幽霊と魔法と満天の星
「魔女……だと?」
サラティエ王女は怪訝な表情を浮かべてこちらを睨んでくる。
「こやつ、報告にあった森の魔女では?」
「なるほど、フィーアが依頼に出かけていたという魔女。神王都まで来ていたというわけか。つまり、フィーアに一杯喰わされたわけか」
自傷気味に笑う王女の隣で大男が油断せずにこちらに腰から抜いた剣を向けてくる。
現在の状況としては魔法無効化の魔法陣を展開し、その外側に黒鉄の檻を展開して魔法的にも物理的にも逃亡の手段を奪っている状態だ。
向こうも馬鹿ではないなら現状の不利な状況を察しているはず。
「それで、その魔女がどうして我々を? いや、ここまでするんだ。ウィリアムとも結託して居るんだろう。ということは、こちらの目論見はバレてしまっている。そうだろう?」
私はなにも答えなかったが、沈黙は肯定と受け取ったのかそのまま言葉を続ける。
「1つ聞くが、私と敵対する理由を聞いていいかね? 君には関係のない話だと思うが?」
「……アーネ、シャルク、フィーア、ウィリアム、ルルティナ」
「?」
「……直接言葉を交わして、彼らの助けになりたいと私が願った。だからここに居る。貴女が彼らと敵対するなら、私は貴女の敵です」
「なるほど、それはまぁ、仕方のない事情だ。確かに私は事が公になれば敵対するだろう。そうかそうか、つまり、君は敵と言うわけだ」
「そろそろ問答を止めて投降してくれませんか? ここは魔法無効化フィールドの中、外は堅牢な黒鉄の檻です。さっきの転移魔法陣でも逃げ切れませんよ?」
サラティエ王女はそれでも不敵な笑みを止めない。
「私がただの押し問答をしていただけだと? ふふ、時間は十分に稼げた。そろそろ来る頃だ」
直後、空が一瞬明るくなり風を切るような音と一緒に極大の炎の球が天より降り注ぐ。
急いで透過を発動しながら黒鉄の檻から脱出し、振り替える。
サラティエたちは大男の持っていたであろう布を被って炎から身を守ったようだ。
両者ともピンピンしている。
耐火性能の高い魔道具かなにかか。
「今のは……」
上空を見やるとその正体が悠々と浮かんでいた。
巨大な羽、鋭い牙に頑強な赤い鱗。
爬虫類の目に映るのは獲物と見定めた、私の姿。
「……ドラゴン」
羽音と風を吹かせて滞空している赤い竜がそこには居た。
「魔導王国では竜の制御に極秘裏に成功してね。本当はこいつで神王国に攻撃を仕掛ける予定だったが仕方がない。今ここで切り札を切らせて貰おう」
「魔導王国とのこと、隠さないのですね」
「隠しても意味がないからね。知っているんだろう? 私が魔導王国と結託したことを。そしてその見返りがこれだ」
「それがこのドラゴンですか」
ドラゴンは羽ばたきで風を起こし上空に滞空している。
降りてくる様子はないが、その瞳は常にこちらを見つめていた。
「そう、この火竜ヴァルヴルムは魔王閣下から頂いた力だ。父上や兄上を弱らせ、それを私が癒し、その功績を持って私が王になる。そういう計画だ。もっと長期的な計画だったがな。この力はそれが失敗した時の保険だったが、こうなればこのまま王都を一度滅ぼし、私が即位すれば問題ない。私が王になっていることが重要だからな」
「……? 貴女が王になりたいのではないの?」
「全ては魔王閣下のため、だ。さぁ、押し問答は止めるのだろう? 今ここで消し炭にしてやろう。やれ! ヴァルヴルム!」
その一言と共にドラゴン、火竜ヴァルヴルムが羽ばたきを止めて地面に着地した。
その震動と衝撃波で無効化の宝珠が砕け、黒鉄の檻が吹き飛ばされる。
これでは彼女らを捕らえるものが無くなってしまう!
「ここまで追いかけてきたのは称賛するが、一人ではどうにもならない状況というのを思いしるがいい魔女よ!」
サラティエ達はこの機に乗じて魔法で飛び去ろうとしていた。
取り出した大杖に跨がるように大男と王女二人で飛び去ろうとしている。
飛行魔法、やはり使えたのか。
飛んでいくその影が金月と銀月に重なるように飛び去り……双月に影?
「一人ではないんだよなぁ?」
「何?」
直後、銀月の影より降り下ろされた大斧の斬撃。
それに驚き反応した大男の腰の剣がそれを受け止めるが、勢いを殺せず地面に叩きつけられた。
「シャオ、遅くなったけど、まぁ間に合ったから問題ない?」
「……ありがとう、アーネ。最高のタイミングだよ」
「仲間、だと!? どうしてここが」
叩き落されたサラティエがこちらを睨みながら起き上がる。
「貴方も見たでしょう。ここに飛んだ直後に上空に放った合図を」
「?! そうか、あの火魔法!」
「ここがどこか分からなかったからいつ到着するか分からなかったけど、あの小男と合流するように言っていたしそこまで遠くないと思ってた。でも賭けには変わらなかったしもっと時間稼ぎが必要かと思ったけど、間に合ってよかったよ」
「いやー久々に山を全力で駆け登ったよ。もう少しすればシャルク達も来る。それまでは」
「私たちで時間稼ぎね」
「残念、もう一人」
そう言って後ろから歩いて現れたのは師匠だった。
「師匠?! 来てくれたんですか」
「弟子が頑張っているのだから私も少しは力にならないと、ね」
「……たった三人でヴァルヴルムを止められるとでも?」
「三人じゃないわね」
「そうだね、私とシュナスであの二人を捕まえるからシャオ、ドラゴンは任せるね?」
「……えぇ、任せて」
「一人でヴァルヴルムを止めるだと……舐めおってからにッ! 後悔しろ! 往け! ヴァルヴルム!」
「GRYUAAAAAAAAAAAAAAッ!」
ヴァルヴルムが咆哮を上げて突撃してくる。
「コール、"地を別つ障壁"」
魔法陣を展開して大地を起こし、壁とする。
そのまま浮遊し上空へと移動する。
突撃してきたヴァルヴルムはそのまま土壁へとぶつかっている、今がチャンスだ。
まさか道中で作ったこれをまた使うことになるなんてね。
「モード、ルナ。コール……竜砕爆覇槍!」
4属性の燐光と魔法陣が夜空を照らす。
魔素が集まり形成されるのは巨大な鉄の槍。風と水の螺旋を纏い、狙いを定めるは眼下の火竜。
そして爆音を響かせて夜空に爆炎を放ちながら急降下した鉄の槍はヴァルヴルムの右大腿を深く貫き地面へと縫い付けた。
「GRUUUUUAAA!?」
突然の衝撃に暴れる火竜だが、この好機を逃すわけには行かない。
「私の全力を見せてあげる……ッ! おあつらえ向きの満点の星空に双月が登っているしね」
腰のブックホルダーから3冊の魔道書を展開し、球体フィールドを形成する。
そこに浮かべた魔法陣から順に命令を下す。
「モードエクリプス、セットコロナ、ルナ……エレメント、火、風、地。3種複合魔法。ライブラリサーチ、"隕石"、"星屑"、"竜巻"、セット、カスタマイズ……」
天空へ画かれる巨大な魔法陣。赤と黄の燐光を照らして現れたのは巨大な岩の塊。
そしてその周囲に小さな魔法陣が無数に現れ、小さな岩塊が天空を埋める。
それらは炎を纏って星のように輝いていた。
さながら星空と三つ目の月の様に浮かぶその岩は遥か上空へと出現している。
そして私とのちょうど中間辺りに出現した緑の魔法陣を中心に、大気が渦を巻き始めた。
その中心は、ここだ。
「ビルド、コンプリート……命名"竜星弾雨"」
ヴァルヴルムが上空に浮かんだ岩塊を見上げて眼を見開く。
貫かれた足を無理やりに剥がして羽を広げて飛び立とうとした瞬間、それを見つめてしまった。
すでにその瞳には私の姿はなく、映るのは、満点の星空に輝く無数の流星。
巨大な岩塊を中心に大気の渦に導かれて無数の岩塊がヴァルヴルム目掛けて飛んでいく。
「……リリース、竜星弾雨!」
「GRYUUAAAAXAAAAGAAAッ……!!!!」
火竜ヴァルヴルムは最後に巨大な咆哮を上げて、大地深くへと堕ちていった。




