幽霊と恩賞と第二王子の依頼
「私、恩賞の話はやんわりと断ったはずなのだけど……」
「はい、ですから表立っての恩賞ではなく、こっそりと、だそうです」
「あ、そうですか……」
まぁ、名前が広まるのはまだ早いと思ってのことだし、こっそりとならいいのか?
「いいじゃない。貰ってきたらいいわよシャオ」
「師匠、でも」
「いい? 恩賞を与えるというのは向こうのためでもあるのよ。王家っていろいろ面倒でね。表に出さないとはいえ恩賞を出さないと立つ瀬がないのよ、ね?」
師匠は王女殿下を見て意味ありげに微笑んで見せる。
「どうでしょう?」
王女殿下はにっこりと柔らかい笑みを浮かべた。
なんだろう。師匠も師匠だけどこの王女殿下は肝が据わり過ぎじゃない?
確かまだ12歳そこそこだった気がするのだけど……
「私の姉様方はどの方も一筋縄では行かない方々ですので、これでも幼少より努力してきましたから」
私の考えを見抜いたのかそんなことを言う王女殿下。
ほんとウィリアム殿下もこのルルティナ殿下も王族って人間は……
「はぁ、分かりました。その恩賞というのを受け取りに行くとウィリアム殿下へお伝え願えますか? 連絡を取る手段があるんですよね?」
「えぇ、承知しました。もちろん連絡は取れます。方法は秘密ですけどね」
そう言ってルルティナ殿下は再び指輪を嵌めて町娘の姿へ戻ると宿屋の一階へ下りて行った。
「さて、改めて現在の状況と今後の方針についてだけど」
ルルティナ殿下が去って、一息付いたのち、5人での話し合いを再開した。
「まずフィーアの依頼について。こっちは解決しました。私が王族の方の呪いを解呪してきましたので」
「解呪方法はスマートじゃなかったけどね」
「……そこは知識不足というか、結果オーライです」
「そうね、感謝してもしきれない。ありがとう、シャオ」
深々と頭を下げるフィーア。合わせてシャルクも頭を下げる。
「でも状況が良くなったとは言えない、のかな。王達にかかっていたのが呪いというのが判明した以上、これは誰かの思惑があっての行動……殺意のある呪いじゃないから暗殺者ではないだろうけど立派な反逆罪だよね。これ」
「えぇ、でもそこから先は私達の入れる部分ではないのも事実」
魔導王国に第二王女の影、か。
確かにここまで大きくなると私達の手では余る。
首を突っ込むべきではないと、そう思う。
でも、本当にそれでいいの?
何か見えない違和感が私の胸を縛る。
「その件に関しては今夜、ウィリアム殿下と話をしてくるからそれを待って欲しい」
「そう、私としてはこれ以上関わってほしくはないのだけれど……貴方は聞かないわよね?」
「すいません師匠、今回は乗り掛かった船なんで。もちろん、身の程は弁えますよ。さすがに国家間の問題に発展しそうな話は私では無理です」
「本当にそれでいいの? 貴方の考える"世界一の魔女"って言うのは?」
師匠に真面目な顔でそう言われ、何か違うと思った。
そして、そう言われて昨夜のウィリアム王子とのやりとりを思い出す。
世界一の魔女。
それは私の夢であり目標、でも、ゴールじゃないはずだ。
私は目の前で困っている人に手を差し伸べるために、助けられるだけの力を持つために、誰にもそれを邪魔されないために、世界一を目指した。
それがなんだ?
国家間? 出来る範囲?
事態が大きくなって二の足を踏んでいるだけじゃないのか?
そう考えて、私の胸を縛っていたものが何か、ようやく分かった。
「すいません……師匠、私のわがままに付き合っていただけますか?」
「もちろん、言ったはずでしょう? 私が導いてあげるって」
師匠は当たり前じゃない? と言ったほほ笑みを浮かべてそう言ってくれた。
縛っていたのは自分自身だ。
世界一の魔女というのは手を伸ばすための手段であって目的ではなかった。
それがいつの間にか逆になって、目的になっていた。
違う、そうじゃない。
私が、本当にしたいことは--
「シャオ? 何をするつもりなの? 私の依頼はもう終わったんだしウィリアム殿下の話を聞いたら深霧の森へ戻るんじゃないの?」
「違うわフィーア。まだ、貴方の依頼は達成していない」
「どういうこと?」
「あなたの依頼は『王城に忍び込んで王達の病の原因を調査すること』だったわよね?」
「えぇ、だから呪いだと分かったし、その呪いも解呪してくれたんだもの。文句はないわよ?」
「"原因"はまだ不明よ。だって、誰が呪いを掛けたのか、その根本的な原因が分かっていないのだから」
「それは!」
「フィーア、ここからは私のわがまま。勝手に首を突っ込ませてもらうわ。私は仮に相手が王家だろうと、困っている相手に手を差し伸べる。自己満足だと言われても、後悔だけはしたくないから」
はぁ、と一つ息を吐いてフィーアは肩を落とす。
私の意思の固さを感じたんだろう。
それまで静観していたアーネも笑いながら寄ってくる。
「あっはっは! いやいいね、そういうの私は大好きだ。正直今のままじゃ何が起こったのか分からないままだからね! 物事ははっきりした方がいい」
「でも、余計なことして戦争にでもなったら……」
「フィーア、きっとだけどお節介をかけるまでもなく、近い将来戦争になると思うよ。魔導王国の動きが露骨だからね」
「……そうね、なら、いっそ巻き込まれてしまうのもいいのかもしれない」
パンッと手を叩いてフィーアは腰を上げるといそいそと荷物をまとめ始めた。
「フィーア、どうしたの?」
「決まっているでしょう? 王城に戻るのよ。ガンダルヴ様に会って話をするためにね」
「おいおい、王城に戻るのは僕じゃなかったのかい?」
「状況が変わったわ。どうせ敵対しそうなら準備がいる。シャルクは残りなさい。騎士団に戻ると自由に動けないでしょう?」
「あぁ分かったよ。まったく、君はいつも決めたら即行動するんだね」
「分かってるならいいわ。じゃあシャオ、夜に私も同席するわ。それじゃ!」
荷物をあっという間にまとめてフィーアは扉を開けて出ていった。
「やれやれ、じゃあ私らはお留守番だ。フィーアに任せよう」
「王子には色々話さないといけないからね。私も夜まで休むわ」
「何かあったらすぐに言うのよ? 力になるからね。頑張りなさい」
師匠から励ましの言葉を貰い、夜まで休息を取ることにした。
◆
そしてここは第二王子、ウィリアムの部屋。
すでに昨日の侵入ルートからウィリアムの部屋まで入ってきた私は中で待っていた人物の顔を見やる。
まずは第二王子のウィリアム殿下。
そして第四王女ルルティナ殿下。今は王女の姿で指輪は外している。
そしてフィーアと、隣に白髭のお爺さん。恐らく宮廷魔術師団筆頭のガンダルヴという人かな?
それからルルティナ殿下の後ろに隠れるようにしている少年。
「まずはよく来てくれたシャオリー殿。お陰で父上達は目が覚めた。まだ本調子ではないため、同席はしていないが感謝していたよ。直接礼を言いたがっていた。良ければ後で父上達の部屋へ来てくれないか?」
「構いませんよ。それで今日の話ですが……」
「そうだな。恩賞の件は後で話すが実は本題は他にあってな。一つ、依頼を引き受けてはくれないか?」
「依頼、ですか?」
なんだろうか? 王家から直接の依頼……こちらの話をする前に聞いておこうか。
「あぁ、故あってここにいるルルティナとウィンドルの二人をあなた方に預けたい」
「はい?」
それは予想していたものとは斜め上の答えだった。




