幽霊と鈴音と新しい旅
夜通し魔法陣の理論を煮詰めていた結果、朝になっていた。
この身体になってから徹夜してもどうってことなかったけれど、今回は頭を使いすぎたか、頭が痛い。
ぐらぐらする頭を押さえながら一階へ降りる。
キッチンではルルが朝食の用意をしていた。
「あ、おはようございます。先生。朝食の準備、もうすぐ出来ますから」
「おはようルル。悪いわね。今日は私の当番のはずだったのに」
「いいえ、熱心に机に向かっているようでしたので。薬草は分かりましたか?」
「えぇ、ありがとうね。おかげで昨日のうちにだいぶポーションが出来たわ」
「それはよかった。あ、座っててください。先にサラダとパンを出します。スープはもう少し待っててください」
「それじゃお願いするわ。はぁ、久しぶりに徹夜して頭使ったから疲れちゃった」
「先生でも疲れることあるんですね」
「私をなんだと思ってるのよ」
「人族じゃないですよね?」
「その通りよ」
ルルはそんな軽口を言いながらパンとサラダを机に並べていく。
お皿は二人分。いつもなら師匠の分やアーネの分が並んでいた。
ここ一年、騒がしくも賑やかだった食卓を想い返し、少し寂しさを感じる。
「はい、先生。モロコシのスープです。甘めに仕上げたので疲れた頭に効きますよ」
「ありがとう。美味しそうだわ」
黄色いドロっと濃厚なスープだ。
これは、パンにあう。パンに浸しながら食べればなお旨い。
「うん、美味しい」
「よかった。それで先生、昨日は何を作ってらしたんですか?」
「お、それを聞いちゃう? もう聞いちゃう?」
「聞いてほしかったくせに」
「ふふふ。前に話したわよね。転移魔法陣」
「あぁ、あの時姉さまが残していった……確か魔導王国の術式で解読に難航してるって」
「そ、でも師匠が渡してくれた資料がいろいろあって、その中でいろいろ使えるのがあったから解読自体は終わってしまったわ」
「なるほど、それを昨日していたんですね!」
「違うわ」
「え?」
「最初の1時間くらいで解読は終わって、その後はオリジナルの術式開発をしていたのよ」
「術式……ですか!? え、どんな! どんな術式ですか!? 師匠の魔法ですよね~うわ~楽しみだなぁ!」
ルルはキラキラとした眼で顔を近づける。
そうだった。この子魔法に関してはぐいぐいくるんだった。苦手なんだよなぁ。
「まぁ、ご飯が終わったら試してみるし、見せて上げるわよ。だから――」
シュ! ズズゥムシャパク! サァー! ガチャガチャ!
「ごちそうさまでした」
「早いなおい」
目にもとまらぬ速さで食事を並べて、流れるように食事を流し込み、食器を片づけてしまった。
「さ、師匠も食べ終わりましたよね? 早速魔法を見せてください!」
「…………はぁ、分かったわよ。これを飲んだら行くから外で待ってなさい」
「はーい!」
静かな朝下からせわしない弟子。あの明るさに少し、励まされた気分だ。
わざとやってくれているのかな。あの子はそういう所で聡い子だ。流石王族。
「さて、上から必要な物を取ってくるか」
◆
「それで、これからやるのは何の魔法なんですか?」
「だから言ったでしょう。転移魔法陣だって」
「それは研究元なんですよね? オリジナルだって言ったじゃないですか?」
「まぁね。これからやるのは"大規模連結術式・転移の魔法陣"よ」
「大規模連結術式?」
「それは私が考えたことだから気にしなくていいわ。簡単に説明すると、まずこの大地の下には途方もない力が流れているの」
「大地の下に力……龍脈ですか?」
「へぇ、知ってたの。流石は王族ね」
「私、あの魔法図書館の深部にも入れるほどの才持ちですから」
「はいはい。なら話は早いわ。この魔法陣は龍脈、私は地脈と言うけど。その地脈からマナを受け取って半永久的に発動し続ける魔法陣よ」
「それはすごいですね」
「それだけじゃないわ。この魔法陣の大きさはだいたいこの森を覆う程よ。そして転移先は魔法陣の上なら術者、この場合は私ね。私の思うがままに移動できるわ」
「おぉ! それなら森の中心から外までひとっ飛びじゃないですか!」
「その通り。この魔法陣は起点、この刻印を描いた要石を使って、それを中心に拡がって行くんだけど、これじゃただの大規模魔法陣よね?」
「そういえば、連結術式だって……まさか?」
ルルは眼を見開いて口に手を当てて驚いている。
「その通り、これは要石を起点に拡がる魔法陣だけど、なんと! 魔法陣の縁が接地しているならば、隣の魔法陣へも転移することが可能! つまり! 魔法陣を描いて、描いて、描きまくることで、どこへでも転移が可能になるのです!!」
「ほんっとにすっごい魔法じゃないですか!?」
ルルが珍しく慌てて大きな声で叫ぶ。
なるほど、この子は本気で驚くと声が大きくなるのか。
さっきの口に手を当てての驚きは本気じゃなかったな。
「まぁ、この森ならここでいいんだけど、他の場所はこの要石を設置しなくちゃいけないし、動かされたら壊れちゃうし、地脈の濃い場所じゃないと要石設置できないとか条件は多いんだけどね」
「それでもすごいじゃないですか! これが公になれば魔法の価値が一気に変わりますよ!」
「残念ながらそれは出来ないのよね」
「? どうしてです? こんな素晴らしいものを」
「これ。私しか移動できない」
「…………え?」
そう、この大型連結魔法陣は私しか移動できない。
この規模を移動するためには地脈に潜らないといけないんだけど、普通に地脈に潜ったら人の身体ではマナの激流に呑まれて恐らく、死ぬ。
私はそもそも身体がないから死なないし、精霊族の力も持っているからマナと魔素に順応しやすい。
だから私なら大丈夫だけど、他の人では死んでしまうかもしれない。
普通の双方向魔法陣なら大丈夫なんだけどね。
あれは潜水艦って表現したけど、正確には海底トンネルのようにちゃんと地脈の中に道を作ってやらないといけない。
私のこれは、深海に潜って任意の場所で浮上すること。下手したら地脈から戻れないかもしれないし、変な流れに乗ったらどこに飛ばされるか分からない。
「そういうわけでこれは私しか使えないのよね。私と一緒なら地脈の中でも守りながら転移させて上げられるけど。私が居ないとダメなら一般に公開する意味はないでしょう?」
「確かに、そうですね。汎用的じゃないなら使えないでしょう。でも魔法陣の理論は公開してもいいのでは?」
「それも考えたけど、魔導王国絡みの魔法はおいそれと公開していいものかって」
「そういえばこれ、あの国のでしたね。慎重に動いた方がいいってのは同感です」
「さて、説明はこんなものかしら。とりあえず試してみるから裏に行くわよ」
「ここでやらないんですか?」
「要石をこんな見つかりやすい場所に置いてどうするのよ。基本、隠すのよ」
「そういえば、そうですね」
大樹の家の裏手に回る。
薪置き場があり、井戸もあるため、生活用水組んだりするのに良く来る。
だからそれほど散らかっていないが、それでも寂しい場所だ。
「どこに設置するんですか?」
「あの薪置き場の裏に小さな祠があるのよ。多分、師匠が組んだものらしいけど、使っていないらしいから有効活用させて貰いましょう」
木で組んだ祠は空洞で、ぽっかりとスペースがあるだけだった。
そこに作っておいた要石を置く。これで準備よし。
杖を振り上げて勢いよく大地に刺す。
ブックホルダーからエクリプス・ヘリオスを解き放ち、昨日書き連ねておいた魔法陣を展開させる。
杖の先端からマナが溢れて、それに呼応するかのように森から緑のマナがつられて舞う。
地脈がもう反応しているのか?
それとも、大樹が気を利かせてくれているのか?
「大地に還り、大地より生まれ、巡り、廻る力の輪。今ここに束ね、未来を繋ぐ道を照らせ。我臨むは大地の道。行く道、往く道、さぁ――」
呼吸を貯めて、最後の一節を唱える。
「天狗道」
杖の先端から魔法陣が大きく、大きく拡がって森全体を覆っていく。
赤でも、緑でも、青でも、黄でも、黒でも、白でもない。
それは黄金色。溢れる大地のエネルギーを元に拡がった魔法陣は深霧の森を覆い尽くすほどの輝きを持って、大地に、描かれた。
「…………出来た」
「先生、ちょっと派手じゃないですか? これ他の所じゃ目立ちますよ?」
「…………今度は地下を通そうか」
「それが良いと思います」
はぁ、緊張感も余韻もない。
けれど、これで準備はできた。
「よっと」
試しに念じてみる。
すると景色は一瞬で移り変わり、タルタスへ出る道の出口へと出ていた。
「おぉ、本当に出来た」
もう一度念じると目の前にルルが居た。
「おぉ! 消えました! そして出てきました! 転移したんですね! 成功ですよ! 先生!」
テンション高くまくしたてるルルを制す。
「うん、成功。よかったぁ~」
これで準備は整った。
懐から鈴を取りだして腕を伸ばして掲げて見る。
そのままくるりと一周してみると、
チリン
とある方向で鈴が鳴った。
問題なく、反応しているみたいだ。
「先生、それは?」
「師匠の居場所が分かる鈴よ」
「なるほど! それで師匠を追うんですね!」
「えぇ、転移の実験も成功。あとは準備を整えて、追いかけるだけ。行き先は」
チリン
もう一度鈴の音が鳴る。この方向は魔導王国のある南西。
「準備をしなさい。ルル。さっさと追いかけて師匠に文句とこの成果を見せびらかしにいくわよ!」
「はい、先生!」
本当は困っていたら助けに行くんだけど、なんか時間が立ったら置いて行かれた怒りの方が大きくなっていた。
よーし、やりますか!




