幽霊と王女と秘密の来訪
夜明けと共に王城を後にして、師匠達の待つ宿屋へと戻る。
まだ人通りが少ない朝方だが、何人かは既に表を歩いていた。
出てきた時と同じように宿屋の裏手から壁をすり抜けて部屋へと入る。
「……お帰りシャオリー、待っていたわ」
部屋に入ってすぐの所で、イスに座った師匠が腕と足を組んで待っていた。
その後ろにはアーネとフィーア、シャルクも起きて待っている。
「予定では夜の内に戻る手はずだったわよね? それが朝帰りなんて、いい身分になったものね?」
「まぁ、そうですね。いろいろあったといいますか……第二王子に会いました」
「……続けて」
「王様の部屋に入ったら私の幽闇の衣の効果が消えたんです。実はその部屋には第二王子の仕掛けた魔法が張り巡らされていまして、魔法を無効化する部屋らしいです。それでばれてしまいまして」
「それで?」
「それで第二王子と話をすることになったんですが、結論から言えば私は彼を信じてみることにしたんです」
「根拠は?」
「直感です」
「よろしい。続けて」
なんだろうこの、法廷に立たされているかのような緊張感は。
「彼も私を信じるということで王妃相手に憑依を行い、蝕んでいるのが呪いだと判明しました」
「そう、でも今の貴方は呪いを受けていないわね?」
「王妃から抜けるときに呪いごと抜いて、マナを爆発させて呪いを外部に出しました。ちょうど魔法無効化空間でしたし外に出たマナが悪さをすることもなかったので、そこにあった瓶に魔素除去処理をして入れてきました」
「なるほど、それでは王妃や王達の症状は治まったのですね?」
「確認はしていませんが、呪いの原因のどす黒いマナは抽出しました」
「分かりました。それで、そのマナは?」
「これです」
小カバンに突っ込んでいた瓶を取り出し、師匠に手渡す。
3人分のマナが詰まった瓶はその黒さと相まって瘴気でも放ちそうな見た目だが、密封しているため特に出てくる気配はない。
「これは、やっぱりそうなのね……」
「師匠はそれが何か分かるのですか? 呪いの知識はまだ完全じゃないので私には」
「……これは、魔導王国で昔開発された呪いね。相手の心臓と腹部へ打ち込んでマナの流れを止める。マナの流れを止められると血の流れが悪くなるようなものね。身体に力が回らず倒れてしまう。そして身体は身を守ろうと休眠状態に入って意識が底に沈む。これはそういう呪い」
「詳しいんですね」
「昔ちょっとね」
こういう時の師匠は絶対に喋らない。掘り下げちゃダメなやつだ。
にしても、また魔導王国か……きな臭さを超えてもうこれは陰謀の匂いがするなぁ。
そこで後ろでずっと聞いていたフィーアが声を掛けてきた。
「えっと、とりあえずシャオが王達を治してくれたってことで、いいのね?」
「えぇ、第二王子との約束だし、そもそもフィーアの依頼だからね。まだ分からないけどこれで依頼は達成できると思うよ」
「そう、そうなのね……よかった……」
そのまま膝から崩れ落ちて座り込んでしまう。
「フィーアのやつ、シャオが帰ってこないから何かトラブルがあったんじゃないかって心配してたんだぞ? まったく、それにしても大したヤツだよお前は」
「本当だよ。まさか一人で解決してくるだなんてね」
アーネとシャルクが膝を突いたフィーアの肩に手を置く。
「まぁ、力押しの部分もあったけどね。経過に関しては第二王子が多分、フィーア達経由で伝えてくれると思う。宮廷魔術師団か騎士団か、どっちかかな?」
「そう、じゃあ僕達は一旦戻るべきかもしれないね」
「えぇ、ガンダルヴ様へ報告もしなくてはならないし」
「それと、第二王子、ウィリアム殿下は信用してもいいかもしれないよ? 逆にサラ殿下、魔導王国が何か企んでいるかもしれない」
私の感覚ではウィリアム殿下に謀反やクーデターの意思はないと思う。
家族想いのあの姿が
「それは……確かに王子の話が本当なら……でも魔導王国が怪しいのは明白よね……」
「数日後にはサラ殿下に会うんだろう? その時に判断すればいいさ」
「でもアーネ、本当にサラ殿下が呪いの黒幕だったら危ないかい?」
「私たちで護ればいいじゃないか。それでも騎士なのかいシャルク?」
「……あぁ、そうだね。僕は騎士だ。何かあれば僕が守るよ」
「ありがとうアーネ、シャルク」
「でも王達が治ったとしたら予定通り会うことになるのかな?」
「殿下は情報を集めてと言っていたから一先ずは会うことになると思う。そう考えると王城に戻るのも怪しいか……シャルク、悪いんだけど一人戻って第二王子の情報を集める振りをお願い。私はアーネと一緒にもう少し冒険者をやるわ」
「分かったよ。ついでに王の様子や第二王子から伝言があれば伝えればいいんだね」
「その必要はございません」
バッと全員が武器や杖を持って身構える。
声は扉の向こうから聞こえた。
「入ってもよろしいかしら?」
「どうぞ」
誰も答えないので私が代表で答える。
扉を開けて入ってきたのは少女だった。
身なりは町で見かけた町娘といった平々凡々な格好。
茶髪を首回りで切り揃えたそばかすの素朴な少女。
だがそんな少女がここにいるはずはない。
宿泊客にもいないと思ったが、この宿の使用人だろうか。
そういえば夕食時に見かけたような気がするけども。
「そう警戒しないでください。とは言ってもこの姿では伝わりませんよね。フィーアなら気づいてくれると思ったのですが」
「? 私なら、この姿……まさか?!」
フィーアの驚く顔に満足したのか少女は左手の人指し指にはめていた指輪を取ると見る間に変化が現れた。
髪は金色になり腰まで伸び、瞳は栗色から碧色へ、そばかすも消えていく。
「……ルルティナ王女殿下」
「はい、久しぶりですねフィーア」
にこりと笑顔で笑いかける少女。いや、第四王女殿下。
上の3人の王女は各国へ外交に出ているが、確か第四王女だけは第三王子と一緒に隔離されていたんだったっけ。
「第三王子殿下と一緒に隔離されていたのでは?」
「いいえ、私は隔離などされていませんよ。こうして父上達が倒れた後、町娘として町に居たのですから」
「まさか!? 誰がそのようなことをお許しに--」
「ウィリアム兄様です」
「第二王子殿下が!?」
なるほど、あの王子ならそうするかもしれない。
隔離と言っても王城にいる限り、危険性は付きまとう。
それならと外部に出した方がいいという考え方もできるが、普通はむしろその方が危険と判断するだろう。
ウィリアム殿下は城内の身内を最初から疑ていたのかもしれない。
喰えない人だな。
というか近くの者ってフィーア達じゃなかったのか……
「えぇ、私と弟のウィンドルはこの現身の指輪をウィリアム兄様より頂いて町へと非難したのです。私はこの宿の使用人として。弟は別の店の使用人として」
「そうだったのですか……」
「それでルルティナ王女殿下、私たちに何の御用でしょうか?」
「先ほどウィリアム兄様より連絡が届きました。父上達の目が覚めたそうです。その理由を聞いたときにシャオリーさん、あなたのことを聞きました。そしてこの宿屋に昨日泊まりに来たあなた達の様子を思い浮かべて失礼ながら宿帳を確認させていただいたのです」
「なるほど、だから私たちの部屋が分かったのね」
「はい、兄様に確認したところ伝言を預かりましたのでお伝えに」
「伝言?」
「はい、『恩賞を渡したいのでまた夜に王城に忍び込んで欲しい』と」
王子様から不法侵入の許可を頂いてしまった。
いや、それより恩賞は要らないと言ったはずなんだけどな?




