【外伝】深霧の森の魔女【帝暦715年】
本当はもう弟子は取らないつもりだった。
あの日、ドリーが連れてきたあの子、シャオリー。
彼女の成り立ちに興味が沸いた。
彼女の存在に惹かれた。
幽霊、魂、死後の転生……ヴィロ様から聞いたというその話は本当のことだろう。
この世界では転生のサイクルが短い。故に死んだ魂は即座に転生する。
シャオリーが言う幽霊とか憑依とか背後霊とか地縛霊とか、それらの言葉はこの世界に存在しない。
それは魂が即座に転生するが故に、魂が地上を彷徨わないからだろう。
その情報は私の行き詰った研究への一つの光明だった。
彼女が居れば研究が進むかもしれない。
そう思ったから、彼女を弟子にすることにした。
私の研究は"死後の記憶の継承"。
転生、という言葉は歴史上に存在している。
各国を回って古い文献や伝承を調べた結果、言葉や意味は違っても似たような話が存在した。
曰く、死んだはずの戦士の記憶を持った赤子が生まれた。
曰く、病気で死んだ娘の記憶を隣の家の生まれたばかりの赤ん坊が持っていた。
この記憶の継承、転生と呼ばれているそれらがどのようにして起こるのかを研究する。
それが私の人生の命題。
記憶とは何か? 記憶と人格は違うのか?
転生した後の子供の言葉を記した文献には人格は別のもので、他人の記憶を覗き見ているようだと記されている。
その答えは彼女、シャオリーが握っていると思う。
魂、という状態が存在するのならば、記憶というのは魂に付随して転生後の身体に保持される。
そして、魂の人格は転生する際、消去されて新しい人格が生まれる。
その際に消えなかった記憶が転生後に現れたのではないか、というのが今の私の仮説だ。
魂のどこに記憶が保持されるのか。意図的に記憶を継承することはできるのか。
この命題の答えが出るとき、私は既にこの世に居ないのかもしれない。
ヴィ・シュナスという人格は残らないのかもしれない。
それでも私は私が生きて記憶してきたこの知識を残せるのなら、この命題に答えを出そう。
その時がいつ来てもいいように、彼女に残せるものは残しておこう。
パタンと閉じた本を引出しにしまう。
これはまだあの子に見せるべきものじゃない。
いずれ、私が居なくなった時にあの子が見つけるべきもの。
あわよくば、受け継いでくれたらうれしいな。
うれしい、か。
久しくそんな感情はなかった。
ドリーと暮らし、カリエばあさんやミリエーヌとしか関わりを持たなかった。
人と暮らすというのはなかなかに刺激的だ。
コンコン
「師匠、晩御飯ができたので降りてきてください」
噂をすれば弟子が来た。
あの子の料理はだんだん上達している。
ドリーも手伝いをするようになったし、あの子も楽しそうだ。
「分かった。すぐ降りていくから準備をしておいて」
「スープが冷めちゃいますから早く降りてきてくださいね?」
足音は聞こえないが下で音がしたってことは降りたようだ。
あの子は最近空を飛んでばかりだから足音がしない。
たまに気づいたら後ろにいるからびっくりする時もある。
とはいえ、私の部屋や最上階のあの部屋にはすり抜けて入ってこないのは良識のあるいい子だなとは思う。
あの子が来てからもう3年……
そろそろあの子にも旅をして世界を見て回らせたいが、いかんせん遠く離れるのも心配だ。
神王都辺りまでの旅ならちょうどいいが理由がない。
ちょうどいい理由が向こうからやってこないかしら……?
◆
「それじゃあ師匠、今月の分、納品してきますね」
「えぇ、よろしく。あまり遅くならないようにね? この時期は外の魔獣もあまり出歩かないけれど、起きているのは凶暴だから」
「平気ですよ。この辺りの魔獣ならなんとかできます。それくらいは地力をつけたつもりですよ?」
「慢心は」
「はい、慢心しません。やばいと思ったら逃げますから」
「よろしい。じゃあ、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
馬車を走らせてタルタスの町まで行く後ろ姿を見送る。
今日はどこか森がざわつく。
何事も起きなければいいけれど……
この後、願ってもないお客を連れてシャオリーが帰ってくる。
ちょうどいい、彼女たちの依頼に乗っかって神王都まで行ってしまおう。
いい勉強になるでしょう。




