幽霊と魔獣と四人の連携
偵察を出してから数分後のこと、
「……シャオリーさん! ドライが岩影にマンティコアを発見! あたしにも見えました!」
「了解! じゃあドライにそのまま街道まで引っ張り出して誘導するように伝えて」
そうこうしている間に左前方の岩かげから大きな影が現れる。
黒く獲物である白い狼を追う獅子、獰猛な牙を剥き出しにして吠える狼、焦点の合わない瞳でジッと見つめている山羊。
それらが一つの胴体にくっついており、尻尾からは蠍の毒針がゆらゆらと揺れている。
その羽根が雄々しく翻れば竜巻のような風が行く手を阻む。
全長20mはあるかないか、それくらい大きな体躯の魔獣。
「これが……マンティコア・ブル……」
「「「グギャァゴゥウウウウ!!!」」」
別々の声で同じように吠えるその魔獣は、狙っていた獲物の先に居る私達に気づくと、ドライのことを放ってこちらへと狙いを定めたようだ。
「さて、来るわよ。まずはドリー、ちょっと踊って来て」
コクっと一回頷いたドリーはそのまま馬車から一足飛びに駆けだした。
既に足には魔法陣を展開している。
風の魔法を放出しながらまるで空を駆けるようにマンティコア・ブルへと接近する。
その姿に気づいたマンティコア・ブルは牽制なのか尻尾の針で攻撃を仕掛けようとする。
でもドリーには当たらない。
尻尾が付きだされるのを分かっていたかのように、右に、左に、時に回転を入れて避け続ける。
「たく、踊ってとは言ったけど本当に踊らなくてもいいのに」
「まぁ、ドリーだって久々なんでしょう? あれだけの大物と戦うのは」
「そうね。森にはあれくらいの大きさの魔獣だって居るけど、そいつらは既にドリーに手を出さないわ」
「どうしてですか?」
「もう、負けて舎弟になっているから、だそうよ」
ドリーはその間も攻撃は仕掛けず、マンティコア・ブルを翻弄するかのように踊り続ける。
「さて、ドリーが注意を引いているうちにやるわよ。サリファ、貴方は精霊獣達を集めて指揮しなさい。準備が出来たらドリーと交代。注意を引きつけてね」
「了解です! アイン! ツヴァイ! 集合!」
精霊獣。
精霊に獣の形を与えたものだからそう呼んでいる。
サリファが精霊獣を集め終わるまでにこっちの準備も整えよう。
「ルル、貴方は大きな魔法を使ってマンティコア・ブルの隙を作って。その隙に私が弱点を狙い撃つから」
「分かりました。ということは、アレを使ってもいいんですね?」
「……アレって、まさか本当にカシオペアに入れたの?」
「はい! だって色々使えそうじゃないですか」
「……まぁ、いいわ。それ使ってもいいけどマナ切れで倒れられても困るから基本はこの馬車近くで打ちなさい」
「はい!」
「シャオリーさん! うちの子達、戻ってきました!」
「よし! ドリー! チェンジ!」
ドリーはまた足に力を込めて今度は一気に後退する。
それを追いかけようとするマンティコア・ブルに飛びかかる三つの影。
空から山羊目がけて飛来する白き鷹。
地を掛けて同族故か狼へ突撃する白き狼。
そして黒と白の小さきモノ。ノワールと白き犬が獅子の顔めがけて飛び付いた。
その小ささ故にどう対処していいか分からず、マンティコア・ブルはその場に釘付けになっていた。
「ルル! 今!」
「はい、先生!」
後ろでカシオペアから魔法陣を展開して準備していたルルが残りのマナを一気に魔法陣へとつぎ込む。
「カシオペア、オープン。オールエレメンタルセット。ライブラリリサーチ、"爆砕砲"、"鉄鬼槍"、"螺旋水蛇"、"螺旋風牙"、セット……プリセット、オープン、リリース!」
その呪文は私が初めて作った特大の攻撃魔法。
その威力は竜をも殺す。
その名は……
「竜砕爆覇槍!」
赤、青、緑、黄。
4色の燐光が周囲を満たす。
そのマナの流れに気づいたマンティコア・ブルが上空を見つめるとそこに存在したのは大きな鉄の槍。
魔法陣によって形作られたそれは、水と風の螺旋を纏っていた。
瞬間、後方の魔法陣が爆発し、その槍が一瞬消えたように感じた。だが、
「グギャァウゥオオオオオオオオオオンッ!?」
鉄の槍は高速で飛来し、マンティコア・ブルの胴体を貫き、地面へと縫い付けた。
これでアイツは動けない。
サリファに指示を出して精霊獣を引かせる。
「さぁて、それじゃあ見せしましょう。これが私の新魔法さ!」
パラパラとエクリプス・ヘリオスを宙に固定してページを捲る。
「"コール、トルネード・ランス" セットアレイ、"火","水","風","地"」
アレイ・サークルを重ねた二重魔法陣を展開する。
光は4色の燐光を迸らせながら魔法陣の中心目がけて集中していく。
やがて光の中心から炎が噴きあがり、4mはあろう大きな槍が出現する。
その槍の周囲を炎が回転しながら周り、完全に出現し終わると一度宙空へ留まった。
アレイ・サークルが回転し、同じように水、風、地の大きな槍が宙へ作りだされた。
水は水流を、風は竜巻を、地は砂嵐をそれぞれ纏い、その穂先を貫かれ、動けないマンティコア・ブルへ向ける。
「リリース……四元槍、シュート!」
解放の言葉と共に飛び出す4本の槍。
それらは吸い込まれるようにマンティコア・ブルへと飛来した。
水の槍に貫かれ、飛散する蠍の尾、炎の槍に串刺しにされ、その体毛を焼かれる山羊、風の槍に巻き込まれ、肩から剥がされた狼、そして、地の槍に穿たれ、絶叫を上げた獅子。
それぞれの部位に対して弱点の属性で攻撃する。それも同時に。
それ故にマンティコア・ブルの討伐難易度は跳ねあがっていた。
しかし、一つの魔法で完全に制御して4属性で同時に攻撃すれば対応可能だった。
「いやいや、先生。そんなことできるの先生だけですから」
「貴方だって、やろうと思えばこれくらい出来る筈よ。それだけの素質は貴方にはあるし、カシオペアも手伝ってくれる」
「魔法の巨大な槍を4つも同時に出すマナはありませんよ。さすがに」
「いいえ。あれは4つの魔法陣ではなく、一つの魔法陣にアレイ・サークルを繋げただけ。つまり、魔法陣二つ分のマナしか使わないの。超低燃費」
「……また新しい理論を作ってしまったんですね」
やれやれと肩を竦めるルル。
「勝手に納得するのはいいけど、まだ終わってないからね?」
見れば串刺しにされたマンティコア・ブルが起きあがろうと身体を震えさせている。
あれだけ貫かれてもまだコアが死んでいないのだ。
「というわけで、ドリー。トドメ、よろしく」
コクッ
待機していたドリーが拳を構える。
そして一気に魔法陣へ力を込めてマンティコア・ブルの胴体へ拳を解き放つ……ッ!
ドンッ! と大きな音を立てて、辺りに衝撃と風が舞う。
「ガ……ァ……」
そのまま地面に崩れ落ち、マンティコア・ブルは二度と動くことはなかった。
クルっと振り向いたドリーの手には頭の大きさくらいはある魔獣のコアが抱えられていた。




