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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第二章:冒険と王女と暗躍の都【帝暦715年】
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戦士と戦神と月下の剣戟

今回はアーネ視点になります。

ご注意下さい。

「さて、竜退治はシャオに任せて、お前達の相手は私達だよ、王女様?」


 手に持つ真新しい斧を担ぎあげ、同じく真新しい盾を構えて対峙する二人を見る。

 あの土竜の戦いでの戦利品、一部だけ貰った土竜の爪で作った斧、"土竜爪斧(グラン・アクス)"。

 同じく土竜の鱗で作った盾"土竜鱗盾(グラン・シルド)"。

 神王都に来たその日に鍛冶屋へ赴き、素材とお金を預けて作ってもらっていた武器と盾だが、ちょうど今日の昼に出来上がったと連絡を受けていた。

 間に合ったのは天の采配か、いや、神の導きか。


(まぁ私の信仰する神様なら、戦場に導くのも頷けるけどねぇ)


 私の加護はディ。武の神、ディオス様より戴いた加護。

 ディオス様は武の神として様々な恩恵を授けてくれる。

 例えば女の腕でもこの盾と斧を振り回せるほどの筋力。

 野山を駆けても疲れない脚力、跳躍力、とか。


 女で冒険者をするからには危険なこともあったが、この加護に助けられてきた。

 だが、ディオス様には困った副作用と呼ぶべき加護もある。

 それが"戦場の導き"と呼ばれている加護だ。

 ディオス様は戦いが好きだ。戦っている英雄を好む。

 故に加護を与えられた者は時たま大きな戦場に巡り合わされる。


 国同士の戦争、巨獣退治から海獣退治まで多岐に渡る。

 今回のこの場面に出くわしたのも、ディオス様が導いてくれているからか。

 だけど今この時は困ってはいない。むしろ、間に合わせてくれたことに感謝さえしている。


 野山を駆けて合図の火魔法の元へ駆け付けた時、上空から竜が降りて来た時は嫌な予感がした。

 地上を走っていては間に合わない。

 だから思い切って木々の間を飛び越えて、一気に頭上へ出れば、丁度浮かび上がろうとする王女と男。


「ここまで追いかけてきたのは称賛するが、一人ではどうにもならない状況というのを思いしるがいい魔女よ!」


 シャオはドラゴンと対峙していて間に合わない。このままでは取り逃がしてしまうだろう。

 だから私は手に持ったグラン・アクスを高く振り上げて――


「一人ではないんだよなぁ?」


 勢いよく振り下ろしたのだ。


 あの時私の斧を受け止めたあの大男。

 今も王女を庇うように前に出て剣を構えているが常に警戒を怠らない。

 一歩近づけば一歩下がり、ギリギリの間合いの外で様子を見ている。

 このままじゃ時間だけが消費されてしまう。


「シュナス、一気に行くけど、付いて来れるかい?」

「問題ないわ。私を誰だと思っているの?」

「そりゃ頼もしい。じゃ、いくよ!」


 大地を一蹴りして一気に間合いを詰める。

 呼応するように大男は王女を抱えて同じく一気に下がった。

 うん、あいつの腕前なら下がって合わせてくるって思っていたよ。


 これでシャオから距離を取れる。

 あの子、本気出すと周り見えないからなぁ。

 手に持つ土竜の武器を見ながらあの日の戦いを思い出す。


 正直に言って身の気が竦むとはこのことかと思った。

 当時の愛用の斧でさえ傷がほとんど入らなかった土竜を爆発と土煙が上がったと思ったら串刺しにしていたあの光景。

 今でも頭から離れない。


「……この辺りでいいか? 女戦士よ」

「……あんた、分かってて付き合ってくれたのかい? ありがたいけど、さ!」


 大男は瞬時に後退を止めて踏み込んできた。

 その手の剣が斬りあげられるのに合わせて振りかぶっておいた斧をぶつける。

 硬度に優れたこの斧とぶつかり甲高い音を響かせて鍔競り合う。


「驚いた……この斧は竜の爪製で硬度と威力には自身があったんだけどなぁ」

「当然だ。この剣は鋼竜の鱗を削って作ったものだからな」

「鋼竜、なるほどね。奇しくも竜武器対決というわけか」

「そうだな」


 一旦鍔競り合うのを止めて距離を取る。

 向こうも距離を取ってこちらと睨みあいになり、このままでは膠着状態になるか、と思ったがここには私達以外にもいるのだ。


「紅蓮なる業火よ、怨敵の前に連なり、灰塵となれ――」

「流麗なる深水よ、我らの前に零れ落ち、深霧となれ――」


 赤の燐光を周囲に纏わせサラティエ王女が詠い、合わせて青の燐光を纏ってシュナスが詠う。


「ヘルフレア・ブレイズ!」

「アクアフォール・ミスト」


 王女の周囲から炎の球が無数に生成、こちらに向けて突撃を仕掛けてくるが、シュナスの発動した水魔法の霧が辺りを包み、炎を減衰させる。私の元へ辿りつく頃には威力はほぼなく、マントや鎧が守ってくれる。

 王女は顔を歪めてシュナスを睨みつけているが、シュナスはどこ吹く風と涼しげに笑っていた。


「……余所見をしているとは余裕だな!」


 振り向いた隙を突いて襲いかかってくる大男だが、誘い水に乗ったとはこのこと。

 左手に持っていた盾で剣を受け流し、その威力身体を捻って右手の斧へと伝える。


「ッぐぅ!?」


 相手からすれば盾で防がれたと認識した直後に高速で斧が振り下ろされる。

 早々避けられるものじゃない。

 今ので左肩に負傷を負わせたし、このまま引いてくれたら楽なんだけどなぁ。

 何せ今回の目的は王女殿下だけなわけだし。

 とはいえ、騎士然としたこの男のことだ。

 逃げはしないのだろう。


「……ほう、盾と斧でそんな芸当をするとはな」

「受け流しは盾の基本だよ。"銀月の型、月天"っていうんだ」

「"月天"……なるほど、ルミナス流か」

「よくご存じでぇッ!」


 もう一発喰らわそうと斧を振りかぶったが瞬時に相手が後退したので決められなかった。


「そうそう喰らってはられないからな。ルミナス流と渡り合えるとは好機! 我が竜剣を試すには絶好の相手よ!」


 そう言って大男は剣を掲げる。

 すると大気中から光が、魔素が集まって行く。

 あの動きは知っている。マナを送りこんで魔法を発動する気だ。


「鋼竜メタリアよ! 我が名"ディ・ルクス"の名の元に真の力を解き放たん!」


 鋼の剣は周囲の魔素を取り込み、中央が開くことでその形状を大剣へと変形させた。

 漏れ出る黄色い燐光が眩く輝く。

 ただ形状を変化させただけではない。

 冒険者としての勘が告げている。あれはまずい、と。


 ぶっつけ本番だがやるしかない。

 そうして自分の盾と斧に向かって少なくないマナを送りこむ。

 私自身の変換効率は24%で常人に毛が生えた程度だ。

 これを使えば一気に消耗してしまうが、ここで切らなければ、今がなければ後も来ない。


 斧の腹に盾を重ねてマナを送りこむ。

 詠唱は必要ない。これは武器としての機能だ。そう注文した。

 まず変化があったのは盾だった。

 斧へ張り付くように一体化し、その表面の鱗が大きく、外へと連なって伸びる。

 合わせて斧の柄が長くなり、斧の刃も本来の爪のように巨大に変化していく。

 槌のような斧のような鱗と爪を合わせた刃を持つ大戦斧。

 それを振り上げて構えて撃ちあいの姿勢に持って行く。


「面白い。同じ地系統の魔武器の解放。どちらが上か試してやろう!」

「こちらのセリフだね。悪いけどここで決めさせてもらうよ!」

「名を、聞いておこうか……戦士の女よ」

「ディ・アーネ。同じディオス様の加護を持つもの同士だね」

「ふ、ふはははははははッ! そうか、これもまたディオス様の導きかッ! ならば遠慮は要らん! 全力で行くぞ! ディ・アーネ!」

「受けて上げるよ、ディ・ルクス! こっちも全力だ!」


 高く構えた大剣から迸る魔素が一段と輝きを増す。

 大男が一瞬呼吸を止め、吐き出すように魔素を纏ったその剣を振り降ろした。


「吹き飛べ! 鋼竜剣・斬覇(メタリア・ザンバー)!」

「金月の型……月光・大地切断!」


 同時に振りおろされた大戦斧の先が大地を砕くと同時にその前方の大地が隆起し爆発と共に前進していく。

 鋼竜剣から放たれた極度に濃縮された魔素というエネルギーと、大地を隆起させる噴き上がるエネルギーとぶつかり合う。

 眩い光を放ちながら二つのエネルギーは混ざり、反発し、そして――


「見事だ……」


 大男、ディ・ルクスが目の前で仰向けに倒れる。


「貴方もだよ、ディ・ルクス」


 あの一瞬で相手の攻撃を一点に大地ごと切り裂いてルクスへと接近し、技を放った直後の隙をついて袈裟斬りを仕掛けた。

 正直この土竜の武器がなければ危うかったかもしれない。

 シャオに感謝だな。


 そういえば斬りつける直後、彼は笑っていたようだが、戦いに死を求めていたのだろうか?


「私には分からない感覚だな」


 ルクスに一黙して感傷に浸りながら天を仰ぎ見る。


「……は?」


 見たその先に合ったのは天の星が落ちてくるというこの世のモノとは思えない光景だった。



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