幽霊と魔女と依頼の話
翌日、ドリーと共に早朝から薬を摘みに森へ入り、師匠達の朝ごはんを作る。
アーネとシャルクは5日の滞在なら色々要り用だと言って、馬車を借りて町へ買いだしに行った。
その間に師匠と薬を作りながらフィーアさんの様子を見る。
客室の掃除をしながら度々隣の様子を確認していたが……
「……ん」
昼過ぎ、フィーアさんの意識が戻った。
まだ寝ぼけ眼の様子だが、顔の血色は良さそうで、体調も悪くなさそうだ。
「気づきましたか?」
「あなたは……? それにここは……」
「ここは深霧の森の深部、深霧の森の魔女の家です。私は魔女の弟子のシャオリー」
「私は……」
「あ、起き上がらないで。まだ本調子ではないですから」
起き上がろうとするフィーアを制止して寝ているように言い含める。
大量に血を流した後だし本調子でもない人をに無理をさせるわけにはいかない。
「ありがとう。それでそのシャオリーさん? 私の他に誰か居たりしませんでしたか?」
「シャルクとアーネならタルタスの町へ買い物へ出ています」
「……私が寝ている間に色々あったようですね。あの魔獣がどうなったのか、辺りから聞かせてもらえると助かるのですが?」
まだ起きたばかりだと言うのに状況把握に努めようとしている。
頭の回転は早い。
なるほど、これが宮廷魔術師に選ばれるだけの魔女、か。
「分かりました。とはいえ少し長くなります。お腹も空いているでしょう? あれから一日弱経っていますからね」
そう言うとちょうどフィーアのお腹が鳴った。
フィーアは少し顔を赤らめながら顔の半分を毛布に埋めて、
「……お願い、できるかしら」
「はい、今お昼をお持ちしますね」
私は下からお昼に作って置いた野菜のスープとパンを運んでくる。
「それではホーンベアに襲われてあなたが気絶した後の話から......」
彼女は上体だけを起こしてそれを飲みながら、私の話に耳を傾けた。
「……なるほど、事情はだいたい理解しました」
ホーンベアに襲われていた時の話から、魔女の秘薬の依頼の話、4日後に出発する話をフィーアに掻い摘んで話をした。
「ひとまずは、首の皮一枚繋がったようね。秘薬の話は残念ですが」
「えぇ、だから私達は4日後にここを立って、神王都へ向かうことになりました」
「4日……」
神王都までは馬車で5日は掛かる。
9日後には神王都に着くが、それでも病床に臥せっている王族のことを考えれば急ぎたい気持ちは分かる。
「いえ、詮無きことを言いました。そちらにも都合があるのは承知しております。私もこの有り様ですからね、情けない」
「ホーンベアはギルドではゴールドランク相当の魔獣ですから。子育て中となれば余計に危険度は跳ねあがります」
「子育て、そうですか。だからあの魔獣はいきなり……」
「ひとまずはフィーアさん、貴方の回復とこちらの薬作りが終わることが準備となります。なので今は療養してください」
「分かったわ。それから私の事はフィーアでいいですよ。アーネ達も呼び捨てにしているのですから」
「それじゃあ遠慮なく、フィーア。今は安静にしててください。私もシャオリー、シャオでいいです」
「えぇ、シャオ、分かってる。それはそうと、動けないのも暇だし、少し、お話に付き合ってくれない?」
「構いませんよ。食器を片づけてきます。私も聞きたいことがありますから」
食べ終えた食事を片づけて2階へ戻る。
「私が宮廷魔術師という話は聞いてるわね?」
「はい、アーネとシャルクから」
「今回の依頼は秘密裏に私たちに託されたのです。筆頭宮廷魔術師のガンダルヴ様から」
「それは、私が聞きたかったことの一つですね」
「そう? 何を聞きたかったのかしら」
「気になっていたんです。アーネの話では今は第二王子の独裁状態。今回の一件の黒幕とさえ疑っている。それなのに、宮廷魔術師の貴方や騎士団のシャルクに依頼が来る。じゃあその依頼主は誰なんだろう、と」
フィーアは穏やかに笑う。
「あなたは聡明な人のようですね。その懸念は当たりです」
「では、宮廷魔術師団は第二王子を疑っている、と?」
「はい。しかし第二王子の目を盗んで薬を探すのは我々でも難しい。故に私が命じられました。魔術師一人ではと、護衛をつけることになり、私からシャルクとアーネをガンダルヴ様にお伝えして、今回の旅に出たのです」
「あなたが選ばれたのは?」
「私は魔法ギルドにも所属していますが、冒険者としても依頼を受けたことがありました。あの頃はアーネと依頼を達成するのが楽しかった。シャルクは既に騎士団に入っていたから無理でしたが、今回の依頼は3人の子供の頃の夢でもあったんです。と、私情が混じっているのは内密に」
慌てて人差し指を口に当てて秘密だよ? と言う。
だけど多分ガンダルヴ様は分かっていると思うんだよなぁ。
でも本人がそう言うなら私から言うのは野暮だ。
「分かりました。それで、これからどうするのです? その話が本当なら師匠が神王都に入っても王に会えないのでは?」
「それは、私がガンダルヴ様に頼んで内密に入れてもらえるように......」
バタンッ!
「話は聞かせて貰ったわ!」
扉を勢いよく開けて師匠が入ってくる。
「し、師匠?!」
「あなたが、深霧の森の魔女」
「そうよ、よろしくね? 蒼炎と水竜の魔女さん?」
バッとフィーアの顔を見る。蒼炎? 水竜?
「......私のこと、ご存知だったのですか?」
フィーアは驚いた顔を見せたが冷静に言葉を返す。
微妙に頬が赤いのは、やはり恥ずかしいのだろうか?
「若くして宮廷魔術師入りをした魔女がいるとギルドで聞いたことがあったからね。それに今の話は私も気になっていたところだから」
「何か考えがあるのですか? 師匠」
師匠はニヤリと笑って私を指差す。
「あなたが診てきなさい。シャオ」
「わ、私が、ですか?」
「あなたの能力で透過すれば入り込むことは問題ないでしょう? この前見せてくれたあの魔法『これで本物の幽霊みたい!』ってはしゃいでいたあれがあれば、潜入簡単。あとは私が貴方には見方を教えてあげれば万事解決よ」
「それは、私に王城に忍び込めと、おっしゃっているのですか?」
「おっしゃっているけれど、何か?」
しれっと私に犯罪をしろと命じてくるこの師匠にやるせない気持ちになるが、正直名案ではある。
あの魔法は趣味で開発したけど、実用性では抜群の性能を誇る。
「......分かりました。確かにそれが一番の方法かも知れません。フィーア、王城に忍び込むことになりますがその辺は許してくださいね?」
「本当に大丈夫なのですか? 言ってはなんですが王城は警備も厳しく魔法的な防御も完備ですよ?」
「多分、それじゃ防げないだろうから大丈夫よ」
フィーアが目を見開く。
そうだろう。今の発言は国家の中枢、王城に簡単に忍び込めると言っているようなものだ。
まぁそうなんだけど。
私は驚きから帰ってこないフィーアの耳元で忍び込む作戦と方法を伝える。
「......それは、本当にできるの?」
「あなたが協力してくれれば、確実に」
フィーアはしばし考え込むと決意を秘めた目で見つめ返す。
「分かった、あなた達を信じます。だからこれは私個人として依頼します。シャオリー、貴方への依頼です。王城に忍び込んで王達の病の原因を見つけて来て下さい」
それは、本来の依頼とは別にフィーアが命じたことにする方便。
失敗したときの責任はフィーアがとるという決意と覚悟が伝わってくる。
「その依頼、ヴィ・シャオリーが引き受けます。必ず病の原因を見つけて見せます」
改めてフィーアの手を握り、約束する。
この約束は絶対に破らない。依頼は成功させる。
手を伸ばせる場所に相手が居るならば、私は伸ばし続ける。
それが世界一の魔女になることに、繋がると信じて。




