幽霊と月夜と戦いの跡
土竜アングラント。
棘の生えた鱗を纏い、地を這う竜種、ドラゴンの一体。
冒険者ギルドの査定では竜種は最低でもゴールドランクとされている。
既に穴を掘って地中に逃げた土竜。
土竜が掘った穴の前でアーネとシャルクが穴をのぞき込んでいる。
「逃がしちゃったか、ハーン? あいつはここいらを巣にしてるってことは、峠から出ることはないのかい?」
「あぁ、今までも追いかけては潜られて逃げられていたが奴が峠から出たところは見たことがない。とはいえ、地中の様子が分かるわけじゃないからなぁ」
「ふむ、さて、シャオ。どうする気だい? 何か考えがあるんだろう? フィーアはしばらく大きな魔法は使えなさそうだ」
シャルクに言われて一度振り返るとフィーアは後ろで師匠からマナ回復のポーションを受け取っている。
先ほどの嵐の竜は相当マナを消費するらしい。
辺りの魔素量もだいぶ持っていかれた。
なるほど、これが魔女が本気で唱えた魔法呪文か……
「あれは私が持っている中でもとっておきの一つよ。風と水の複合呪文で嵐の竜を生み出して突撃させる魔法」
師匠が昔唱えていた荒れ狂う嵐の渦は形も持たない風の渦を呼ぶだけだったが、同じテンペストでもこっちは水と風の名前の複合魔法。
名前が同じでも属性が同じでないのは、命名者が決めることだから、だそうだ。
魔法の名前は作成した人が登録する。
荒れ狂う嵐の渦も吹き荒れる嵐竜の足跡もどちらも魔法ギルドに登録されている魔法だ。
「凄かったね、確かに。でも、土竜の鱗を突破するにはあれじゃ足りないみたいだった」
「確かにね、とっておきだし、地属性というから水に弱いと思っていたけど、あの鱗がその防御を担っているんでしょうね」
「そこはこれから土竜に効く魔法を作るから」
「……魔法を、作る……?」
「あぁ、そういえばシャオはそんなことが出来るって言ってたね」
シャルクにはいつぞやの夜に見せたこともあったが、あのレベルは即興もいいところだ。
「ちゃんとした魔法創造は見せたことなかったわね。そういえば初めてか、師匠以外にこれを見せるのは」
そう言って腰のブックホルダーからエクリプス、コロナ、ルナの3冊を取り出す。
「土竜は……大丈夫、まだ地下に居るようだね」
水妖精の便りがまだ有効なので、土竜の位置は特定できた。
動く様子もなく、体力を回復させるために休んでいるのか……
とにかく今がチャンスには変わりない。
ここから必要なのはあの鱗を突破して本体に届くための貫通力。
それを実現するための魔法は、ライブラリに登録してあったはず。
「よし、じゃあちょっと離れててね……コール、『メイクフィールド』」
コールと共に私を中心とした円形のフィールドが発生する。
半径はおおよそ2m程度。
「シュナスさん、これは、シャオは一体何をしようとしているんですか?」
「まぁ、驚くわよね。私もこの発想聞いたときは驚いたもの。シャオがやろうとしていることは本人が言った通り、魔法の創造よ」
「そんな、魔法はそんな簡単に生み出せるものでは!?」
「あなたも知っているでしょう? あの子が考えた『幽闇の衣』や、シャルク達を助けた風十槍牙、アレもあの子が考えた魔法よ」
「それは、数年掛りであの子が考えた魔法だと……」
「少し、違うわね。あの子が私の弟子になってからまだ3年、その間にあの子が産みだした魔法は100を超える」
「ひゃ、100!?」
「しかも作る理由が『できそうだったんで作ってみたんですけど、どうですか?』よ? 呆れて物も言えないじゃない?」
「それだけの魔法、一体どうやって」
「見てれば分かるわ」
展開したフィールドに3冊の魔法陣が開かれた状態で浮かんで周囲を回り始める。
「モードエクリプス、セットコロナ、ルナ……エレメント、オール。4種複合魔法。ライブラリサーチ、"爆砕砲"、"鉄鬼槍"、"螺旋水蛇"、"螺旋風牙"、セット、カスタマイズ……」
モードエクリプスはコロナ、ルナの魔導書に記録した魔法陣をライブラリと称して呼び出し、それをカスタマイズして新たな魔法を作り出すモード。
今から作成するのはこれら3冊の魔導書がなければ生み出せない魔法陣。
実は、コロナに記録された魔法陣は一つの魔法陣としてではなく、常に毎回ルナの魔法陣を呼び出しているのだ。だから、コロナの魔法陣を魔法陣に組み込むことで、ルナからそれぞれを呼び出すよりも早く作成することができる。
今回使う魔法は4種。
爆砕砲……火属性と風属性で爆発魔法を生み出し、セットした物を発射する魔法。大抵は地属性で作ったアースボールの岩を飛ばす。
鉄鬼槍……地属性で作った大きな槍。杭とも言う。正直手で持って振り回すには鬼並みの体格や力が居ることからこの名前を付けた。
螺旋水蛇……水の螺旋を突撃させて相手を貫く。その姿が蛇みたいだなって思って付けた。
螺旋風牙……風の螺旋を突撃させて相手を貫く。風が幾重も木を切り裂いたのを見て、狼に噛まれたみたいな跡だなって思った。爪でもよかったかもしれない。
カスタマイズで爆砕砲を後方にセットし、土竜の位置情報をセットする。
土竜の位置目掛けて螺旋風牙で道を整え、螺旋水蛇を纏わせた鉄鬼槍をセットする。
これで準備できた。
これらの魔法陣はフィールドを幾何学模様のように回りながら待機している。
言葉だけではなく、時には直接魔法陣をいじって整えてやる。
「……ビルド、コンプリート……命名"竜砕爆覇槍"」
やがて、フィールドが収縮し、魔法陣が手に戻ってくる。
「……リリース、竜砕爆覇槍!」
その言葉と共に目の前で魔法陣が瞬時に展開される。
赤と青と緑と黄、4色の燐光が辺りを輝かす。
足りなくなっていた魔素を周辺から集めながら。
そして、巨大な鉄の槍が魔法陣により生成され、その槍を覆うように水が螺旋を描き、さらにそれを護るように風の螺旋が渦を巻く。
後方で赤い魔法陣が待機し、次の瞬間、大気を震わす大きな音を上げて魔法陣が爆発した。
その勢いは土砂を巻き上げて辺りに土煙を巻き起こす。
辺りに居たフィーア達は目をつぶり、それが収まるの待った。
その巨大な槍は風を纏って地中を掘り進めながら一直線に進んでいく。
土竜を貫くには巨大な質量と水の力が必要だ。その水の螺旋の力を対象に届くまで保護するのがこの風の螺旋の仕事。
そして、風はその仕事を完遂する。
風の先端が土竜の鱗を捉えた。その瞬間、風は前方に向かって全力の牙を飛ばす。
少しでも後続の力となるために。
爆破の勢いに乗った鉄の質量が、風を失った水の螺旋に勢いを与える。
水の螺旋の回転する力と質量の重みが土竜の鱗にのしかかる。
「Grrrrrrrrrrゥ!?」
突然の襲撃に驚いた土竜だが、それまでだった。
ピキ……
土竜の鱗にひびが入る。
それは決壊の最初の悲鳴だった。
ピキ……ピキキキキキ!!! バリンッ!
土竜の固い鱗を貫く鉄の槍は、その体内にある心臓ごと身体を貫いた。
ようやく成長を遂げた土竜だったが、その成体の時間は長くも続かなかった。
「……どうやら、うまくいったみたいですね。コール、"地を別つ障壁"」
地を別つ障壁を幾重も貼り、動かなくなった土竜を周りの地面毎押し上げる。
やがて地響きと共に目の前の大穴から死体となった土竜が現れた。
その姿は天から落ちてきた槍に貫かれ、一瞬のうちに絶命したせいか、きれいなものだった。
「これにて、ドラゴン退治、完了ですね!」
私は振り返ってみんなにVサインを送る。
振り返った私が見たのは土を被り、唖然とした表情でこちらを見ている、師匠以外の面々の顔だった。
「……あれ?」
大地は抉れ、土は掘り返され、辺りの林は爆風で折れ曲がり、凄惨な状況。
その中心に無傷で立つシャオリーの姿は、現実感を伴わない異様な風景だった。
この光景を作り出した8割の原因が目の前の小柄な魔女の仕業だとは、誰も信じてくれないだろう。
その時のアーネ達の頭には、そんなことがよぎっていたという。




