幽霊と予言と未来
「さて、お店の人に銀貨は払ってきたから好きに食べていいわよ。相席扱いだから終了時間は私たちと同じね」
堪能するようにとろとろチーズを絡めた野菜を味わっているサリファは、ゆっくりとそれを飲み込んでから向き直った。
「いやー初対面だというのにこんなに親切にしてもらって、本当に助かりました!」
「いいのよ。困ったときはお互い様ってね。私はシャオリー。魔女をやってるわ」
「幽玄の魔女シャオリー、ですよね? 先生?」
キッと睨みつけるとルルはにやにやと笑みを向ける。
余計なことを。
いい二つ名だけど自分から言うのは恥ずかしいのに……
「幽玄の魔女シャオリーさん、ですか。はい! 覚えました! よろしくお願いいたします!」
「まぁ、いいわ。それでこっちのおせっかいなのが私の弟子のルルティナ。こっちが友……親友のドリーよ」
横でドリーの顔が輝かんばかりに綻んでいるけど気にしない。
「ルルティナちゃんに、ドリーさんですね!」
「えぇ、よろしく。さぁ、食べましょう。時間も決まっていることですし」
「そうですね! じゃあ、あたしはおかわりを取ってくるので!」
スタスタとまた野菜と肉の山へ向かっていくサリファ。
戻って来てすぐにモリモリと食べるその姿はまさに無邪気と表現するほど、ご飯に夢中だった。
私達もそこそこお腹が膨れるくらいは食べた頃、ふとサリファが話を始めた。
「3人は旅をしているんですか?」
「えぇ、そうよ。私達は神王都を経由して、魔導王国へ行く途中なの」
多分ね。と小声で付けたす。
本当に魔導王国へ行くかは師匠達次第だ。鈴の音はまだ神王都の方を向いている。
「え、魔導王国ですか!? じゃああたしと一緒ですね! あたしも魔導王国目指してたんですよ!」
「? なぜ神王国へ? 魔導王国へ抜けるだけなら帝国を通るべきでしょう?」
この大陸の国境は山と湖だ。
北にあるこの神王国から聖王国、魔導王国へ抜けるには広大な山脈を越える必要がある。
そして帝国へは巨大な橋を通らなければならず、帝国を囲む湖には巨大な水生魔獣が泳ぐ天然の結界となっている。
故に、帝国以外の4国は帝国領土を経由することで他国へ移動するのが主流だ。
ごく稀に山脈を越えて行く旅人や冒険者もいるが、それは本当に一部だ。
この国を別つ山脈を"四界山脈"と呼ぶらしく、それぞれの山は気候がまったく違うらしい。
神王国と聖王国に跨る山脈は"氷雪山脈"。雪と氷に閉ざされ、年中吹雪が舞う。
聖王国と武王国に跨る山脈は"焦熱山脈"。マグマと火で出来た葉、フレイムリーフが生える。
武王国と魔導王国に跨る山脈は"砂岩山脈"。砂で地面が埋まっている山、砂地を登るのは至難の業と聞く。
魔導王国と神王国に跨る山脈は"風雷山脈"。風と雷が吹き荒れる山は人が通るのは自殺行為だ。
これらの山脈を抜けれるのはそれはもう一流と呼ばれる冒険者か、それぞれを潜りぬける能力を持つ者のみ。
「あぁ、えっと、あたしだって流石に氷雪山脈は越えてないですよ? 帝国を通ってこっちに来たんですから。ただ、帝国から魔導王国へは今、行けないんです」
「行けない?」
「はい。魔導王国側の門は今閉鎖されていて、検問が敷かれているんです。だから神王国経由で魔導王国へ行こうかと」
「あなた、風雷山脈を越えようっていうの?」
「えっと、あ、そうですが……あーその、多分? 行けるかな? って?」
なんだろう。歯切れが悪いなぁ。何か隠してるな?
「なーに隠してるのよ。教えなさいよ」
「いやー私は何も? 隠してなんていませんよ?」
下手な口笛まで吹いて、この子、本当に嘘が下手だなぁ。
「はぁ、よし」
ガッとサリファの肩を掴む。
ビクっと肩が跳ねるが、逃がさない。
「ドリー、ルル。二人はまだゆっくりしていていいわよ。私はこの子とちょーとお話、してくるから」
「いってらっしゃいませー先生」
フルフル
ドリーは苦笑いしながら首を横に振る。
眼が語ってる。
『あまりいじめちゃだめだよ?』
「分かってるって。さぁーサリファちゃーん。ちょっとお姉さんと外へ行きましょうねー」
「え、えーと、あ、あれ? なんで? 私これでも力には自信が!?」
「私から逃げられると思わないことよ」
手の平の一部をサリファの肩に食い込ませている。文字通り。
手だけ霊体化して部分的に憑依状態にしているから離れるには私の意志が必要なのだから。
そのまま引きずるようにお店の裏へ連れ込み、向き直る。
「さて、サリファちゃん? あなた、知っているのね? あの山脈を越える方法を」
「あ、貴方、何者なんですか? ただの魔女じゃないですよね?」
「別に? ただの魔女よ。幽玄の魔女。自己紹介はしたでしょ? 実はね、私達も魔導王国へ行かなきゃならないの。でも帝国は閉じられているんでしょう? なら私達も山脈を越えなきゃならない。だから、その方法、私達も知りたいのよ」
「…………ちょっとだけ、待ってください」
サリファの肩から憑依を解除して、自由にしてあげる。
するとサリファはカバンから透明なカードを取りだした。何だろうかあれは?
「我らが主神、光神アルヴよ。我、ミーリアン・アルヴ・サリファの名の元に我が道を照らせ。我歩むは光の道、その行く先を示せ……ミラー・イン・ザ・ワールド」
透明なカードに光の粒子が集まり、宙に浮きだす。
サリファの周囲を回転しながら周回し、光輝くカードが浮かんでいる。
眼を瞑り、集中したかと思えば一枚のカードを選びだし、右手で引き抜く。
残ったカードは左手へと吸い込まれ再び透明な山札へとなっていく。
「…………なるほど、そういうことでしたか……」
サリファはスッと向き直ると今度はニッコリと笑った。
「シャオリーさん! 貴方に山脈を越える方法をお教えしましょう! 代わりに私も旅に同行させてください!」
「え、えぇ? ど、どうしたの急に」
「いえ、まぁ、とりあえず同行に関しては?」
「あぁーとりあえず、いいわよ。馬車だし一人くらいは」
「そうですか! よかったです! これでお告げの通りに動けます!」
「お告げ?」
「はい。同行の許可を貰ったので話しますが、私の魔法は光魔法、その中でも時間魔法、『神託』が使えるんです。光神アルヴ様が示してくれる未来の通りに進むこと。それが私の旅の目的ですから!」




