幽霊と手紙と消えた師匠
コンコン
「師匠、朝ですよ。朝食冷めちゃうので食べに起きてください」
ノックをして声を掛けても師匠は一向に部屋から出て来ない。
いつもなら何かしら返事をするはずなのだけれど。
今行く、とか。後で食べる、とか。
「? 師匠、入りますよーいいですかー?」
返事がない。
普段は部屋へ入ろうとすると必ず止めるんだけどなぁ……
ガチャ
扉は鍵がかかっているようで入れない。
仕方ない、後で怒られればいいか……
「師匠、入りますよ」
扉を透過して中へと入る。
師匠の部屋は綺麗に整理されている。
本は本棚に片づけられ、ベッドの上のシーツは綺麗に畳まれていた。
普段は片づけなんて面倒臭いと、研究に没頭したらそのままな師匠の部屋が。
「……師匠? どこに行ったんだろう。勝手にどこかに行くことはいままで無かったのに……」
師匠がいつも座っているであろう作業台を覗いてみれば、そこも綺麗に整えられていた。
束になった紙は纏められて積みあげてあり、引き出しも整理されている。
「そういえば昨日魔導王国の資料を持ってきてくれたけど、掃除してたから見つかったのかな。ん?」
作業台の引きだしを開けていると一通の手紙が入っていた。
その引き出しはそれ以外に何も入っていない空の引きだしで、まるで見つけて欲しいと言わんがばかりのよう。
宛先は、"親愛なる我が弟子へ"と書かれている。
「これは、どうやら私宛の手紙ですかね? というかなんで引き出しにしまって。しかも鍵閉めてあったってことはまだ見られたくないもの? いやいや私が透過で入ることを見越して?」
どういう意図か分からないけれど、師匠も居ないし、私宛なら読んでも問題ないでしょう。
一先ず師匠の部屋を後にして1階へ降りる。
「あれ、先生。師匠は一緒じゃないんですか?」
「師匠部屋に居なかったのよ。ルル、行き先聞いてたりする?」
「いえ、私は聞いていませんが」
「そう」
朝食を先に食べていたルルに聞いてみるが知らないようだ。
焼き立てのパンを口に頬張りながらナイフで手紙の封を切る。
「先生、それは?」
「師匠の部屋にあった手紙」
「え、開けていいんですか?」
「私宛だから大丈夫でしょう」
「はぁ……まぁ、それならいいんですかね?」
いいのよ。私宛だから。
手紙を広げて中身を読み進める。
◆
シャオリーへ
この手紙を見つけて読んでいるのはいつ頃でしょうね。
数日後でしょうか? それとも、翌日にすぐだったりするんでしょうか?
翌日だったりしたらシャオリー、貴方以外と手が早いんですね。
きっと鍵をかけたあの部屋にすり抜けて不法侵入して、勝手に部屋を漁ってこの手紙を見つけたのでしょう。犯罪ですよ? まぁいいんですが。
そして勝手に手紙を開けたんですね? まだ出してもいない手紙なのに。貴方宛だからと言って……
まぁいいんです。これはそういう貴方に宛てた手紙なのですから。
さて、前置きはこれくらいでいいでしょう。
シャオリー、唐突ですが私はこの大樹の家を去ることにしました。
目的はマギリス魔導王国へ向かうこと。そして魔王に謁見することです。
貴方には私の昔のことは余り話していなかったと思います。
私は昔、魔導王国で生まれました。
幼いころは親も無く、道で物乞いのようなこともしました。
それを変えたのは出会いでした。
とある日、物乞いをしていた私を見て駆け寄り、声を掛けて来た男が居ました。
「お前、一人か。なるほど、行くところが無いなら私の元へ来ないか?」
その男こそが私の恩人にして、先代魔導王国、魔王エンディミオン陛下だった。
彼は私の魔法の才能を見抜いたと言っていたわ。
実際、私は他の人よりも魔法の才があった。その後、彼の指導の元、魔法の勉強をして幾年、まぁいろいろあったんです。
おかげで魔法も薬学も知識が付いて魔導王国内でも有数の魔女として重宝されていたんです。
その私がどうして今アルリオン神王国に居るのか。
それはエンディミオン陛下のご指示があったからです。
彼は言いました。
「シュナ、魔導王国の叡智を学んだ魔女よ。お前を拾ったことはよき拾いものだった。そしてお前にはその素養があった。だからこそ、私の夢をお前に頼みたい」
あの言葉は今でも私という人の柱となっています。
その夢とは何か。
えぇ、その説明をしないといけませんね。
それは『世界中の魔法という知識を集めること』なんですよ。
世界を巡り、数多の魔法を記憶し、記録し、記述する。
貴方が読んだ図書室の本のほとんどは私が記述した本なのです。
びっくりしましたか? いえ、貴方は既に気づいていたかもしれませんね。
そこで私は魔導王国を飛びだして世界を巡り、魔法を収集してきたのです。
ですが問題がありました。世界は、広過ぎたのです。
広過ぎて私の寿命の内には収集しきるのは無理だという結論を出しました。
それではどうすればいいか。
私は考えた。そしてとある場所で聞いた『転生』という事象を知ったのです。
転生、人は死ぬと新たな命として生まれ変わる。
そして、時には記憶を残して生まれてくる転生もあると。
これだと思いました。だから私はこの記憶を生まれ変わった先でも保持し続けることで魔法を収集しようと考えたのです。
いい考えだと思いました。
それからです。転生の研究をし始めたのは。
ですが研究は行き詰った。どうしても転生の仕組みが分からなかった。
そこで貴方が現れたのですよ。シャオリー。
貴方の存在が、転生という仕組みも、魂という概念があることも分かったのです。
その後は貴方の知っている通り、私は魂の研究をしていました。
ここまでどうしてこんなことを書いたのか。
それは私がその大樹の家に戻ることはないからです。
私が魔導王国へ行くのは1年前の事件で魔導王国のエンディミオン陛下が退位していると聞いたことがきっかけです。
あの方はまだ元気なお年頃、いえ、年齢はかなりのご高齢なのですが。
それがどうして退位したのか。
神王陛下へ報酬として情報を流してもらっていたのです。
その連絡係はアーネです。
アーネは今、私に同行して貰っています。護衛ですね。
今の魔導王国は不穏です。何が起きるか分からない。
私は恩のあるエンディミオン陛下が窮地であればお助けしたいと思います。
きっと危険な旅になるでしょう。
あなたを巻きこむのを考えましたが、私の私事に巻き込むのは引けました。
ちょうど弟子を取った貴方なら私が居なくても独り立ちしてくれると思いました。
ルルティナには感謝しないといけませんね。
おかげで決心がついたのですから。
だからこれはお別れの手紙。
シャオリー。師匠らしいことは何も出来なかったかもしれない。
それでも貴方の師匠でいれたことは私にとってもいい思い出です。
大樹の家は貴方の自由に使ってください。
ドリーのこと、ルルティナのこと、大事にね?
そうそう、最上階の部屋、入ってもいいわよ。
何の部屋かは、入ってみればきっと分かるわ。
それじゃあ、さようなら。
親愛なる我が弟子へ
◆
「………………え?」




