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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第三章:師匠と先生と大樹の秘密【帝歴716年】
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幽霊と王都と再会の盗賊たち

 宿場町から宿場町へ、そして峠を越えて見えて来たのは白亜の壁。


「おー! アレがアルリオン神王国の王都、アルバトロスですか!」


 サリファが馬車から身を乗り出して白亜の壁を眺める。そういえばここ以外に白い壁だとタルタスくらいしか見なかったな。初めて来たのなら珍しいだろう。

 よく見ればサリファの後ろからドリーも覗いている。


「二人とも、危ないから身を乗り出し過ぎないでね?」

「はい!」

 コクコクッ


「まさか一年で里帰りすることになるとは思いませんでした」


 御者台に並んで座るルルが壁を見ながらそんなことをこぼした。


「まぁね。私もこんなに早く戻ってくるとは思わなかったよ」

「そういえば先生、アテがあるって言ってましたけど、フィーアさんやシャルクさんを頼るんですか?」

「いや、あの二人には会えたら会いたいけど今は宮仕えで忙しい身。そこまでのお願いは出来ないよ。とはいえアーネが接触している可能性もあるし声は掛けて見るけどね」

「それじゃあアテというのは?」

「秘密にすることじゃないから言うけど、盗賊連合よ」

「盗賊連合……確か複数の盗賊団が合わさった組織と聞いたことがあります。まさか盗賊に知り合いが?」

「ちょっとした伝手でね。接触の仕方も聞いてる。実際一年前もお金の受け渡しを神王都でやったからね」

「……先生、犯罪はダメですよ?」

「合法だよ合法」


 ジトっとした眼で見つめてくるルルに経緯を説明する。


「なるほど、それで盗賊連合と」

「そ。あの"漆喰の牙"はあこぎな商売はしてないらしいし、お金さえ払えば情報だって仕入れてくれる」

「そういうことなら有効に活用しないとですね」

「分かってるじゃない。とりあえずは私一人で会いに行くからルルは二人と宿屋で待機でも」

「えー久しぶりの神王都なんですから街をぶらぶらしたいですよー」

「貴方、ここじゃ有名人だって自覚ある?」


 一応この国の第四王女なんだから街に出たら目立つに決まってるじゃない。

 そう思ったがルルを見ると不敵に笑っている。


「ふっふっふ、こんなこともあろうかとお兄様から送ってもらっていたのです!」


 バッとルルが手に持って掲げたのは指輪だった。

 その指輪を右手にはめるとルルの姿は金髪碧眼からショートボブで栗色の瞳の少女へと変わる。


「……この前タルタスで受け取っていた小包はそれだったの」

「へへへ、これがあれば私だって神王都を好きに出歩けるんですよ?」

「分かった。じゃあ着いたら二人の案内をよろしく。宿屋は以前の所が取れたら取っておいて」

「了解しました! 先生!」

「ついでに、馬は私が見てるから後ろでその姿のこと、二人に話しておきなさい」

「はーい」


 バランスよく御者台に立つと後ろの馬車へ移って言った。


 ◆


「さて、と」


 神王都への入場も済ませ、二人と馬車のことをルルへ任せた。

 途中の道端で降ろしてもらい、ぶらぶらと歩く。


 目指す場所はとある路地裏。

 薄暗く、輝かしい神王都の裏側。

 人通りが少なく、奥に行けばガラの悪そうな男達がたむろしている。

 そんな中、一人の男に声を掛ける。


「……ねぇ、あなた」

「……なんだよ、あんた」

「"濡れた狼の皮ってのはどこで売れるんだい?"」

「……"あぁ、それなら古びた歯車の看板の店だよ"」


 そう言って路地裏の奥を指差す。

 だがこれはそうじゃない。そこではない。


「"いやいや、間違えた。狼の皮じゃない。狼の尻尾が売りたいんだった"」

「"そうだったのかい? ならあっちの道を行きな。狼の牙が目印だ"」


 さらに男は別の道を指差す。


「ありがとう、これはお礼だよ」


 男の手に銀貨を3枚握らせて二回目に指差した道を進む。

 今の問いかけは度々変わる盗賊の受付への道案内だ。

 あの男はその指先案内人。文字通りね。


 問答も度々変わるが、律儀なことに一度顧客となるとその合言葉を手紙で寄こす。

 なんともまめな奴らだと思ったが、こうして正しい道を確認できたんだから受け取っておいてよかった。

 ちなみに一度目の質問の先に行くと盗賊に囲まれて身ぐるみ剥がされるそうだ。

 質問だけを聞きかじってここに来ると引っ掛かってしまう。


 薄暗い路地を更に先へ進み、男が言った通りの看板を見つけた。

 狼の顔に牙が突き刺さっている看板。これが"漆喰の牙"のアジト、その受付か。

 地下へと続く階段を降りて行くと鉄製の扉があった。

 取っ手に手を掛けると鍵は掛かっていない。


 不用心だなと思ったが既に私が来たことを察知しているのだろう。

 恐れる理由もないのでグッっとノブを捻り、奥へと進む。


「いらっしゃい」


 中は酒場のような作りで客はフードを被った人が何人か。

 入った瞬間こっちを見たが、すぐに視線を戻す。

 カウンターの中には筋骨隆々な大男が一人でグラスを磨いていた。


「注文を。"梟の涙"」

「……少々お待ちを」


 男は背中の棚から鍵を一つ取りだしてスッと差しだす。


「奥に入って3番の部屋だ」

「ありがと」


 銀貨を3枚、横に置いてあった空のグラスに入れる。

 指示されたように奥の扉を潜って3番と書かれた部屋へと入る。

 部屋は占い師の部屋のように布が敷かれて、壁にも紫の布、灯りは蝋燭が2本とだいぶ暗い。


「いらっしゃい、ようこそ。俺が"漆喰の牙"情報統括のシングだ」


 部屋の中央にテーブルとイスが二つ。奥のイスには小さな男が座っている。

 男は眼の部分だけガラスが入ったフードを鼻まで被り、素顔を見せない。

 ガラスの部分も黒く、サングラスのようで視線も分からないようになっている。


「貴方が、シング」

「そうだよ。よろしくな。幽玄の魔女ヴィ・シャオリーさん」

「流石、二つ名のことまでもう知っているのね」

「情報が内の部門の商品ですからね」

「頼もしいわ」


 イスを引いて腰かけてシングの向かいに立つ。

 この男、声からは飄々とした印象を受けるが眼の前に立つと掴みどころがない不気味さを覚える。

 流石は5人の連合統括の一人か。


「それで、シャオリーさん。あんたは俺達から何の情報を買いたい? それとも、何が知りたい?」

「ヴィ・シュナスの軌跡と目的。ディ・アーネがこの神王都で何をしていたのか。そして、カナーン村での祭事について」


 指を3本立てて、シングへと調査依頼の内容を告げた。



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