幽霊と治療と夜明け
第二王子ウィリアムの部屋を出て再び王の部屋へやってきた。
「さて、頼んでおいて今更だが、どうやって父上達の病気を診るんだい?」
「正確には診るんじゃないわ。それに診るのは王ではなく、王妃の方」
「母上の方? 父上ではダメなのかい?」
「そうですね、私は女性しか診れないですから」
「そうか、まぁ症状は一緒だろうからそれでもいいのかな?」
「これから王妃の様子を見ますが、何が起きても落ち着いて騒がないでお願いしますね?」
「……何をするか事前に聞いてもいいかな?」
私の肩を掴んで話さないウィリアム王子。
話しても、いいかな? このままやったら絶対後々めんどくさいよなぁ。
「えっとですね、まずは私のことを話さないといけないのですが、まず私は人族ではありません」
「うん、それはなんとなく、別の種族なんだろうとは思っていたよ。魔法無効化の状態で浮いてたりしたしね」
「えぇ、それが私の種族特性です。種族名は幽霊族と名乗っていますが、人族と精霊族のハーフ、ということになるのでしょうか?」
「ハーフ? 精霊族は多種族とは交わらないはずでは?」
「そこは私に問われても、現に私はここに居ます」
まぁ嘘なんだが。
まさか幽霊族が神様が新しく作った新種族だなんて信じないだろう。
「それは、そうだろうけれど」
「その特性をお見せしましょう」
そして私は透過能力を発動させる。
すると肩を掴んでいたウィリアム王子の手が身体の中にすり抜けていく。
「!?」
「これが透過能力、すべてを透過しすり抜ける能力です。最初は私の身体だけでしたが、今では身につけたものも一緒に透過することができるようになりました」
「なるほど、それがこの王城に忍び込めた理由かい? 確かにそれでは堅牢な鍵も門番も無意味だね」
「はい、そしてもう一つ」
透過状態を維持したまま浮遊して天井まで手を届かせる。
「それが浮いていた秘密か」
「秘密というほどでもないですが、私は魔法、マナを使わずに浮くことができます」
「そうか、それなら確かに隠密に長けているというのも頷ける」
「まぁそうですが、これと私が作った魔法、"幽闇の衣"というのですが、これが姿を隠す魔法です。これらを組み合わせることですり抜け、見えず、飛び越えることができます」
「完璧な隠密だな。だがこの部屋では姿は隠せなかった。君も驚いたんじゃないかい?」
「そりゃそうですよ。私、これでも魔法には自身があったんですから」
「そりゃ悪かった。で、それと母上を見るのは何が関係しているのかな?」
ここまではそれとは関係ない。
あくまで私という存在を知ってもらうためのものだ。
本題は
「本題はここからです。私の種族特性、3つ目は"憑依"」
「ひょうい?」
「人に、執り憑くのですよ。身体を重ね合わせて相手の身体に乗り移る」
それを聞いたウィリアム王子は表情を変える。
「それは、危険ではないのか?」
「女性にしか執り憑けません。それに意識がある相手ならば二心同体状態になりますから一方的に身体を自由に出来るわけではありません」
「それでも、意識のない相手なら?」
「私が好きにできますね」
「……」
「どうしますか? 私を危険人物として捕縛しますか? 言っておきますが、私を束縛することは難しいですよ?」
「……いや、僕は君を信用する。確かに危険な能力だが、それが母上達を救う手立てならば僕は手段を選ばないよ」
「貴方は……本当に奇異な人だ。ここまでの怪しい人物を信用するなんて」
「僕はね、君が思っているほど野心家でもないし、聡くもない。ただ、家族が大事なだけさ」
そうか、だから夜な夜な王の部屋に見舞いに来ているのか。
家族想い、それが彼の本質、と捉えるのは早計かもしれないが。
「それなら見ていて欲しい。これから王妃殿下へ憑依を試みます」
王の隣、眠っているご婦人の横に立ち、目でウィリアム王子へ合図する。
王子はまだ緊張、というか警戒しているが頷いて同意を示す。
ご婦人、王妃は苦しげな顔で眠っている。
「では」
私は浮き上がり仰向けの姿勢をとる。
そのまま、王妃に重なるように降りていく。
「ッ!?」
触れた瞬間、その異様さをまさに肌で感じた。
この、どす黒い、気持ち悪い感覚は、味わったことがない。
例えるなら全身に倦怠感と悪寒、寒気に吐き気、頭痛が同時やってきて常に背中に何かがいるような感覚が付き纏う、そんな感覚だ。
完全に身体が同調するとより顕著になる。
身体が重くて動かない。
意識は、王妃の意識はない、私だけか。
マナの巡りが悪いってものじゃない。ほぼ通っていないじゃないか。
本来循環して身体を血液のように巡っているマナだが、使えば総量が減る。だが流れる流れだけは変わらず薄くなっても流れているのだ。
これはその流れを止められている。
その止めている原因を探っていく。
頭の中、問題なし。
手、足、問題なし。
胸……問題あり。
胸か。ちょうど心臓の辺りと胃の辺りに淀みの集中している部分がある。
黒いマナ、闇魔法に似ているけれど、もっとどす黒い別の何かだ。これは。
この2箇所をなんとかすればマナが流れて淀みも消えるんじゃないか?
問題は何とかする方法だが、これが師匠の言う呪いというのなら、確か師匠は……
『呪いとは身体の中のマナに作用する現象らしく、作用しているマナを正常に戻すことを解呪と呼んでいる』
淀みがこのどす黒いもの、これ自体もまたマナなんだ。
この身体に本来流れているマナとは別のマナ。呪いとは外部から強制的に植え付けられたマナが拒絶反応を起こしている現象。
なら、強く反発してしまえば、強制的に解除できるのでは?
いや、王妃のマナじゃそこまでの力は……
王妃のマナでは?
なるほど、王妃のマナじゃなければいけるかもしれない。
私は意識を集中してどす黒いマナの対象を自分自身にすり返るようにゆっくりと剥がしていく。
このマナが付着しているのを王妃のマナではなく、憑依している私のマナだと認識させる。
ゆっくりと、タイミングを見計らって……今!
勢いよく王妃から憑依を解除する。
急に現れた私を見てウィリアム王子が驚きに目を見開いたが、よく今まで静かにしていてくれたものだ。
マナは……私にくっついて来ている。これなら
「少し、マナを放出します。この部屋なら、むしろちょうどいいかもしれない……」
体内の心臓と胃の辺りにある淀みにマナを送り込む。勢いよく、一気に。
「……ッく! はぁ!」
呼吸と共に、マナを爆発させる。
するとどす黒いマナは二つとも中へと吐き出された。
その黒い塊として見えるマナは空気中に触れると魔素と結合しようとし始めたが、生憎この空間は魔法無効化空間。体内ならともかく、外に出てしまえば魔法になれない。
近くにあった給水用の瓶の水を捨ててその中に黒いマナを放り込んで蓋をする。
ついでに瓶内部の魔素を全部抜いて外に出しても反応しないようにしておこう。
「……ふぅ、王子。これで王妃はもう大丈夫なはずです」
「!? 本当か!?」
ウィリアム王子が王妃へ駆け寄ると寝息を立てているがその顔はどこか安らかだ。
「……お顔に血の気が戻られている。確かにさっきまでとは違うようだが……」
「後は朝になれば分かるでしょう。さて、残るは王と第一王子ですか」
「出来るのか? 先ほどの方法は女性にしかできないのだろう?」
「えぇ、ですが原因は分かりました。部位も変わらずでしょうから。少しショック療法に近いですが男性ですので頑張ってもらいます」
「……責任は私が持つ。やってくれ」
「それでは」
今度は王へと近づいていく。
王も顔色は悪く、苦しげに眠っている。
感覚は掴んだ。マナのサンプルもある。魔法は使えないが場所が分かっていれば……
私は右手にマナを集中させる。
マナを手の形へと形作らせ、透過能力と併用して王の体内、胃の部分へと手を伸ばす。
入れた瞬間、王が声を上げたが、我慢してもらおう。
マナはマナで押し出す。さっきの感覚を今度はマナで形作った手で掴み、引き剥がす。
強引だが外部からはこうするしかない。
予想通りの場所に例のどす黒いマナがあった。私はそれをマナの手で掴み、一気に引き剥がす。
「うぅ!」
王の悲鳴が聞こえるが、だがまだ終わらない。
まだもう一つ、心臓の近くにもあるのだ。
剥がしたマナを瓶へ入れて、再度手を伸ばす。
今度は心臓へと。
「少し、我慢してくださいねッ!」
先ほどの要領で心臓のマナを引き抜く。
「ぐぉっ!?」
今度はさすがに耐え切れなかったのか、王は悲鳴を上げてぐったりとしてしまった。
目を覚ます様子はない。
だが、血の気は戻り、今は荒い息だがだんだんと安らかに寝息を立て始めた。
「……ウィリアム王子、施術終了です。これで王妃と王は大丈夫でしょう」
「本当に、大丈夫なのか?」
「えぇ、原因になっていたこの黒いマナを取り除きました。これでマナの循環が戻れば体調は戻られるでしょう」
「それは、一体なんなのだ?」
「呪いです」
「の、呪い!?」
「えぇ、病気とは違う、マナに作用するもので、自然に罹るものではありません」
「つまり、呪いを放ったものがいる、ということだな?」
「はい、ですがそこから先は私の仕事ではありません」
「構わない、父上と母上が助かったのであれば、それ以上は望まないよ。そこから先は僕の仕事、役目だ」
「よろしくお願いします」
「あぁ、ところでお疲れのところ申し訳ないが、もう一人お願いできるか?」
「第一王子ですよね。分かっています」
それから第二王子の案内で第一王子も王と同じ施術で黒いマナを取り除いた。
施術が終わって私はそのまま疲れてしまったらしく、気づけば第二王子の部屋で横になっていた。
「ここは、そうか、寝てしまったのか私は」
「起きたかい? お疲れ様」
「ウィリアム王子、おはようございます。経過はどうですか?」
「三人ともまだ寝ているよ。だけど顔色がいい。もしこの分なら今日にも目覚めてくれそうだ」
「それは、良かった」
「あぁ、まだ分からないが、きっと大丈夫だろう。君のおかげだ。ありがとう、シャオリー」
「いえ、それは王達が回復してからにしてください。まだ、分かりませんから」
「そうか。そうだな、その時は改めて君を城へ招待したいのだが?」
「それは、遠慮させていただきます」
王子は目を丸くして見つめ返してくる。
「どうしてだい? 君は王家を救った恩人だ。恩賞を与えることだって」
「私は特異な出生だと教えましたね? あまり人前に出るのはまずいのです。まだ」
「確かに、幽霊族など露見すれば、いろんな輩に狙われるか。なるほど」
「ですから」
「だが、まだ、と言ったな。いずれは受けてくれるのだろう?」
「それは、私の目標は『世界一の魔女』になることですので、名が広がることを避けたいわけではないので。今はまだ実力が足りないだけですから」
「ふむ、世界一の魔女、か。それはどうしたら、世界一の魔女になれるんだい?」
どうしたら。
どうしたら世界一の魔女になれるのだろうか?
そういえば私は、世界一の魔女になると夢を掲げて、魔法を勉強して、ここにいるが、どうすればなれるのか道を考えていなかった。3年間、ただ目の前のことを追い続けて。
私は目の前で困っている人を助けたい。
私は魔法というものに魅了されてしまった。魔法を極めたい。
私は誰に対しても手を伸ばせる人物になりたい。
そのための世界一、世界一の、魔女……
「……分かりません。どうすれば世界一なのか」
「そうか、でもいずれ君は世界一の魔女になれると思うよ」
「それは、どうして?」
「神王国の王を救ったんだ。既にシャオリー、君は"神王国一の魔女"と言ってもいい」
「それは、師匠も居ますから」
「なら二番目だ。君の功績は少なくとも僕が保証する。だからきっとなれるさ」
その笑顔は後ろの窓から入る朝日と一緒で、今の私には眩しい笑顔だった。
でも、世界一の魔女への道、それがなんなのか、今は分からないけれど、この3年間でやってきた、目指してきたことは無意味でも、無駄でもなかったんだと、そう思えた。
「ちょうど、朝日も昇ったようだ。父上達が起きるまで君はどうする?」
「……宿へ戻ります。師匠も心配しているでしょうから」
「そうか、父上達の状況については君の近くのものへ情報が伝わるだろう。それで確認して欲しい」
「分かりました。お世話になりました」
「それはこちらのセリフだ。ありがとう、魔女、シャオリー」
「はい、ウィリアム王子」
私は再度王子の目の前で"幽闇の衣"を発動して扉を開けて出て行く。
「そうだ、ウィリアム王子。一つ忠告を」
「なんだい?」
「サラ殿下は数日のうちに戻ってくるそうです。魔導王国の力を借りて。何かあるかもしれません。お気をつけて」
「ありがとう、忠告、ありがたく頂戴する。そちらも気をつけて」
返事はせず、扉を閉めて王城の中を進む。
師匠へは夜のうちに戻る約束だったし朝帰りは心配しているだろう。
「とはいえ、一人で、できた」
この力が、人の役に立てた。今はそれだけで満足だ。




