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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第一章:幽霊と魔女と霧の森【帝暦712年】
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幽霊と神獣と霧の森

 目が覚めるとそこは深い霧の森の中だった。

 苔と蔓が木々を覆い、霧がその周囲を包み込む。

 現代の日本に住んでいればおおよそ見ることのない景色。

 これほどの景色は富士の樹海とか田舎の山奥でしか見れないんじゃないかな?

 目の前の景色に感想を述べるより前に、そもそも私はどうしてこんな森の中にいるのだろうか?


 記憶を辿れば私は自動車の運転中だったはず。

 会社のプロジェクトが一段落し、ようやく肩の荷が下りた頃、そういえば有給が消化できずに残りっぱなしだったことに気づいた。

 要件定義から関わってきたプロジェクトであり、私の責任もそれなりにあったため、楽しかったといえば楽しかったが苦しかったこともある。

 冬の査定は期待できるからボーナスが楽しみだと、隈と疲労の残る顔でつぶやいたのは我ながら現金だなと思ったほどだ。

 会社の固い椅子の背もたれに体重を預けて背伸びをし、


「あぁ~温泉に入って疲れを癒したい……」


 そうぼやいて早速部長に相談したところ、特に問題もなく有給の申請も通り、もう9月が終わる末日、そう言えば夏休みも使っていなかったなと思い、期限ギリギリである9月中に有給と夏休みを使って一週間程の温泉旅行と帰省の予定を入れた。

 帰省中でもなければ運転しないペーパードライバーだったが、せっかくならとレンタカーを借りて温泉で2泊してからその後実家へ帰省する……はずだった。


 そういえば、行く途中に道路が事故で通行止めで迂回して人があまり通らないような峠を越えようとしていたんだった。

 他に車も居なかったし飛ばして、飛ばしていたら……そう、何かにぶつかったんだ。

 大型の何かが横から……

 ダメだ、その後のことは思い出せない。

 でもその直前に確か、何かが聞こえたような気が……


 チリン


 澄んだ音色、鈴のような金属が鳴らす音。

 そうだ、こんな音を聞いた気がする。

 そう思って音が聞こえた方に振り向くと森の木々を抜けて歩いてくる動物が視えた。

 人の身長程はある大きさで、長く毛深い体毛、二本の大きな角を揺らした鹿が歩いてくる。

 その角の先には金色と銀色の鈴が付いており、今聞こえた音色は恐らくあそこからだろう。


 『汝に選択を問う』


 どこからともなく声が頭に響く。

 キョロキョロと辺りを見渡すが自分と目の前の鹿以外に誰もいない。

 ゆっくりと視線を正面に戻して、あり得ないと思いつつも聞き返してみた。


 「今の声は、あなた、ですか?」

 『肯定する。汝に問いかけたるは我』


 しっかりと、自分の質問に対する返答を聞き、これは夢なのか? と自分を疑いたくなった。


 『戸惑いは理解する。人の子よ。我は"神獣"。汝の世界の言葉で言えばこの世界の神の一柱』


 神、神と来ましたか。

 あぁ、これは夢だなぁと思い、自分の頬をつねる。なんと、痛みがないではないか。

 やはりこれは夢なのではないか?


 『汝、これは夢ではなく、現実だと受け止めよ』


 この神様、今、心の中を読んだの?


 『肯定する。汝、痛みがないのは当然だ。今の汝に痛覚を感じる感覚はないのだから』


 おぉ、本当に読んだんだ……神様すげー……ん? 感覚がないとはどういうことだろうか?


 『順を追って説明すれば、汝は死んだのだ』


 死。


 死んだか。なるほど、確かに死んだら痛みも感覚もないか。


 「どうして私は死んだのでしょうか?」


 自然と敬語になってしまうのは、得体のしれないものに対する畏怖なのかな?


 『汝が車と呼ばれる移動手段で移動中、横から飛び出した我と衝突事故を起こし、そのまま崖下の森へ転落したのだ』


 ……ん?


 「あの、今横から飛び出したと言いましたけど、誰が?」

 『我だ』


 ……ははぁん、なるほど、つまりあの横から飛び出してきたのは目の前の神様で、私はそれで事故を起こして、転落して死亡。そして今は、森の中……


 『否定する。ここは汝が死亡した森の中ではなく、我の世界のとある森の中だ』

 「我の世界?」

 『汝の世界の主観からすれば、異世界ともいう』


 異世界、小説かアニメか何かですか?

 と言いたいが確かに私が通っていた峠にこんな50mはありそうな大木が生い茂る森はなかった。

 それに少し冷静に自分を眺めれば、着ているデニムのパンツもカーディガンも奇麗で土もついていないし切れてもいない。

 事故を起こしたならもっと汚れて怪我をしていてもいいはずだ。

 それに、近くに事故を起こした車がないのもおかしい。


 『事故が起きたのは我の不徳。向こうの神に会いに行った帰り、少々遅くなった故急いでいた。それゆえ汝の車の速度に気づかずにぶつかってしまったのだ。すぐに崖下へ降りたが汝は瀕死、我でも命を救うことは叶わない。故に汝に選択を求めるためにこの世界へ汝の魂だけを連れてきたのだ』


 魂だけ、つまり私は幽霊ということらしい。

 なるほどなるほど、確かに幽霊に怪我もおかしい。おかしいか?

 幽霊は見たことないし分からないけども神獣様の言う理屈は理解した。


 「で、神獣様? 私に問いたいことと言うのは何ですか?」

 『汝に問う。汝の肉体は向こうの世界で死に瀕している。一つ目は汝の魂を向こうの世界の身体に戻し、死を受け入れること。さすれば向こうの世界の輪廻転生の輪に還り、然る後に転生するだろう』


 転生、向こうで新しい人生を歩めと。それも自然な形なのだろう。本来であれば。


 『もう一つはこちらの世界で生きてもらうことだ。先の提案では汝の存在は消える。記憶も経験も。転生とはそういうものだ。だが、こちらで生きていくのであれば、記憶も経験もそのままに、汝のまま行動できる』


 ふむ、それはいいことだ。自分が消えるよりも、よほどいい提案のように聞こえる。


 「それぞれのデメリットは?」


 選択を迫られるということは、それぞれにメリット、デメリットが存在するはず。


 『前者であれば、記憶と経験、自我の無への回帰。これは向こうの輪廻転生の(ことわり)だ。まぁ、49日は現世に幽霊として留まれるだろう。また、これには地縛霊、守護霊など多少の抜け道はある。とはいえ、いずれは向こうの死神によって輪廻の輪に連れ戻される』


 死んだ幽霊ってそういう理屈だったんだ……というか、居るんだ。死神。


 『後者はこちらの世界に汝の存在を固着させる。世界が汝を異物と認定しないように。しかし、それには"肉体"を用意してやることができない』


 肉体が用意できない? つまり幽霊としてこちらで生活しろということ?


 『少々違うが肯定する。少々というのは汝はこの世界に"幽霊族"という形で固着させる。人族としてではなくな』


 つまり人間を辞めろと申しますか。


 『代わりにこの世界のモノへ触れることができるし、会話もできるようになる。世界に認められるということはそういうことだ。だが、向こうの世界へ戻ることは二度とできなくなる』

 「その幽霊族になるとどういうことができて、どういうことができないの?」

 『新しい種族故、汝の幽霊という認識に寄せる形で固着させる。具体的に言えば"物体透過"、"浮遊"、"ポルターガイスト"等の能力が任意で発動できる。また、こちらの世界の話になるが"精霊族"と呼ばれる種族に身体の組成を似せるため、ある意味では親戚に近いものとなる。故に、精霊族特有の能力が目覚めることも、また魔法を扱う才に優れるだろう』

 「魔法? この世界にはそんなものがあるの?」


 元の世界では空想のことだが、本当に魔法があるなら少し興味がある。


 『肯定。普通の人族であれば才ある者しか使えないが、汝ならば種族的に使えても問題ない』


 なるほど、その精霊族っていうのは魔法を使うのが得意な種族らしい。


 「ねぇ、幽霊族を作るって言ったけど、この世界に私みたいな幽霊は存在するの?」

 『否定。幽霊は存在しない』


 幽霊が存在しない。それは、つまり


 「この世界に転生という概念は存在せず、生物は死ぬと無となって消えるとか?」


 そういう死生観がどこかにあった気がする。


 『否定。輪廻転生は存在する。しかし、転生速度が速い』


 転生速度が速い?


 『汝の世界では死ねば幽霊となり、転生を待つ。このサイクルは早くて1年、遅ければ数十年かかる。汝の世界は総生物数が多いため、すぐに転生させると生物が増えすぎるのだ』


 確かに、言ってることは分かる。


 『しかし、この世界は死亡率が高い。安全とは言えない生活を送っている。が、我々神と崇められている存在も多く存在し、その加護もあり、子を産むリスクが高くない。故に、出生率も比例して高くなり、死んだ魂は即座に生まれ行く新たな命へと転生する。故に幽霊として彷徨わせておく時間はないのだ。幽霊も、死霊術も存在しない。そうだな、これから生まれる幽霊族としての汝。汝がこの世界で初めての"幽霊"だ』

 「初めての、幽霊……」


 私が初めての幽霊。仲間も居ない。前例がない。未知なる存在。少し、そういうものに憧れる。

 不安もあるが、心に浮かぶのは好奇心と冒険心だった。新種族というのは魅力的な提案だ。


 「私が死んだら、こちらの輪廻転生に組み込まれる?」

 『本来であれば。しかし、幽霊は既に"死んでいる"。故に"死ぬことはない"』


 死なない? ということは私は不死の、永遠の生を手に入れたことになる? 死んでるけど。


 『もしもこの世界に飽きた場合は、我を呼べ。その際は我が汝を滅ぼそう』

 「物騒なことを言ってくれますね……」

 『不死者の悩みなど、最終的には死への渇望になる。どのように自らの終焉を迎えるか。悩むがいい』


 神獣は一人、黄昏(たそがれ)るようにつぶやく。


 『改めて問う。汝、死を受け入れるか、死して生を選ぶか。選択を問う』


 幽霊、不死の存在、魔法、故郷に残してきた家族、いろいろなことが思い浮かぶが、私は、今の私として何も残していない。


 だから、私は……


 「私は、この世界で生きることを望みます」


 私として生きられる、この世界を選ぶ。


 『承知。では』


 神獣が一歩、二歩と後ろに下がると目の前に光り輝く模様が出現した。


 「これは……?」

 『汝が触れるこの世界で初めての"魔法"だ。これは"魔法陣"。魔法の体系の一つである。神の力を使う故、人の物とは勝手が違うがな』


 これが、魔法。


 『魔法陣の中に立て。世界へ汝の存在を固着させる』


 一歩、二歩、三歩と進んで魔法陣へ入る。

 どこか暖かい光が身体を包む。


 「そういえば、私はこの世界の人と話せるのですか?」

 『種族として、声帯は持たせよう。精霊族は話せないが、汝は人族寄りだ。言語はこの森のある国の言葉が分かるようにしてやろう。それ以外の言語は自分で調べよ。文字もな。この世界に固着すれば物や人にも触れるようになるし、任意で透過することもできよう。種族特性は練習するように』


 話しているうちに光が強くなる。


 『固着が終わる頃には汝も眠りに入っている。目覚めた時には我は居らぬであろう。この世界の神の一柱として、汝に加護を与えよう』


 そう言って神獣は角の鈴をチリン、チリンと2回鳴らした。

 すると、周りを廻っていた光の一部が集まり、鈴の形を作った。透き通った、ガラスのような鈴。


『我、神獣"ヴィロ"の名において、汝、"星野 詩織(ほしの しおり)"に加護を授ける』


 鈴を受け取る。直後からひどい眠気がやってきて、私の意識はそこで一度、落ちた。


 『この森の奥に、我の加護を持つものが居る。彼の者を頼るといいだろう。道は鈴が示してくれる』


 意識が落ちる前に、そんな神獣の言葉を聞いた。


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