幽霊と道中と旅の聖職者
タルタスの町を無事に出発して三日、道中何事もなく過ぎていった。
ホルン、ライオットと二つの宿場町でそれぞれ一拍ずつし、物珍しそうなドリーに露店等を案内しながら、今日の宿泊地となる三つ目の宿場町、タリアへとやって来た。
タリアは神王都とタルタスの中間にある宿場町で、一年前にも泊まった町だ。
当時は急いでいたからあまり見れていなかったが、この辺りは牧草地帯で酪農が盛んらしい。
そう言えばミルクが美味しかった覚えがある。後で買いに行こう。
「先生、まだ夕方ですしせっかくなら何処か見に行きませんか? 私、チーズが食べたいです。ほら、一年前にここに寄ったときに食べたアレです」
「あぁ。アレも美味しかったわね」
?
「そっか。ドリーは知らないものね。ここにあるお店にチーズをトロトロにして、それに野菜やお肉をつけて食べれるお店があるのよ」
ドリーの顔が一瞬キョトンとして、その食べ物の姿を思い浮かべたのかだんだんと笑顔になっていく。
やがて満面の笑みで私の手を握った。
そうか、行きたいのか。
「じゃあ夕御飯がてらあそこで食べましょうか」
「はーい!」
コクコク!
二人を連れて前に来たお店を探す。
繁盛しているようだったし、まだやっていると思うけど……
記憶を頼りにお店を探すと大通りに面した場所に目的のお店はあった。
タリア牧場。
牧場の名前がついているが普通の飲食店だ。
ただメニューがチーズフォンデュだけで、一律一人銀貨八枚取られる。
その代わり一時間食べ放題になる。
それで採算取れているのか分からないが、店員に聞いたところお酒類は別料金で食べる人は飲むからとのこと。
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
「三人で。お酒は飲まないから水をつけて下さい」
「かしこまりました。奥の席へどうぞ! 三名様で銀貨24枚です」
店員に案内されて奥のテーブルへ。
案内してくれた店員に銀貨を渡して席に座る。
店の中央にはチーズが溢れてくる器がある。
あれは下に魔法陣が設置してあって、中央の筒のなかをチーズが登っていくようになっている。
魔法陣自体は風系魔法陣で基礎的な魔法だから特に興味も湧かなかったけど。
「ルルは知ってるからドリーは私と一緒にやりましょう」
コクッ
ドリーを連れてチーズフォンデュのテーブルへ向かう。
「まずはこっちの串、これを持ってあっちの山盛りの野菜に突き刺して、それをチーズに浸けて食べるのよ。野菜はもう焼いてあるからそのままでま食べられる。お肉は、ドリーはあまり食べないわね。一応そっちも火が通っているから食べられるわ」
そう言って私はコナン、日本で言うところの玉ねぎのような層構造の野菜を串に刺し、お皿を取って串に乗せる。
「こうやって食べたいものを取ってお皿に乗せて、あっちのチーズに潜らせて席で食べるのよ。分かった……あら?」
ドリーを見るとコクコクと首を縦に振っている人物が二人いた。
青い髪に蒼い瞳。
服はシスターの服に似ているが金糸の刺繍が入っていたり、白を基調とした中に青のラインが入っているのは、もっと上の役職の人物だろうと予想できる。出来るのだが……
「えっと、貴女は……?」
「じゅるり……あ、えっとすいません! あたしはサリファって言います! 聖王国の聖職者で、今は旅の巡業中です!」
「えっと、サリファさん? どうして私の話をここで?」
「はい! 美味しそうな匂いに釣られてここに入ったはいいけれど注文頼もうにもメニューはないし、店の人も忙しそうだしで……そしたら! あなたがこの方にお話しているのを見つけて一緒に聴いていたのです!」
「そ、そう……」
なんだか元気な娘だなぁ……
まぁ仕組みが分からなかったのならしょうがない。
というかお金は払ったのだろうか?
「あなた、お金は払った? ここは前払いよ?」
「そうだったんですか?! しくじりました! て、店員さーん!!」
急いで走り出そうとしたサリファの手を掴み引き留める。
「今は忙しそうでしょう? 私たちのテーブルへ来なさい。後で連れが一人増えましたって言って払ってあげるから。銀貨8枚私に預けなさい」
「本当ですか?! ありがとうございます!」
サリファは手持ちの袋から銀貨を八枚取り出して私の手の平に乗せる。
「よし、じゃあ教えた通りにチーズを浸けて席に戻って食べなさい」
「了解しました!」
サリファはそういって野菜や肉の山へ去っていく。
ドリーは気づけば既にお皿に野菜を盛って席に着いて食べ始めている。
ルルも同様だ。
先に席に戻って二人にサリファのことを説明する。
「なるほど。分かりました。先生の人助けですね」
「まぁ、そうなるわね。放って置けなくて」
「いいえ、いいと思います。でも、聖王国ですか……」
エンバルディア聖王国。神王国の東側に存在し、今向かっている魔導王国とは反対側に位置する国。
その国家としての特徴は唯一神として、光神アルヴを奉っており、その恩恵のおかげか、聖王国の国民の6割は加護持ちで、その加護は光魔法の適正を開花させるというもの。
光魔法は私は適性がないため使えないが、闇魔法のように少々特殊だ。
聖王国では神聖魔法とされている回復や治療等の力、そして、光魔法は時間に関連する魔法が使えるらしい。
いわゆる未来予知や、過去の出来事を覗く鏡を作り出す等。
闇魔法の空間魔法のようなものだろう。
時間と空間、この二つは他の四属性にはないものだ。
闇魔法は研究しているが光魔法はまだまだ未知数。
仲間内に使える人間が居ないのが残念で仕方がない。
そうこうしてるうちにサリファが山盛りにチーズフォンデュを積んで帰って来た。
まるでチーズの山だ。いや、見た通りなのだけれど。
「我らが主よ、今日も光の加護のもと、恵みを分け与えて下さりありがとうございます……」
両手を頭の前で合わせて目を瞑り、彼女の信じる神様に祈りを捧げる。
これが聖王国の食べる前の作法か。
と、私はまだほとんど取って来ていないことに気付き、席を立って野菜を取りに行く。
ついでにお店の人を捕まえてお金を渡しておこう。
「私は料理取りに行ってくるから、三人とも大人しく食べるのよ?』
「はーい!」
「分かりました親切な方!」
コクッ
親切な方、か。自己紹介まだだったわね。
戻ってきたらちゃんと自己紹介からやらなきゃ。
そう思いつつ私の頭は何を食べようかと山になっている野菜と肉に夢中になっていく。




