幽霊と王女と月下の結末
月夜が照らす森の中を飛んでいく。
木々を避けながら飛行するのは深霧の森で慣れたものだ。
透過できるのだから最短距離をすり抜けて行けばいいと思ったが、正直わざわざぶつかりに行くのは勇気がいる。
「もうちょっと向こうかな。結構速い」
師匠が王女様に着けた闇精霊の気配を探る。
精霊族同士はお互いの位置が分かるらしい、それは親戚のような幽霊族にも適応されるようだ。
小精霊はその場でマナを受けて生まれる小さな精霊族。
ドリーのような精霊族は土地や大きなエネルギーのマナを受けて生まれるので、その出で立ちは同じと言える。
じゃあ私はどうなのかと言うと、恐らく元になっているマナはヴィロ様なんだろう。
私の魂を元に幽霊族という身体を作ったのはヴィロ様のはずだから。
「ドリー、早く会いたいな……」
思えば森を出てから10日近く立つ。
それだけの期間一緒に居なかったのはこの3年間ではなかった。
ほぼ家族のようなものだし、毎日顔を合わせていたからね。
タルタスの町に泊まる時以外は。
「と、一先ずは王女様を捕まえないと、帰れるものも帰れやしない」
闇精霊の気配はもう少し先、今は山の斜面を下っているからかどんどん下へ向かっている。
速度も速いしこれは飛行魔法で飛んで逃げているかな?
杖で飛んで逃げようとしていたし一人ならこの速度が出るのか。
「ふふ、速度なら私だって負けないよ」
この身体になってから浮いているのが当たり前になるように習慣をつけてきた。
速度も出せるように、高度を上げれるように、自分の力というものを理解し、高めた。
今の私なら飛ぶ鳥にさえ追いつける。
現に距離は縮まっている。
だが向こうは気づいていない。"幽闇の衣"で姿を隠しているし、何より透過状態で風さえ切らない。
「……見えた」
木々をすり抜けていくと、地面近くの木々を縫いながら飛ぶ王女様が見えた。
かなりの速度を出しているのにあの杖さばき、やっぱり熟練の魔女なんだ。
第二王女サラティエ。
アルリオン神王国の王家に第二王女として生まれ、当代の王家の中で一番の魔法の才を発揮し、宮廷魔術師より直接師事されたその技術は他国にも勇名が響いていたらしい。
そのため魔法で有名な魔導王国に外交に出ていたらしいけれど、まさか向こうに付いて国を裏切るとは誰も思わないだろう。
王女が何を思って魔導王国に傾倒したのかは知らないけれど、とりあえず捕まえて話しを聞かないと。
速度を上げて王女の杖と並ぶ。
表情に余裕は無く一心に飛び続けている。
このままいくと神王都から離れ過ぎてしまうな。ここらで止めておこうか。
スッと速度を上げて遥か前方へ飛び出し、振り返って後ろ向きに飛ぶ。
速度は同じ速度を維持したままで。
透過状態なら後ろに木があっても問題ないし。
前見ながらはぶつかる瞬間が怖いからってだけで後ろなら特に気にしない。
そしてタイミングを見て幽闇の衣を解除する。
「わっ!」
「ひぃっ!?」
突如姿を現した私を見て王女は飛行魔法のバランスを崩して地面に激突する。
土を着けながら転がり、近くにあった木の根元へぶつかって止まった。
「大丈夫? 少し驚かせすぎたかな?」
「あ、貴方はあの魔女の弟子の……どうしてここに」
「師匠が貴方に精霊を纏わせていたからそれを追ってきたのよ」
そう言うと王女にひっついていた闇精霊がふわふわと現れ私の指先を回り始めた。
かわいいなこの子、師匠のマナで作られたからかだいぶ元気がいい。
「……結局、あの魔女の手の平だったってことね。あの後エンシェント・ガーデンも破られたみたいだし。はぁ、どうして計画を実行に移そうって時に貴方達のようなのが居るのよ……」
「そうね、一歩違っていれば私はここには居なかった。貴方の計画も上手くいっていたでしょうね。王達は今も呪いに倒れ、ウィリアムの不振は高まり、貴方は救国の女王、って未来かな?」
「救国と言ったらそれは貴方の事かしらね。貴方なのでしょう? 呪いを解呪したのは。ヴァルヴルムを倒し、私に気づかれることなくここまで近づいてきた。私にもう手札はないわ。追いつかれた今、この時が私の終わり……」
そう言って王女は胸元の宝石に手を伸ばす。
何か、嫌な感じがする。そう思うのと身体が動くのは同時だった。
憑依の力で王女の中へ入り、伸ばそうとしていた手を制止する。
「な、どうして、身体が動かないの!?」
「今貴方の身体に憑依させてもらいました。身体の操作権は私にあります。何をしようとしていたのか分かりませんが、貴方が死のうとしていることは分かります」
「……身体を乗っ取られた、ってわけね。そうか、それが転移魔法陣を一緒に飛んでこれた理由ってわけ? あれは指定した人間しか飛べない。けれど、私に同化していれば飛べるってわけね。まさか転移魔法陣のことまでバレていたなんてね」
いや、転移魔法陣とか存在自体知らないですよ?
転移とか空間魔法でも上位でそんなものあるなんて知りませんし?
「あれは憑依じゃなくて取り憑いただけなんですがね。身体は自由にできたでしょう? 貴方の背後に身体の一部を同化させてくっついていただけですよ」
「まったく、そんなことができる人族、私は知らない。貴方、本当に人族?」
「残念、私は人族と精霊族のハーフ。幽霊族と自称してます」
「ハーフ……はぁ、とりあえずトンデモな相手だってことは理解したわ。もう、死ぬ気はないから安心しなさい」
王女は観念したのかその声音からも相手の隙を伺うような緊迫感は消えていた。
「この宝石は何ですか?」
「それは呪いの宝石よ。マナを流し込めば装着者に呪いを与える魔道具。入っている呪いは"汚染"。私の意志、人格を破壊して廃人にする呪い」
そんな恐ろしいものを、いや、これを渡したのは恐らく魔導王国。
つまり彼の王国はこれを作れるだけの技術力があるということ。
「貴方のことはまだ信用できないので、このまま神王都へ連行します。飛行魔法の使用だけはやってください。身体と舵取りは私がやります」
「はいはい、魔女の弟子さん」
「それと、私にはシャオリーと言う名前があります。第二王女」
「あら? 私達は敵同士のはずでは?」
「私の目的は世界一の魔女になること。そのために名前を売ると決めたんです。有名にならないと誰も世界一と認めてくれないですから。だから敵にも名前を売りますよ、私は」
「……まったく、この後処刑になるかもしれない敵に名前を教えてどうしようっていうのかしらね。分かったわ、私の敵、魔女シャオリー」
「はい、では神王都まで飛びますから気を張ってくださいね、途中で余計なことをしようとしたら……?」
「分かったわよ。正直竜殺しの魔女から逃げ切れるとも思ってないから」
傍からみれば独り言の応酬だが、周りには誰も居ない。
王女のマナを受けて飛行魔法を発動し、地上スレスレではなく上空へと飛び出す。
双月はだいぶ降りてきて、神王都に着く頃には夜が明けるだろう。
月下の予想外の戦闘は、これで幕引きだ。
さぁ、神王都へ、師匠達の元へ帰ろうか。




