幽霊と再会と魔女の店
会う人には会ったし、設置するものも設置したし、後は旅の続きの準備をしないと。
あと二日後には出発して、カナーン村へ向かうが、それまでに食糧や備品を買ったりする。
これに関しては一日もあれば済む話で、そこまで急ぎじゃない。
食べ物も出発前日に買った方が保存も楽ということで、今日は一日自由にした。
ルルはもう一度王城の魔法図書館で本を読みに行くと言っていた。
昨日読めなかったものの続きを読むのだそうだ。
ずいぶん熱心に読んでいたけれど何を読んでいたんだろう?
昨日の話でシャルクが言っていた古代魔法陣を作ったという元始の魔女。
その魔女が残したという七つの古代魔法陣。
これらの情報も集めてみたいな。全て見つけて使えれば世界一を名乗っても問題ないくらいの魔女になれるはずだし。
とはいえ今は師匠を追い掛けることが優先。
あわよくば程度で考えておこう。
サリファは神王都の教会に興味があるらしく、今日は一人で礼拝に行っている。
サリファの精霊召喚魔法。
あれはきっといろいろ出来ると思うんだけどなぁ。
感覚共有が出来ると言っていたし、今でも遠くの物を見るのに使っているそうだ。
距離としてはこの王都内なら端から端まで見えるという。
ただ、一羽しか出せない上に使っている間は本人は動けず、自分の視界か精霊の視界かどちらかしか見えないのは不便だとも。
魔法陣の構成を弄らないとどうにもならないけれど、改良の余地は充分にある。
専用の魔陣書を用意してあげてもいいんだけど……それはもう少し仲を深めてからにしましょう。
光属性はまだ私にも未知の部分も多いし、恐らく適性から他の属性とは組み合わせられない。
となると無属性の魔法から選択することになるけれど……
「属性に頼らないで……いや、そうか。元々は光精霊に形を与えているのであって、鳥である必要はない。コピー&トレースの魔法を使って生物の原型を取得すればどんな生物にもなれるポテンシャルはあるはず。複数展開は魔陣書のループ処理を使えばいい。精霊達がどのくらいやる気になるかかなぁ」
精霊を使う魔法、精霊魔法はマナを魔素と反応させることによって小精霊を生み出す、または近くに居る小精霊を呼びだすことから始まる。
私のエクリプス・ヘリオスやドリーの精霊魔法陣は固有の精霊と契約、と言うと物々しいが約束をしている。
だからいつも同じ精霊が手助けをしてくれているわけだ。
精霊には自我と呼べるものが生まれることもあれば、ただ機械的に反応するだけのものもある。
同じ精霊を使うことでこの自我の発生、及び成長を促す効果も有り、今助けて貰っている子達はずいぶんと処理速度が上がっている。
やっぱり一度魔法陣を解析させてもらおう。
そうして方向性を決めて提案していく感じでどうだろうか。
サリファに無理強いするわけにはいかないし、彼女のやりたいこともあるだろうし。
クイクイ
袖を引っ張る感覚で思考の彼方から帰ってくる。
横を見ればドリーが袖を引っ張りながら頬を膨らませて睨んでいた。
どうやら結構な時間、考え込んで立ち止まっていたらしい。
「ごめんごめん、二人で買い物に来ていたことを忘れていたよ」
ドリーは腕を組んで怒ったように振る舞うが、こう言う時は本当に怒ってはいない。
ドリーが本当に怒った時はもっとこう、静かになる。
「悪かったって。じゃああそこの屋台で売ってるヤツ、あれ奢るから許して」
するとドリーは腕を解いて顔の前でパンっと手を叩いて笑顔になる。
また私の腕を引っ張って屋台へ行こうとするので、今度は逆らわずに引っ張られる。
屋台で売っていたのは串焼きだった。
鳥の肉と野菜の葉を交互に刺した焼き鳥のネギまのような食べ物で、味付けは塩だけと言うシンプルさ。
なんとなしに寄った屋台だけど以外と美味しい。というかお酒が欲しくなるなぁ。
この世界に来てからのお酒はワインとか果実酒とエールがほとんどだけど。
あぁ、日本酒が欲しい。
ドリーも味を気にいったようで美味しそうに食べていた。
後でお土産に数本買って行こう。
さて、神王都観光と言っても特に目的もあるわけでもなく、ただブラブラとドリーと歩いていた。
すると眼に引く看板があった。『魔鋼屋』と書かれた看板。
ふとドリーのイヤリングを見る。
魔鋼と聞いて思い出すのはこのイヤリングを売ってくれたお婆さんだ。
あの時は露店をしていたけれど、今日見た限りでは店を出していなかった。
もしかしたら、そう思いながらそのお店の扉を開ける。
カランカランと鐘の音が鳴り、私達が訪れたことを告げる。
「いらっしゃい……ようこそ魔鋼屋へ……おや? あんたは」
そこに居たのは一年前に翡翠石を売ってくれたお婆さんだった。
「お久しぶりです。お店を持つようになってたんですね」
「あぁ、あんたのおかげでな。あんたのくれた影収納、あれのおかげで仕入れが楽になってね。ようやく店を構えることができたよ。ありがとね」
「いえ、私は私のしたいことをしただけですから。それに、今日は偶然来ただけです。まだ大成してませんから」
「そういや、そんな約束だったね……おや? そっちのお嬢ちゃん、精霊族……その翠の髪と樹木の飾りはドリアードかい?」
「えぇ、この子はドリアードのドリー。親友なの」
「そうかい。その子にイヤリングを上げたんだね。なるほどなるほど。イヤリングにマナを込めて精霊族を動けるようにしている、と。考えたね」
本当はちょっと違うけれど転移魔法陣と地脈のことを言うわけにもいかないので肯定しておく。
にしても精霊族って一目で分かるのは流石魔女ってことか。
精霊族は特徴は知られていても実際に見たことある人はそんなに居ない。
だから分かる人には分かる程度の認知度だ。
「だけど、精霊族を連れ回しているなら対策をとった方がいいね」
「対策、ですか?」
「あぁ。知らないのかい? 精霊族は裏で高値で取引されているのを」
それを聞いた瞬間、ドリーの顔が強張った。
「ドリー?」
ドリーは少し青い顔をしているが、気丈にも笑顔で顔を横に振った。
「……すまないね、余計なことを言ったようだ。だが、それなら改めて言うが対策を勧めるよ」
「それはどういうものですか?」
「なんでもいいんだがね。見た目を変えて上げるのさ。魔法でも魔道具でもいいが、その特徴的な樹の部分は隠した方がいいね。あと髪の色も」
確かに、ドリーの髪は目立つ。今まですれ違った人も見ていたしなぁ。
頭の装飾はそういう装備やアクセサリーなのだと誤魔化すようにしていたけれど、ドリーが狙われることもあるのか。
「ありがとうございます。忠告、感謝します」
「あぁ。これも私からの感謝の気持ちさ。この店を持てたことへのね。そうだ、他に何か聞きたいことあるかい? 私で知っていることなら教えてあげるよ。それとも鉱石を買うかい?」
「鉱石もいいけれど、今はまだそっちの余裕はないかな。いずれ杖を作る時にお願いするかもしれないけれど。今の杖は師匠から頂いたものだけど別にね」
「そうかい。それもいいかもしれないね。杖は消耗品だからね」
「えぇ、だからもし知っていたらでいいのだけれど、"元始の魔女"って知ってる?」
「ほうほう、あんた、よく知っているね。魔法ギルドでも年寄りくらいしか話さないネタだよそれは」
年寄りばかり。つまり、古びた伝説みたいなものか。
「ちょっと小耳に挟んでね。それで七つの古代魔法陣ってのに興味があって調べてみようかなって」
「そういうことかい。残念ながら私もその場所は知らない。けれど、噂話程度で良ければ教えてあげられるよ?」
「それでいいわ。教えて貰えない?」
「そうかい。なに、ちょっとした話さ。元始の魔女はどんな場所にも行けたと言われている。そして今、誰も古代魔法陣は発見されていない。それはつまり」
「……元始の魔女には行けて、今の人には行けない場所にそれはある?」
「そういうことさ。ヒントになるかい?」
「……えぇ、多分。選択肢が出来たし、いくつか絞れたわ」
「ほう、流石だね。もし見つけたら私にも教えておくれ。何、使えるとは思ってない。どんなものか知りたいのさ」
「分かった。そしたらまた来るよ」
コツコツとお婆さんに背中を向けて外への扉へ歩く。
ドリーも頭を下げてから後ろを着いてくる。
「あぁ、またおいで。"幽玄の魔女"さん」
ピタっと足を止めて首だけ振り返る。
「知ってたの」
「魔女は情報にも聡くないとね」
「それはそれは、勉強になります」
「なに、あんた、結構魔法ギルドでは名が売れてるらしいよ? 自覚しといたほうがいいね」
イッヒッヒと笑うお婆さんに肩を竦めて手を上げて見せる。
「それはどうも、ありがとうございます」
「いいさ。ついでに私の事も教えてあげよう」
お婆さんはホイっと手元にあった魔鉱石を投げつける。
それを片手で受け取ってみると、透明な水晶のような石だった。
「そいつはあんたに上げるよ。無結晶。あんたのマナを吸収し、あんたに適した魔鉱石に変化する。そいつが変化したらまたおいで。この私、"七色魔鉱の魔女 ワイ・グレリィ"が加工して上げるさ」
「……分かった。じゃあその時はよろしく、グレリィ婆さん」
「ヒッヒッヒ、魔女ってのが理解できたかい? シャオリー嬢ちゃん」
今度こそ扉へ向かって歩き出す。
まったく、とんだ婆さんと知り合いになっていたみたいだ。
これなら一年前も知っていた可能性もあるね。
とはいえ、無結晶。私のマナを吸収してできる私だけの魔鉱石。
どう考えても貴重なものだ。これをタダでくれるのだから悪い人ではないのだろう。
ただし、タダより怖いものは無いのだけれど。




