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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第三章:師匠と先生と大樹の秘密【帝歴716年】
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幽霊と師匠と大樹の秘密

 この手紙は、何だろうか。

 いや、何かは分かっている。これは別れの手紙だ。

 帰ってこない。死ぬことも考えている、遺書だ。

 所々気になる箇所は多い。多いが……それよりも――


「師匠……手紙、下手過ぎませんか……」


 この手紙は読みにくい。読みにくすぎる……

 雑多に思いついたことを書き連ねただけで、要点が纏まってないし伝えたいことが散漫としすぎている。

 これでは手紙というより話したいことを書きだしただけのメモだ。


「はぁ……いろいろ言いたいことはあるけれど、どうせなら手紙じゃなくて言葉で説明してくれればいいのに……」

「先生、師匠からはなんて?」


 ルルが食事の手を止めてこちらの様子を見ている。

 どうやら少なからず動揺が顔に出ていたようだ。


「あー、師匠からの別れの手紙、みたい」

「え!? 師匠居なくなっちゃったんですか?」

「そのようね。この手紙から読み取った内容を簡潔にすると、昔魔導王国でお世話になった魔王様が心配になったので様子を見てきます。魔導王国は最近物騒だし貴方達を危険に巻き込めません。護衛にはアーネを雇ったので心配しないでください。多分大樹の家には帰れないから後のことは私の好きにしていいわよ。って所ね」

「その内容伝えるためにこんな何枚も手紙を書いたんですか。師匠は……」


 そう、手紙の枚数は10枚近くあり、余分なことが多い。

 まぁ、伝えきれない部分もあってこれだろうから、これでも削ったのだろう。


「それで、先生はどうするんですか?」

「どうって?」

「師匠、居なくなっちゃいましたけど」

「そうね……正直、どうしたものかと考えているわ」


 師匠が居なくなった。

 その理由は恩人を助けに行く、または助けが必要か確かめるため。

 そして危険だから私達を連れて行けない。


 あぁ、なんて水臭い。

 そんなに私たちは頼りないだろうか。


「ルル、私が師匠を追い掛けて力になりたい。って言ったらどうする?」

「お供いたします」

「……即答、いえ、ありがとう。貴方はそういう子だものね」

「先生の弟子ですから」


 はぁ、ルルでさえ私のことを分かっているっていうのに師匠は。

 私が困っている人を見捨てておけないってのは分かっているでしょうに。

 その困っている相手が師匠であろうと変わらない。

 私は、私が手の届く範囲に居るなら手を差し伸べる。

 師匠が私を遠ざけようとそれは変わらない。


「よし! 私たちも行こうか! ルル、準備をして。3日後に師匠を追い掛けるわよ」

「はい! でもどうやって? 行く先はその魔導王国だと思いますが聞きこみながらでは時間がかかるのでは? それに馬車も」

「そこは大丈夫。馬車は多分置いて行っていると思う。馬車はドリーが管理しているはずだし、アーネがタルタスで動いていたのはこの準備のためだとすれば、馬車は調達して動いていると思う。確認はしないとだけど」

「なるほど、アーネさんが動いていたのはこのためでしたか。納得です。3日後っていうのは?」

「ちょっと色々と準備が必要だからね。大丈夫、時間を置いても正確に師匠を追い掛けることができるアイテムがあるから」


 思えば師匠が昨日、あの鈴を手渡してきたのは暗に追いかけて欲しいという想いだったのかもしれない。

 というかあの師匠ならこちらのことを読んでいろいろ準備していたんじゃないかな。


「了解です! 先生に考えがあるなら私も着いて行きますとも! ところで家を開けるなら薬の方はどうするんですか? 今回はどのくらい空けるか分からないんですよね?」

「ミリーに森へ入って取りに来てもらうわ。薬は作り置きを置いて保存しておけばいいし」

「そういえば、ミリエーヌさんに道を教えていましたね。魔獣が近寄らないようにわざわざ魔法陣を張ってまで」

「ミリーに何かあったら危ないもの。友達だからね」


 たまにはこっちに泊まりに来てほしかったし。


「そういうことだから貴方は旅の準備と薬草を取れるだけ取っておいて。私は準備と調べ物、あとはポーションと薬を昼夜でひたすら作るから。あとはドリーにも話をしないとね」

「ドリーは一緒に行かないんですか?」

「うーん、ドリアードが森から離れるのは無理があるし……」

「でもほら、この間外にでる方法を見つけたって言ってたじゃないですか! それ使えないんですか?」

「まぁ、あるにはあるんだけど……ドリー本人に聞いてみましょうか」

「それが良いと思います。あの子もきっと一緒に行きたいと思っていますよ」

「そうかしら?」

「そうですよ」


 いつの間にここまで親密になったんだろう。

 一緒に薬草取っていたからかな。私の方が付き合い長いはずなんだけど……


「とにかく、準備よろしくね。ついでにドリーの所へ行って、馬車と同行の意思の確認をお願い」

「はい! 分かりました!」


 ◆


 私室に戻り作業机の引き出しを開ける。

 昨日閉まったばかりのヴィロ様の鈴。まさかいきなり使うことになるとは思わなかった。

 このために師匠は昨日になって渡してきたのだろうか?

 それもありえると思いながら、ただ単に預かっていたものを返したかった。それだけのようにも思えた。

 これを返してきた師匠の最後の顔が頭から離れない。

 あれは、放っておけない顔だ。


 準備を始めようと思ったが、そういえば師匠の手紙の最後にあった一文を思い出した。


「そういえば、最上階、4階の部屋、何があるんだろう?」


 あの部屋は師匠に入室を固く禁じられていたから一度も入ったことがない。

 鍵が掛かっているが恐らく師匠の部屋を探せば鍵が出てくるだろう。


「とりあえず確認してみますか」


 ふっと浮き上がり、天井を抜けて図書室を通りぬけ、4階の廊下へ出る。

 ちょうど開かずの扉、件の部屋の前に出た。


「さて、鍵を探すのも面倒なんで、サクッと通らせてもらいますよっと」


 なんの障害もなく、目の前の木製の扉を潜り抜ける。

 部屋の中は暗い。物も何もない空間のようだが、中心部が仄かに明るくなっている。

 光が漏れている? 近づいてみるとちょっとした段差になっていて、その上は正方形の台のようになっており、布が被せてあった。

 布の隙間から光が漏れているようだ。


 バッと布を剥がす。


「……これは……」


 そこにあったのは光り輝く魔法陣だった。

 見たことのない文字。いや、何度か目にしたことのある文字。

 これは古代魔法陣だ。しかも


「これ、あの転移魔法陣に似ている……?」


 使っている文字は違うけれど、配置や処理の方式が似通っている。

 マナを通してもいないのに光り輝いているのも気になるが、それよりもどうしてこの部屋にこんな魔法陣が?


 調べるために魔法陣の上に乗ってみると、魔法陣の輝きがより一層強まる。


「!?」


 これは、乗ると発動するタイプの魔法陣だったか!

 接触型で、恐らく転移。どこに移動させられるのか分からない。

 考えても既に発動してしまっている魔法陣は止められない。

 師匠が残したものだ。危ないものではないはずだけど。


 瞬間、視界が一気に切り替わる。

 目が眩む。視界一面に光が溢れる。

 暗闇から光の中へと出たような感覚。いや、ようなではなく、まさにその通りで。


「ここは……」


 そこは光の奔流。マナが、魔素が溢れていた。


 大きな空洞。いや、場所的にはここは地下だ。地下茎というべきか。

 この大樹の地下にいることは間違いない。そこにこれほど大きな空洞があった。


 壁は樹の根で編まれ、天井が見えない。下を見れば光り輝く魔素とマナが光の底から天井目がけて駆け昇っていく。

 マナが、溢れている。

 本来マナは生物の体内にあるものだ。外界にマナが溢れている光景を私は知らない。

 魔素ならわかる。魔素を体内に取り込むことでマナを生む技術があることも知っている。


 一面に広がる光景に茫然としながら、今度は自分の周囲を見渡す。

 足元には先ほどと同じような魔法陣。後ろにはぽっかりと空いた小さな空洞。

 どうやらここは見晴台のように出っ張っている部分のようだ。ご丁寧に柵も作ってある。


 後ろの空洞に入ると小さな机とイス。それに棚が置いてあるだけだった。

 机の上にはまた、手紙が置いてある。


 "親愛なる我が弟子へ"


 やはり、師匠からの手紙だった。今度は何が書いてあるのやら……

 手紙の封を切り、中身を読んでいく。


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