幽霊と戦士と冒険の話
フィーアが目覚めてからはあっという間だった。
私が王城に忍び込む計画はその日のうちに町から戻ってきたアーネとシャルクにも相談し、シャルクは反対したが、現状ではそれ以外に怪しまれずに王城に入りこむ方法が無いと説明したところ、しぶしぶ納得してくれた。
夜はそれぞれの部屋で休んでもらい、フィーアとアーネは客室へ移動してもらった。
基本夜のルーチンは魔法の研究だが、今は薬を作ることが優先だ。
ひとまずは師匠と手分けして薬とポーションを大量に作る。
これは必須事項だ。急を要するとはいえ、こちらを疎かにすることはできない。
朝になるまでに保存してある材料分は作っておきたい。
薬作りの工程は半自動化してある。
体力回復ポーションに必要な薬草を適量、作成していた魔法陣へ籠ごと設置する。
最終的に抽出した成分が生成される魔法陣へ空の瓶を設置する。
これは私が楽をするために開発したポーション自動生成魔法陣「薬草大全」。
複数の"接触型"と"連鎖型"の魔法陣を組み合わせて作った私の力作だ。
必要な薬草の重量は水魔法によって特定の水の量と同程度になるように計り、風魔法と地魔法で磨り潰し、火魔法と水魔法で抽出までは自動化した。
ポーション作成は基本この工程を得て薬草から必要な成分を抽出し、そこにマナを加えて混ぜ合わせることで完成する。
この抽出工程がまた時間がかかり、手でやるにも魔法でやるにも掛かりっきりになるのが手間だった。
魔法陣により自動化することでそこを省くことが出来る。
正確にはマナを送る起動とをしなければならないが……
抽出まで終わればあとは最終工程のみ。こっちは感覚が必要で、自動化することは叶わなかった。
自動化のおかげでマナを送り続ければいいだけなので、その間に私は魔法についての研究を進める。
なお、師匠曰く、
「こんなマナを使い続けるやり方は普通の人間には無理だ」
と一蹴されてしまった。
「さて、がんばりますか」
夜が更けて行く。
そして朝になり、予定のポーションが作成できた頃、ドリーが迎えに来ていた。
フィーネ達も丁度起きて来たので、ドリーを3人に紹介する。
「昨日は早朝だったから紹介出来なかったけど3人揃っているしいい機会だから。こっちはドリアードのドリー。この森に住んでいる、家族みたいなものよ」
ドリーはにっこりと笑ってお辞儀をし、手に持っていた木版にアルル文字を書いた。
『はじめまして、ドリーです。よろしくおねがいします』
「!? 精霊族と、巫女でもないのに意思の疎通ができている?」
「いや、でも文字だし、巫女みたく念話できるわけじゃないみたいだよ?」
「これは、興味深いですね?」
三者三様にドリーを興味深げに見ている。
ドリーの持っている木版は私が作って上げたものだ。
言葉を覚えたドリーが書けるようにマナに反応する魔素を表面にコーティングした特製のボード。
私はこれをマナプレートと呼んでいるが、マナを指先から放つことで光を放ち、文字を書ける。
マナを放散させれば文字は消えるから何度でも使い回せる優れ物だ。
「ドリーは元々文字が書けたから私がこれを作ってあげたのよ」
「これは、なるほど。マナに反応するプレートですか。しかしこれは人には扱えないですね」
「えぇ、そうです。私や精霊族か、一部の魔族なら使えるでしょう」
そう、師匠に見せた時も同じことを言われた。
マナを放って書くだけなら出来るかもしれないが、消すことが出来ないのだ。
それは、マナの放散と言ったが、正確にはマナを身体に取りこみ直す必要がある。
だが、それにはマナの変換効率が100%以上無ければ出来ない。
故に普通の人族には扱えない。人族はマナの循環運用ができない。そういう種族だ。
循環運用、私も研究中だが、いずれ出来るようになって見せる。
「まぁプレートの話は置いといて、これからドリーと薬草を取りに行ってくるから、留守番をお願い」
「あら、そうなの。私達も手伝う?」
「いや、フィーアは病み上がりだから無理しないで。それにどっちかというと朝食の準備をお願いしたいな」
「それなら僕に任せてくれ。騎士団でも料理の腕には自信があるんだ」
以外だ。てっきり料理はフィーアの担当かと。
「今、以外と思ったでしょ? 私もアーネも料理はからっきしでね。だいたいはシャルクが作っているのよ。味は保証するわ?」
「そういうことなら、任せていい? シャルク」
「お任せを!」
「フィーアとシャルクは留守番か。じゃあ、私があんたらを手伝ってあげるよ。シャオ」
「え、でも、いいんですか?」
「構わないさ。人は必要だろ?」
確かに薬草はマンパワーが必要な作業だ。人手は欲しいところではある。
するとドリーが袖を引っ張ってくる。
『せっかくだから、たのもうよ?』
ドリーが笑ってそう言っていた。
昔から、この子の笑顔には弱いんだ。
「そうだね。じゃあアーネ、手伝ってもらおうかな。一緒に来てくれる?」
「おう、任せておいて!」
「言ってらっしゃい、三人とも。気を付けて」
フィーア達に挨拶をし、アーネを連れて3人で森へと入って行く。
「はぁ~これはまた、すごい光景だねぇ」
アーネが驚いているのは私たちがいつも薬草を採取しているポイント、群生地の様子を見てだった。
「この群生地の薬草はね、森の恵みの恩恵を受けていて、短時間で育つんだよ。しかも、採る量さえ気を付ければ何度でも生えてくる」
「それはこの森の力かい?」
「どっちかというと、神獣ヴィロ様の加護かな。この森はヴィロ様の加護を受けているから」
「神の加護を受けた土地か。なるほど、ここが……聖域」
神の加護を受けた土地はいくつか存在するが、そこは大抵は聖域とされて管理者が置かれる。
この森の管理者は公式には師匠になっているが、その実態はドリーが管理者だ。
「いつもは限界量の半分くらいにしているんだけど、今回は状況が状況だから限界ギリギリまで採取しようと思っているの。だから人手があると正直楽だわ」
「そういうことなら任せな。私はこれでも採取系の依頼も経験豊富なんだ」
「ならお願いするわ。向こうにナズカ草とスズカ草が生えているからこの籠いっぱいに採取してきてもらえない?」
「お任せを」
「ふふ、依頼料は私のポーションを3本譲るわ。後で好きなの持って行って」
「いいのかい? 採取でポーションなんて破格だよ?」
「別に、私が練習で作ったもので売り物じゃないもの。でも、効果は保障するわよ」
「はは、それなら、がんばらないとな」
アーネの手際はよく、私たちの採取ペースに負けずに集めきった。
おかげでお昼手前くらいで採取が終わり、私たちは家へと戻ることができた。
家に戻ると開け放たれた窓からいい匂いが飛んでくる。
「この匂いは……」
「あぁ、シャルクの飯の匂いだ。いつもながら旨そうだな」
「へぇ、確かに、おいしそうな匂い」
玄関を潜るとシャルクがキッチンで料理をしていた。
すでに何品かテーブルに並べられており、そのどれもが美味しそうだ。
「やぁ、おかえり。もうすぐ最後のヤツが仕上がるから座って待っていなよ」
私たちに気付くとシャルクがにっこりと笑ってほほ笑む。
「ほうほう、これはこれは、旨そうな匂いだと思ったら」
匂いに釣られて師匠が下りてきた。
私が呼ぶまでは絶対に降りてこない師匠が降りてくるなんて……
「シャルクに料理、教わろうかな……」
「へぇ、それはいい。私やフィーアはそもそも壊滅的な腕だからだけど、シャオはできるんだろう? あいつも教えるのは得意だから教わるといい」
「後で頼んでみましょうか」
やがてシャルクの料理が完成し、テーブルに全員着席する。
シャルクにフィーア、アーネに師匠、ドリーに私。
いつも3人がせいぜいのテーブルに6人も座るとなかなか賑やかだ。
「さて、ご飯を食べながら聞いてほしいのですが」
フィーアが皿を置いてそんなことを言った。
既にお昼も佳境、テーブルの料理はほとんどがなくなっていた。
「あと3日で神王都へ向かうことになるが、その予定をすり合わせておきたい」
「いいんじゃないかしら。そろそろその話もしないとと思っていた所よ」
師匠が空いたグラスに水を注ぎながら言う。
「はい、まずは今回の目的です。目的はお二人を神王都に連れていき王達の病の原因を調査してもらうこと。あわよくば治療までお願いしたいところですが原因が分かっていないのでここは保留にします」
「分かっているよ、こちらもおいそれと治せると大口を叩くつもりはないから」
「そこは信頼します。その為にシャオには病気や呪いの見分け方を覚えてもらうことになるけど、大丈夫?」
「呪いは初めてだけど病気に関しては薬作りの過程で学んできたからなんとか、まぁ頑張るよ」
「あと3日と神王都までの5日、これだけあれば詰め込んでギリギリ間に合うわ。安心して。最悪確実な取って置きの方法もあるし」
「師匠、それは私が不安になるんですが......あ、いえ、やります、分かってますよ」
「お願いします。道中は出発後タルタスの町で薬を卸してから宿場町を3つ経由して一日は野宿になります。メンバーは......ドリーさんも行かれるのですか?」
ドリーは聞かれると首を横に降った。
「ドリーは森を離れられないからお留守番ね。留守を任せるわ」
こくりと頷き、両手でガッツポーズをする。
「さて、体裁はお二人の神王都意気を我々が護衛する形をとります。その方が自然ですから。寝ている間に決まったらしい我々のパーティー、狼のロンドにお任せを」
「よろしく頼むよ。さて、方針は決まったし、王城に忍び込む時の相談は着いてからにしようか。色々見てみないとね」
「分かりました。では、皆さん。出発まで準備をしっかりとお願いしますね」
食事の席は解散し、各々準備に移り、数日は森が慌ただしかった。
そして3日後、準備を終えて、いよいよ出発当日になった。
「よし、師匠! ベルガモットに卸す薬とポーション、積み終わりました!」
「......数も問題ないね。さて、こっちの準備は大丈夫そうだ。シャオ、あんたは?」
「バッチリです。師匠がピックアップした病気と呪いについては頭に入ってます」
「よろしい。じゃあ道中でその見分け方は詳しく教えてあげる」
「ありがとうございます」
知識は充分。持ち物もすぐ取り出せるように部屋の箱に詰め込むだけ詰めておいたから必要になれば取り出せる。
うん、完璧。
「そっちはどう?」
師匠はフィーア達に声をかける。
「こっちも問題ないよ。食料がないがタルタスで買っていくし宿場町も通る。いつでも行けるよ」
「よし、じゃあ行こうか。ドリー、留守番頼むよ」
「ドリー、お土産話持ってくるから待っててね」
留守番をするドリーに声をかけると、ドリーは地面に魔方陣を描いていた。
何を描いているのかと思ったが、描き終わったのかこちらに振り向いてニッコリと笑う。
「ドリー?」
ドリーは片足の爪先で魔方陣を叩く。すると地面から黄色の燐光を放つ地の魔素が溢れ出し、それらが空中に集まって大きな何かを形作る。
その光景を見て私達は目を見開いた。
『いってらっしゃい』
魔法で描かれたそれはとてもキレイで、この時のために彼女が用意していたと気が付くと、胸のうちに温かいものが溢れてくる。
ドリーは森を出ることができない、故に一緒に行けない。
でも彼女も私達の仲間であることに変わりはない。
だから精一杯の気持ちを込めて。
それは他の人も同じで、まったく同じタイミングで声を発した。
「「「「「行ってきます!」」」」」




