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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第三章:師匠と先生と大樹の秘密【帝歴716年】
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幽霊と弟子と新しい日々

「せんせ~! 薬草取ってきました~!」

「あーお疲れー。テーブルの上に置いといて。後で抽出陣にかけるから」


 元気よく扉を開けて入ってきたのはルルティナ王女。

 1年前の神王都での事件以降、この深霧の森、師匠と私の大樹の家で暮らしている。私の弟子である。

 弟子を取るのも勉強だって師匠は言っていたけど正直早いんじゃないかなぁって。

 それでもするって言ったからにはしっかりと教えて行かないと。


「それで先生、今日はこれからどうするんですか?」


 先生、ルルティナにはそう呼ぶように言っている。

 私が師匠のことを師匠と呼んでいるから、私のことも師匠って呼ばれると紛らわしいと思ったからだけど。


「ふっふっふ、今日が何の日か、分かるかいルル?」

「……えーとなんの日でしたっけ?」


 とぼけたような表情で指を顎に当てて首をかしげる。

 こういう時のルルは知っててとぼけている。

 この1年でこの子の性格はだいたい分かるようになった。

 ルルは言ってはなんだが腹黒い。というか頭が良い。

 教えた魔法理論はすぐに覚えるし、私が編み出した魔陣書の技術も少しずつ覚えている。

 本来人族には扱うのも難しい精霊を使った技術なんだけどなぁ。


「はぁ、そういうのいいから。覚えているんでしょう?」

「えぇ、まぁ。今日は私が先生に弟子入りした日ですね」

「そう、もう1年。今更だけどどうして私なの? 私より凄い魔法使い、魔女はいっぱいいるのに」

「先生がいいんです。先生の魔法はとても、綺麗ですから」

「綺麗、ね……ま、いいわ。1年の記念日ってわけじゃないけれど……はい、これ」


 手元に用意しておいたものをルルへ手渡す。

 これを作るためにしばらく夜の研究を休んで徹夜をし続けたからね……

 いや、私寝ないでも問題ないんだけど。


「これは……もしかして!」


 ルルへ渡したのは一冊の本。


「魔陣書、その小型版よ。貴方のね」

「でも! 魔陣書は師匠にしか使えないはずじゃ!?」


 魔陣書。

 私が作った3冊の魔導書エクリプス、コロナ、ルナ。

 これらは3冊に分業することで魔法陣を瞬時に呼び出して魔法を作ることが出来る。

 作った魔法陣を保存することで次は更に早く魔法を作ることが出来る。

 そういうものだった。

 あれから1年かけて更に改良し、何個かのバージョンアップを挟んで3冊の魔導書は1冊の本になった。

『エクリプス・ヘリオス』

 ルナとコロナの機能を統合し、新機能を搭載した新しい魔導書。

 いや、魔導書という名前では語弊があった。だからこれは"魔法"でも"魔法陣"でもない、新しい魔法の体系。

 "魔陣書"、そう名付けた。


「魔陣書は確かに私にしか使えない。師匠でも無理だったからね。でもそれは精霊の扱いが出来れば実は問題解決だったの。魔陣書の制御は精霊を使った魔法制御だからね。そしてこの1年でルル、あなたは精霊を使った魔法、精霊魔法の一部ではあるけれど扱えるようになった。なら、きっとこれも使えるはずってね」

「ありがとうございます! わぁ、これで私も先生みたいに魔法を作ったり使ったりできるんですね!」

「あ、それは無理。そこまでの機能はそれにないから」

「え?」


 そう、渡した魔陣書はそこまで機能が豊富じゃない。


「じゃあ、何が出来るんですか?」

「その魔陣書はね、エクリプス・ヘリオスみたいに魔法陣を組み合わせて新しいものを作ることはできない。その魔陣書は既にある魔法陣を1ページ1枚、100ページまで保存し、自由に使うことが出来る魔陣書」

「つまり、既にある魔法陣じゃないとダメってことですか?」

「そ、新しく魔法を作るには処理能力が足りないのよね。私の魔陣書くらいの処理能力を出すのは人族には難しいかな」

「そうですか……」

「でも登録した魔法陣は即座に出せるから普通に魔法を使うよりも早いし正確。便利なはずよ」

「そうですね、確かに」


 どこか不満そうなルルに溜め息を着きながら、腰のブックホルダーからエクリプス・ヘリオスを取りだして差しだす。


「? これは?」

「その中から登録したい魔法を選びなさい。後で入れといてあげる。20個までなら好きにしていいわ。残りの80個は自分で作ること。しばらくの課題よ。100ページ全部埋めること」

「え! 先生の魔法使っていいんですか!? 竜砕爆覇槍ドラゴン・スマッシャーとか! 竜星弾雨(スターダスト・レイン)とかもですか!?」


 おい、なんでそれを選んだ。どっちも対ドラゴン戦で作った最上級魔法クラスじゃないか。


「あんた、それ選んでも撃てないでしょう。一発撃ったらマナが切れて倒れるわよ?」

「でも、やっぱりロマンがあるじゃないですか! ドラゴンを倒した魔法ですよ!?」

「はぁ、覚えるのはいいけどね。ちゃんと考えて選びなさいよ?」

「はーい!」


 ◆


 部屋に戻り、ルルとドリーが摘んできた薬草を魔法陣にセットする。

 部屋に設置したのは薬草からポーションを自動生成する魔法陣の新型。

 マナの供給方式をこの部屋内にいる人間から自動で得るシステムを構築した。

 おかげで部屋に居ればポーションの精製ができるので、やれることが増えた。

 まだ問題はあるが、これで研究に充てられる時間も作れる。


 そう言えば今日もアーネはタルタスに行ったっきりか。

 忙しそうにしているけど、なにやってるんだろう?


「私もそろそろこれを形にしたいんだけどなぁ、これ」


 今広げている紙に書かれているのは1年前、サラティエ王女が使った転移魔法陣の写し。

 とは言え完全版ではなく、半分ほどはあの小男に消されてしまっていた。

 その資料を預かってこうやって研究しているが、私の知らない術式が多く、難航している。


 コンコン


 扉をノックする音、誰かな?


「シャオ、入るわよ」


 入ってきたのは師匠だった。

 珍しい。この時間はいつも部屋に篭って出て来ないのに。


「どうしたんですか師匠?」

「あなたの研究に役立ちそうなものを見つけたから持ってきたのよ」

「役立ちそうなもの?」


 師匠は脇に抱えていた本を手に持ち直し、差し出す。

 古びた赤い表紙の本だった。


「これは」

「魔導王国の魔法の資料よ」

「魔導王国……それって!」

「そ、転移魔法陣は魔導王国製。ならこれがヒントになると思ってね」

「でも魔導王国の資料は図書室には無かったはずじゃ」

「私の部屋の荷物に入っていたのよ。掃除してたら見つけてね。多分昔魔導王国へ行った時のままだったのね」


 掃除? いつも散らかしっぱなしの師匠が?


「あら、私だって掃除くらいするわよ?」

「なら、常にするようにしてください」

「考えてておくわ」


 はぁ、この人は。

 でもこれで転移魔法陣の研究は進むはず。


「ありがとうございます。師匠」

「いいのよ。あ、そうそう、これも渡しておくわね」


 リン


 師匠がポケットから取り出したもの、それは久しく見ていなかったものだった。


「その鈴、ヴィロ様の! というか今音が!」

「そ、あれから調べてたんだけどね、どうやらこれはマナを籠めておけば指定した人の居場所が分かる鈴みたい。私に登録されてるから私にしか使えないんだけれどね。あなたが貰ったものだし返しておくわ。マナは補充してあるし、森にいるうちは補充の必要がないようにしたから。外に持ち出すときはマナを1日一回込める必要があるけどね。燃費悪いみたい」


「……ありがとうございます」


 この鈴は師匠に出会わせてくれた最初の道しるべ。

 大事なものだ。師匠に預けていた方がいいと思っていたけど、なるほど、師匠に反応する鈴を師匠が持っていても仕方ない。

 使うことはあまりないだろうけど、大事に閉まっておこう。


「用件はそれだけよ。それじゃ、お休みなさい」

「はい、師匠、お休みなさい」


 静かに扉が閉まる。閉まる直前師匠と眼があった。

 どこか憂いを帯びた瞳に言い知れぬ不安を感じたけれど、それが何故なのか、分からなかった。


 翌日、師匠は一言も残さず、居なくなった。



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