【外伝】森に住む精霊族の少女【帝歴712年】
3章に入る前に外伝としてシャオリー以外の登場人物視点の小話を投稿します。
短めですが、よろしくお願い致します。
ここは深い深い霧の森、人族近寄らぬ神秘の地、深霧の森。
誰も来ない、誰も近寄らない、この深部には魔獣さえも近寄らない。
ここには私とあの魔女以外は居なかった。今までは。
「ドリー? どうしたの一人で黄昏ちゃって?」
声を掛けて来たのは黒髪の少女。
いや、本人は26歳と言っていた。人族の年齢に合わせるなら大人の女性なんだろう。
私よりも小柄なその少女は愛くるしい見た目で一人感傷に浸っていた私に声を掛ける。
フルフル
首を横に振って否定を示してからニッコリと笑う。
私は人族のように声を出すことはできない。
精霊族は声で意思の疎通をしない。全て同族同士の念話で会話が成立していた。
人族とのコミュニケーションだって、あの魔女、シュナスが来るまですることはなかった。
「? そっか、じゃあこれ、一籠分終わったから預かってて。私は向こうでもうちょっと摘んでくるから」
コクッ、と私が頷くのを見て彼女はふわっと浮かんで飛んで行ってしまった。
シャオリー。それが黒髪の少女の名前。
別の世界からやってきたという話だけど本当か分からない。
でもきっと、本当なんだろう。
ドリアードの種族特性として人の感情の機微が分かるというものがある。
人だけではなく、植物や動物、魔獣なんかの考えも分かるので、生き物の感情というのが正しいのかもしれない。
シャオリーは不思議な少女だ。
精霊族は基本同族以外にはそう簡単に好意を持たない。
シュナスは別、彼女は私の恩人でもあるのだから。
シャオリーと初めて出会ったのはシュナスの住処、大樹の家。
ではなく、薬草摘みを終えて大樹の家へ向かう途中のこと。
後ろから足音も立てず、ふわふわと浮いて追いかけてくる存在を感じていた。
精霊は精霊の居場所を把握できる。なんとなくだけど。
だから当時私はお仲間が紛れこんで来たのだと思って念話を送っていたのだけど、どうやらまったく聞こえていないようだった。
仕方なくそのまま大樹の家へ行って、シュナスへ後の事を放り投げようとしたんだけど……
なんだかんだあってシャオリーはシュナスの弟子になった。
アレから半年、その後のシャオリーの世話を任され、今は彼女に薬草のことを教えている。
この深霧の森は魔素が大量に存在しており、通常より薬になる薬草が多く生える。
また、この深部には魔獣も寄ってこないため、薬草が荒らされることもないし、危険もない。
シュナスがここに居を構えたのは成り行きだったが、それでも良い土地を見つけたと当時は喜んでいたな。
「お待たせドリー、じゃあ師匠の元に帰ろうか。今日の分はこれでいいんだよね?」
シャオリーが戻ってきた。手には籠いっぱいのヤノメ草、ヒポリ草、メノウ草、スイゲン草……
数も種類も問題ない。
シャオリーの顔を見て右手で親指だけ天に掲げてさむずあっぷしてみせる。
このしぐさはシャオリーが教えてくれたものだ。
言葉が喋れないなら身体で表現すればいい。とは彼女の言。
それから実にいろいろ教わり、最近では彼女の世界の言葉も覚え始めた。
いずれはこれで秘密のやりとりとかしたいとかなんとか。
「うん、それじゃあ帰ろうか。ドリー」
シャオリーは籠を持っていない方の手を伸ばして微笑む。
ドリー、シャオリーが名付けてくれた私の名前。
精霊族は個別の名前を持たない。ドリアードはドリアードという種族で意志を共有している。
私は他に仲間が居ないから個人という意志みたいなものになっているが、別個体が居ればこの私の気持ちは共有されるのだろう。
それは本来のあるべき姿なのだろうけれど、今の私にはどこか寂しく感じる。
あぁ、いつからだろうか、気づけば彼女のことばかり考えている。
自然と顔が微笑み、その差し伸べられた手を取る。
シャオリーは浮遊しながらようやく覚えた大樹の家までの道のりをゆっくりと進んでいく。
たった半年、精霊族として生きて来た300余年の人生の中で一抹の時だというのに、どうしてどうして、私はこのシャオリーという少女が、気に入ってしまったようだ。
掴んでいるその手を強く握る。
「?」
シャオリーはキョトンと握られた手を見つめたが、再び前を向いて飛び始めた。
幽霊族の特性か体温が低いそのひんやりとした手に、あるはずのない温もりを感じながら大樹の家へと帰って行く。




