幽霊と魔女と二つ名
「先生、馬車に荷物積み込みました」
グッ
荷物を積み込んでいたルルとドリーのサムズアップが見えた。
予定していた3日もあっという間に過ぎ、出発の日。
「それじゃあドリー、アレ出して」
コクッと頷き耳に着けていた翡翠のイヤリングを渡してくる。
この翡翠のイヤリングは1年前に神王都でお婆さんから買ったドリーへのお土産だ。
翡翠石の魔鋼石にはマナを蓄える力がある。
ドリアード、転じて精霊族は生まれた土地のマナがなければ生きられない。
ドリーの場合はこの森だ。森のマナ、木々や土からマナを受け取って生きている。
この制約のせいでドリーは外の世界へ行くことができない。
タルタスの町にだって行ったことがない。
それを可能とするために必要なのが連結型転移魔法陣と翡翠のイヤリング。
転移魔法陣は大地の地脈で繋がっていて、そこからマナを吸収するようにしている。
繋がっている地脈はマナを運んでいる。つまり、この深霧の森のマナを運ぶことも可能と言うわけだ。
これは深霧の森が放射点であるが故の方法だが、そうして運んだマナを魔法陣を媒介にイヤリングへ移す魔法を付与した。
これによりドリーは森の外へ、魔法陣のある場所へなら行けるようになる。
短い時間ならイヤリングに蓄積したマナで魔法陣の外でも活動可能だ。
だから旅の途中で魔法陣を設置しながら移動しなければならない。
昨日はそのルート作りに勤しんでいた。
チリン
懐から鈴を取り出して方向を確認する。
まだ師匠が出発して3,4日。魔導王国へはまだ入っていないだろう。
途中で王都によるかもしれないし。
「先生、荷物の確認も終わりました。いつでも行けます」
「分かった。予定通り、最初はタルタスに行くわよ。そこで大きめの魔法陣を設置して宿場町経由で王都へ。各所で魔法陣を設置しながら王都から先は師匠達のルート次第かな。あ、ありがとドリー。これ、無くさないでね?」
イヤリングを受け取ったドリーは満面の笑みで頷き、耳に着ける。
「よし、窓も扉も鍵よし、水回りも問題なし。ミリーに渡す鍵もよし、ポーションの在庫もよし。準備万端!」
身支度を整えて馬車に乗り、後ろを確認する。ドリーとルルも後ろの荷馬車へ乗り込んだのを確認。
「ドリー、今度は一緒に、ね」
コクッ
ドリーの指先から魔法陣を描くようにマナが光輝く。
空中に描かれたその文字に合わせて、ルルに目配せをし、ルルもにっこりと笑って声を合わせる。
「「「いってきます!」」」
大樹の家を跡にして、師匠を追う旅が始まった。
◆
「で、出てきたんだ」
「そ、だからしばらくはポーションと薬を自分で取りに行って欲しいんだよね」
深霧の森を後にしてタルタスまでやってきた後、ベルガモッドへやってきた。
店番をしていたミリーに挨拶をして、旅に出ることを告げる。
「……まぁいいけど、さ。鍵預かったし、馬車で通る道を教えてもらったし」
「大丈夫大丈夫、魔獣に会わない道を教えてあげたでしょ? ポーションだって劣化しないように魔法陣の上に置いてきたんだから」
「はいはい。足りなくなったら取りに行くわよ。魔女さんによろしくね」
「あーそれなんだけど、お願いがあるんだよね。カリエさん居る?」
「おばあちゃん? うーん、最近寝てることが多いからなぁ。起きてるといいけど」
「起きとるよ」
店の奥からやってきたのはカリエばあちゃん。
最近はミリーに店を譲り、奥で隠居していたのであまり見ていなかったけれど、まだまだ元気そうだ。
「なんだい、私は店は譲ってもまだまだ元気だよ。そうそうおっちんでられるかってんだい」
「婆ちゃん、歳なんだから無理しないでってば」
「うるさいよ。私の眼が黒いうちはまだ、ね」
「丁度良かった。カリエさんにお願いがあって、この店に要石を置かせてほしいんだ」
「要石? それはなんだい」
連結型転移魔法陣のことを説明し、要石の設置と守人を依頼する。
ここほど安心で預けられる場所はない。
「なるほどね。あんたもたいがいな魔女になってきたねぇ……」
「はぁ、それやっぱすごいことなの?」
「ここからあの大樹の家まで一瞬で移動できるのさ」
「すっごいじゃんシャオ!」
あぁ、この単純さがミリーのいいところで悪い所だ。
「それで、どうかな?」
「いいよ。引き受けて上げるさ」
「ありがとう! カリエさん!」
「店の奥に地下室がある。そこは物置になっているがそこに設置するがいい。ミリエーヌ、お前が管理するんだよ」
「はーい」
「じゃあ設置と魔法陣の展開をするから地下室借りるね」
というわけでベルガモッドの地下室に要石を設置し、天狗道を発動させる。
大きさはここから半径で森の縁の魔法陣と設置するまで。
だいぶ大きな魔法陣になったけれど、この後の宿場町で設置することを考えると丁度いいかもしれない。
「ふぅ、とりあえず設置は終わったから。あとはこれが壊れたり動いたりしないように見てもらえればいいよ」
「これ、私も転移で移動出来たりしない?」
「無理」
「だよねぇ。しょうがない。馬車で行くか」
「悪いね。頼んだよ、親友」
「なぁに、お互いさまだよ、親友」
互いにニカっと笑い、笑顔でハイタッチする。
やっぱり気心しれた相手がいると楽でいい。
ベルガモッドを後にして今度は魔法ギルドへ向かう。
ギルドへしばらく離れることを伝えるためだ。
「あ、シャオリーさん! 丁度いいところに来ました!」
声を掛けてきたのはここに来るたびにお世話になっている受付の子だ。
名前は確か――
「こんにちはイミナス。丁度いいって?」
「はい! 実はシャオリーさんの二つ名が決まったんですよ!」
「げ」
二つ名、魔女や魔法使いに総じて付く名前だ。
これは自分から名乗るものもいるらしいが、大抵は噂を元に魔法ギルドから言われる。
符号のようなものだ。
師匠も深霧の森の魔女なんてそのまんまな二つ名を持っている。
さて、これは正直恥ずかしいんだけど、着いてしまったものはしょうがない。
「えっと、それで、どうなったんですか?」
「ふふふ、シャオリーさんが幽霊族ってことを考慮してそれを入れた名前にしようって、私が提案したんですよ!」
そう言ってイミナスは紙を手渡す。
「そこに書いてありますよ。本人に渡すようにってことで」
なるほど。
変な名前だったらこの子にお仕置きしてやる。
紙を開いてそこに書いてある自分の二つ名を見る。
これは……
「先生、どんな二つ名なんですか?」
ルルに急かされて私は書かれた二つ名を声に出して読み上げる。
「――幽玄の魔女」




