【外伝】神王国の末の王女【帝暦715年】
初めて先生を知ったのは神王都の宿屋でした。
私はある事情で身分を隠し、姿を変えて宿屋の従業員として働いていたのです。
最初はちょっと変わったお客様だなと思っていました。
だって、騎士と冒険者、それに魔女が3人のパーティーなんてあまり聞きませんから。
冒険者にしたって、魔女三人なら前衛が4人は欲しいところです。
詠唱や準備が長い魔法では守ってくれる仲間が必要ですから。
だから不思議と目で追いかけました。その時はその程度で気になるな、ってくらいだったんです。
二度目に見たのはその日の夜、見回りで宿屋の二階へ上がった時です。
いえ、見るだけなら夕食の時とか掃除の時とかあったんですが、先生のことが気になって見たのはその夜でした。
階段を登りきった直後、お部屋からスッと先生が出てきたんです。
扉も開けず、すり抜けるように。
驚いて声も出ませんでした。
そしたら先生は地面から浮きながらふよふよと壁へ向かったんです。
何をするのかな? と思って様子を見ていたら壁をすり抜けて外へ出てしまったんです。
走り寄って壁を見ましたがそんな仕掛けはありません。
慌てて外へ出ましたがその時には既にどこにも居ませんでした。
今を思えば透明になって王城へ向かわれていたんですよね。
ウィリアム兄様に報告しようと思ったんですが夜中でしたので早朝にご連絡しました。
するとウィリアム兄様も先生に会ったようで、お父様たちのことを聞いてとても喜びました。
そうです、先生はたった一晩でお父様、お母様、ヴィルハルト兄様を治してしまったんです。
やっぱり先生は凄い方です。
貴方もそう思いますでしょう?
コクコク
ですよね!
そのあとウィリアム兄様からの伝言を先生方へお伝えし、私は一度王城へ戻りました。
そして夜、今度はお兄様たちを交えての作戦会議。
サラ姉さまが好からぬことを企んでいたのは、まぁ、その、昔からその気はあったような気もしますし。
そこで提案された作戦の衝撃の方が大きかったですね。
先生はサラ姉さまに憑依して追跡したんです。
転移魔法が使われたと聞いた時はそんなものを用意していたのかと驚きましたが、さすがは先生、しっかりと追いかけました。
王城から外を見ていた私はその日、夜空を彩る綺麗な花を見たんです。
えぇ、火の花ですよ? あれは美しかった。
あれが魔法で作られていると聞いて、先生への憧憬が深まったのです。
美しい色合い、綺麗に放射状に広がる炎。
ただの合図なら火を上げるだけでよかったものをあそこまでこだわった魔法。すでに芸術の域でしたよ。
え? あなたも見たい?
えぇ、えぇ、こんど先生にお願いしてみましょう。
ここは森ですがなんとかなるでしょう。
私もサラ姉さまの次には魔法の才があると幼いころから魔法を教わってきました。
ですが王城で魔法図書館へ案内しているときに「弟子にならないか?」と声を掛けられた時、
私はもう嬉しくてしょうがなかったのです。
そこからはずっと先生を目で追いかけていました。
魔法図書館の本を魔法陣で読み取っていく姿も、高い本を浮いて取りに行く姿も全て。
お兄様に早速相談した所、快く送り出してくれました。
先生ならという信頼もさることながら、今回の件で王城から私を離しておきたかったのでしょう。
おかげで難なく馬車に潜り込めました。
先生の弟子になってまだ一ヶ月ですが、楽しい毎日ですよ?
あなたというお友達もできましたしね?
コクコク
あら、あなたも喜んでくれる?
うふふ、やっぱり私たち、息が合うわね。
「ルル、ドリー、そろそろお昼にするから帰っておいでー」
「あら、呼ばれてしまいました。お昼ですって。それじゃあ薬草を持って帰りましょうか、ドリー」
翠の髪のきれいな少女の白い綺麗な手を引っ張り、尊敬する先生の元へ駆け寄る。
今日もまた先生に魔法を教わろう。立派な魔女になるために。
先生の魔法に一歩でも近づくために。




