幽霊と王子と王女の思惑
「第二王子……あなたが」
「そうだ。それで賊よ、お前は何者だ?」
どうする?
目の前の人物が第二王子というのは間違いないだろう。
王族の部屋に入れる身分の高そうな人物など家族以外にないだろうし。
第一王子は床に伏せ、第三王子は幼い。
そこは疑うところではない。
「……失礼しました。第二王子殿下。私は深霧の森の魔女が弟子、シャオリーと申します」
「魔女か。深霧の森とはわざわざ何用で都へ来たのか? 我が父上に魔法でも掛けに来たか?」
「いえ、とある筋より王やお妃様が病に伏せっていると伝え聞きまして、参りました。我が師はそこらの医者よりも医学薬学に通じておりますので、王達のお力になれればと」
「ほう、では何故その師とやらが来ず、弟子のお前が来たのだ?」
「恐れながら私の魔法は隠密に優れたものがありまして、正門から参ろうにも王が伏せっている状況が伏せられているならば門番にも話せない。かと言って王へ謁見を申し出ても恐らくこちらも門前払い。ならば忍び込んで王の様子を伺い、師匠が薬を調合してお渡しするのがよろしいかと考えました」
第二王子はその話を頭の中で反芻しているのかしばらく考えこみ、そして
「なるほど、話は分かった。確かに現状王への謁見や様子を見せろと言われても誰も通さないだろう。方法は気に喰わんが意図は理解した」
「では」
「だが、貴様が不審者であることは事実だ。今ここで警備の兵を呼んで牢へ入れることも可能だ」
「それは」
「ふ、一先ずはこの部屋を出ぬか? 私の部屋へ来い」
「はい?」
この第二王子は急に何を言っているんだ?
第二王子からすれば私は問答無用の不審者だ。
それを兵に突き出さずに部屋に来い?
「警戒するな。ここでは父上達に響く。私の部屋はすぐそこだ」
そう言って王子は私の横を通り過ぎて扉を出て行く。
ここはおとなしく指示に従っておこうか。
振り返って後ろから第二王子についていく。
廊下へ出ると兵士の姿はやはり居ない。
「警備の兵か? 安心しろ。今の時間は持ち場を離れているように言ってある。しばらくは戻ってこないはずだ」
「王の警護を外して構わないのですか?」
「ふ、問題ない。部屋には別の警護を残してあるからな」
あの部屋に私達以外は居なかった……はずだが?
第二王子の部屋は王の部屋から廊下を挟んで3つ隣だった。
王族の部屋はまとまっているのだろうか?
「ここだ。入れ」
中に入ると揃えられた家具は王の部屋にあったものと遜色ないが、どこか暗い色合いが多い。
促されるままに入室して中央のテーブルへ座らされる。
その向かいに第二王子が座り、向かい合う形となった。
「さて、腰を落ち着かせたところで、本音で語ろうか? 魔女の弟子さん?」
さっきまでの威風堂々とした喋りを崩して、口の端を吊り上げて語る第二王子。
「本音、とは?」
「さっきの話、まるっきり嘘って分けじゃないんだろう? でも本当のことは話していない。例えば宮廷魔術師団からの密命で深霧の森へ向かった人物が居たことも。騎士と冒険者が追従したことも、ね?」
この男、どこまで知っているんだ? いや、むしろ全部知っているのか?
「……あなたは、恐ろしい人のようですね」
「そうかい? 僕は紳士的に話しているつもりだよ?」
僕、か。さっきまで私だったくせに。それが本来の性格か。
「さっきまでのは外向きの王族らしい喋り方さ。どこで誰に聞かれているか分かったものじゃない。この部屋には魔法陣を張り巡らせて傍聴対策は万全だ」
「魔法陣ですか」
「お、反応したね? さすがに魔女は聡い。これは僕が編み出した魔法でね。僕はこれでも魔法使いなんだよ。ギルドには登録していないけどね」
そんな情報聞いていないな。いや、フィーアも知らなかったのか。
「さて、お喋りもいいけど本題に入ろう。端的に言えば、君に協力して欲しいと思っている」
「協力? 忍び込んできた私にですか?」
「あぁ、順を追って話そうか。事の始まりは15日ほど前だ。姉上達が外交に出て行っている間のことだったが、父上と母上が急に倒れられた。熱も上がり、うなされるようにしているよ。最近では起き上がることも出来ずにねむり続けている。それから数日して今度は代理で王の務めをしていた兄さん、第一王子のウィルハルトが倒れた。仕方ないから僕が王の代理を任されたんだけどね。僕はそんな器じゃないんだよ」
その話はフィーアから聞いたのと同じ話だ。不振な点はない。強いて言えば、この第二王子の様子だ。
聞いていた話ではもっと野心家のような印象だったけど……
「ここまではきっと聞いているんだろう? そして君はこうも聞いたはずだ。『第二王子が王位簒奪のために王と第一王子に毒を持った』とね?」
「……そのとおりです。言葉通りではありませんが大体は」
「そうだろうね。僕だって、今倒れていないこの状況を見ればそう思うよ。だけどね、それは現実であって、事実ではない。むしろ僕は父上達より前から命を狙われていたんだ」
「どういうことです?」
「……僕の使用人の一人がね。僕を暗殺しようとしたんだよ。テラスから突き落としてね。その時なんとか逃げたんだけどその後使用人は飛び降り自殺をした。そして別の使用人が料理に毒を盛ろうとしていたことがわかってね。問い詰めようとした所、盛ろうとした毒を服用して死んでしまったんだ」
確か盗賊ギルドが集めた情報にそんな話があったはずだ。
裏は取れているわけではないが、恐らく事実だろう。
「そんなこともあって少し人間不信になってね。人を遠ざけるようになった。とこれは別に話さなくてもいい話だったね」
「いえ、どうぞ続きを」
「ありがとう。というわけで我が王家は命を狙われている。父上達の病気の解決方法も分からないままだ。医者も分からない未知の病となると打つ手なしだったんだよ。だが、君が現れた」
「私、ですか?」
「そうとも。君の事は逆に信用できると思っている。まずは、僕を見て驚いた。つまり僕を狙ってはいない。父上の部屋へまっすぐにやってきた。城内の恐らく宮廷魔術師団とつながりがある。深霧の魔女の弟子と名乗った。そのうわさは聞いている。薬学では右に出るものは居ないともね。その弟子がこの警備の中堂々とやってきたんだ。暗殺とは思わない。治療しに来たというのも嘘ではないだろう?」
この王子、やはり切れ者だ。
どうする? ここは正直に話すか?
私の直感はこの男を、信じてみてもいいと思っている。
ここは
「そのとおりです。私は王達を治療するために参りました」
「あぁ、そこは受け止めよう。僕の権限で父上達を診ることを許可する。ただし、僕が同伴するけどね」
「ご協力ありがとうございます」
「何、見返りは貰うさ」
「? いったい何を」
「君がここへ侵入した時、どうやって来たんだい?」
「それは、私の魔法で姿を隠して」
「じゃあ僕に見つかったのはなぜか分かるかい?」
そう、それが不思議だった。
私の魔法がまるで無効化されたかのような……
「まさか、あの部屋には魔法を無効化する何かがあるのですか?」
「ほぅ、すぐにそこに行き着くか。鋭いね。その通り、あの部屋には魔法を無効化する魔法が仕込んである。これはどういうものかは秘密だけどね」
魔法無効化、それなら納得できる。
透過と浮遊は種族固有能力だが"幽闇の衣"は魔法だ。無効化されたら見えてしまう。
「あの部屋で浮いていた君の正体にも興味はあるがそこは置いておこう。じゃあなぜ僕があの魔法無効化を強いているか分かるかい?」
魔法無効化を使っているということは魔法に対して警戒しているということ。
どうして?
魔法を使う相手、最近のうわさ……冒険者ギルドのクエストが聖王国へ集中している。反対側は、魔導王国……魔法の、国……
「まさか、貴方はこれらの事件や病気が西の国の仕業だと?」
第二王子は一瞬目を見開いて驚きを露わにする。
「驚いたな。本当にそこまで推理してしまったのかい?」
「事前に得ていた情報から、なんとなくです」
「素晴らしい。文句なしだ。その通りだよ。僕は西の魔導王国からの攻撃じゃないかと思っている。だからね、僕は協力者が欲しいんだよ。魔導王国に関係のない、人間がね」
これは、ややこしいことに巻き込まれてしまったかもしれない。
「五月雨に話して申し訳ないが、君が信頼できるというのはそういうことなんだ。深霧の魔女は森に篭りきり、外に出ることはほとんどない。今回依頼を持っていって、ようやく出てきた人物。魔導王国との繋がりについては他の者よりも信用しやすい」
第二王子は席を立ち、私の横まで歩いてきて手を差し出す。
「どうだい? 僕の協力者になってくれないか?」
その問いにすぐに答えるわけには行かない。
こちらには魔導王国と関連するもう一つの可能性があるから。
「その申し出を受ける前に私の話を聞いていただけますか?」
「いいとも。なんだい?」
「私達に依頼をしてきた宮廷魔術師団の一人に直接依頼が来ました。相手は魔導王国へ外交に出ているサラ殿下です」
その一言を聞いて第二王子の顔に緊張が走る。
「サラ姉上が……まさか、いや、そういうことなのか?」
手を引っ込めて考え込む第二王子。
そう、この状況、私もどうしたらいいのか正直分からない。
第二王女サラティエからは第二王子ウィリアムの調査を依頼され、フィーアはそれを恐らく受けるだろう。
フィーア達も第二王子を疑っているのだ。
逆に第二王子ウィリアムから協力者の誘いを受ければ第二王女サラティエを敵に回すということだ。
これは恐らく、王家を揺るがす内紛、クーデター、または魔導王国が戦争を仕掛けるのか?
とにかく私一人では抱えきれない。
だが考えてみよう。私の依頼はなんだ?
王と妃、そして第一王子の病、及び呪いを治すことだ。
しかも第二王子は病気とは言っても、呪いについては言っていない。
「その話を聞いてしまってはサラ姉上を警戒しなければならない……身内を疑いたくなかったがその可能性がある以上、だ」
苦々しい表情で立ち尽くす王子に私は一つの提案をすることにした。
「ウィリアム殿下、一つ提案があります」
「なんだ、言ってくれ」
「私の能力を使って、王達の病気の原因を突き止め、私が治療して見せます。王達が回復すれば現状の危うい状況を打破できるのでは?」
師匠に頼りたいが、魔導王国の名前を聞いた師匠の様子がおかしかった。
ここは、私の力で何とかしてみよう。
「そういえばそのつもりで来ていたんだったな。出来るのか? 弟子である君に?」
「やる前から諦めたくありません。可能性は手を伸ばさないと、掴めないものです」
「……分かった。協力者の件は置いといて、父上達を頼む」
第二王子が頭を下げる。
王族がそう簡単に頭を下げていいのか。
いや、これは王族云々より家族としての願いか。
少ししか話していないが、私はこの第二王子を信じてみたくなった。
フィーア、ごめんね。
「深霧の魔女が弟子、ヴィ・シャオリーがその依頼、確かに引き受けました」
さて、大仕事になりそうだ。




