈴が答えるように一鳴きした。言葉が分かる? まさかね。とりあえず鈴が鳴り続ける方へ進んでいくことにしよう。

 地面を見れば苔や根っこが入り組んでおり、歩いて行くとしたら大変だっただろう。

 浮遊状態で進むと歩くのより少し遅いが、安全に進むことが出来る。幽霊様様だ。



 鈴の音を頼りに進むと、少し開けた場所に出てきた。

 雑木のような密集した場所から、少しまばらに木々が広がる場所へ。


「ん?」


 広場を見つめる視線の先に光るものが見えた。人だろうか?

 こんな深い森の中に? と思ったが、ここは異世界。元の世界の常識で判断したら痛い目に合うかもしれない。

 鈴を一旦首に戻して服の下に隠す。神獣様から貰ったものだし、変に勘繰られても返答に困る。

 新しい種族、幽霊族として世界に固着したと言っていたけれど、この世界の常識が身についていないため、ファーストコンタクトは慎重にしたい。

 スゥーと光の方へ近づいていくとその輪郭が見えてくる。


 少女が歩いていた。

 顔立ちは14,5くらいに見える。身長も、遠目だけど150cmジャストの私とそう変わらない気がする。

 左手には白い布を被せた籠を持っていた。

 反対の右手には、人の顔くらいある薄桃色の蕾の花が付いた茎を握っている。

 鈴蘭のように下向きに垂れ下がった花弁の中には、遠くから見えていた光が浮いていた。

 この世界の灯り替わりの花か何かだろうか。さすが異世界。イッツ、ファンタジー。


 緑色の服も実にファンタジーだ。何故なら、ワンピースやスカートのように見える部分は全て葉で出来ていた。

 一部に蔓も見えることからそういう服なのだとなんとなく分かる。

 透き通るような翡翠の髪も、まぁそういう色もあるんだろうなと分かる。ここは異世界。


 だが、彼女が人間ではないことは間違いようがなかった。

 人間は頭のこめかみから後ろに向けて木が生えていない。

 私の存在には気づかず、どこかへ行こうとしているみたいだ。

 彼女が神獣様の言っていた加護を持つ者なのだろうか?


 まさか"加護"と"籠"を掛けているとかそういうことは……ないと信じたい。

 今は情報が欲しい。とりあえず彼女の後を追いかけてみよう。

 胸元から鈴を取り出してみると、彼女の進む方向でチリンと鈴が鳴った。


 しばらく後をつけると更に開けた場所に出た。

 その広場の中心には他の木々を更に超える太さと大きさの大樹があった。

 その葉先を眺めるように視線を上に向けると、大きな銀色の月と少し小さな金色の月。

 今は夜だったのか、と暗い森の中では判断できなかった部分ではあるが、

 月が二つ見えるということでここが異世界なのだと、ようやく認識できた気がする。


「二つの衛星、大きさが違うのは距離が違うのか、大きさが違うのか……って専門じゃないんだから分かるわけないか」


 視線を地上に戻して大樹を観察する。

 大樹の根に近づく少女。よく見れば根の部分が階段になっている。その先には木製の扉。

 扉の横にある銅製のような青銅色の鐘を鳴らす。

 すると扉が開いて少女を迎え入れる。

 どうやらあの大樹は誰かの家のようだ。胸元の鈴を見れば、大樹の方に向かってチリンと一回。

 間違いないようだ。


 扉の少し離れたところに窓が見えた。

 地面からは3mくらいは離れているようだが、浮遊状態になれば覗ける高さだ。

 ふわっと飛び上がって、窓から顔を少し覗かせる。


「いつもありがとう、これが今回の分よ」


 ローブを来た薄紫色の髪の女性が、緑の少女に茶色い子袋を渡していた。

 緑の少女はそれを受け取って、笑っている。手を目の前で振っているのは、ジェスチャー?

 室内は木製の家具で整えられた奇麗な部屋だ。

 壁際にはガラスがはめ込まれた棚に瓶や木箱が置かれている。

 傍には絵本で見るような大釜。

 まるで魔女の家のような印象を受ける。

 机の上に置かれている緑の少女の持ってきた籠から布が取られ、中には草が山盛りに入っていた。


「さて、そこで覗き見しているのは、私に何かご用かしら?」


 薄紫の女性がこちらを見ながら声を掛けてくる。

 バレてたいたか。まぁ、仕方がない。

 窓と壁を透過してそのまま室内に入る。

 これにはさすがに驚いたのか二人とも目を見開いている。


「初めまして、まずは覗き見をして申し訳ありません」


 一先ず謝っておこう。ファーストコンタクトは大事に。

 驚いていたのは一瞬ですぐに表情を戻して、薄紫の女性が向き直る。


「随分、変わった入り方をするのね。玄関の場所も分からないのかしら?」


 多少皮肉の混じった返答に、しまった、と内心ごちる。顔には出てなかっただろうか?

 だが済んでしまったことはしょうがない。


「申し訳ありません。何分こちらの勝手が分からなかったものですから」

「そう、それで、貴方はどこの誰で、どうしてここへ来たのかしら? ここは深霧の森、外部からここまで来るには正当な道を踏まなければ来ることは叶わない"深霧の森の魔女の家"と知って来たのかしら?」


 深霧の森の魔女、本当に魔女だったのか……


「……信じていただけるか分かりませんが、私は別の世界から来たんです。神獣様のお力で」

「別の世界、いえ、神獣様と言ったわね? それは角の先に鈴を着けていた?」

「はい、こちらの世界に来た時にこの鈴を受け取り、加護を持つものを頼れ、と」


 胸元から鈴を取り出して見せる。


「そう……確かにこれはヴィロ様の鈴に間違いないわね。別の世界、という話は置いておくにしても、ヴィロ様が導いたお客さんを追い返すわけにはいかないわね」


 紫の女性はテーブルの近くの椅子を引くと腰かけた。


「立ったままでは疲れるでしょう。貴方もどうぞ? あ、ドリアード、貴方は下がって大丈夫よ。彼女、不審者ってわけでもなさそうだから」


 ドリアードと呼ばれた緑の少女はその場で一礼して、玄関から去っていく。

 座っていいと言われたので、ちょうど真向かいの椅子を引き、腰かける。


「彼女、ドリアードがあなたのことを教えてくれたのよ。付けてくる人がいるから後はお任せします、ってね」

「一言もしゃべっていなかったようですが……」

「ドリアードは精霊族よ、声帯を持たない彼女たちが喋るわけ……あぁ、ごめんなさい。別の世界から来たのよね? なら知らなくても無理ないか」


 なるほど、あれが精霊族なんだ。


「それではどうやって意志疎通を……?」

「長年の付き合いよ。彼女とはもう十数年一緒にいるからね」


 目と目で話すってやつですか。または、仕草? ハンドサイン?


「それで、私としてはヴィロ様の力で来たっていうあなたの事がとても気になっているわけだけど? 壁を抜けてきたリ、魔女でもなさそうなのに高等魔法とされる飛行で浮いて見せたり、興味が尽きないわね」


 魔女に、魔法に、と。こちらも興味がある単語がいくつか出てきたけどまずは自分のことを話さないとダメかな……さて、どこから話そうか。


「少し、込み入った話になるので時間がかかるのですが、いいですか?」

「えぇ、時間はたっぷりあるもの。お茶でも飲みながら聞かせてもらうわ」


 女性は一度立ち上がって台所へ行き、台の上の一部に手を当てるとそこから赤い燐光が煌いた。そしてボッと火が着いた。


「お湯が沸くまで少し掛かるし、それまで少しお話してくれないかしら?」


 今のが魔法だろうか? ガスでも電気でもない。魔法……


「あ、はい。それじゃあ、私がこの森で目が覚めてからの話を……」


 話している内にお湯が沸いてお茶を頂いた。少し苦いけど、喉を通る感覚が心地いい。そして、話を再開し、だんだんと夜が更けていった。


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