幽霊と師匠と冒険者達の秘密
「それで? 私の夕飯の準備をほったらかして何をしていたのかな?」
「それは……」
玄関の扉を開けると師匠がテーブルの横で足と腕を組み待ち構えていた。
案の定、怒っている。
「と、心配したのは確かなんだけど、理由があるのね? それはそちらの二人と関係が?」
玄関の前でたじろいでいる私の後ろでアーネとシャルクが困惑して立っていた。
「そうです。この二人、それからそちらで浮かせている少女と3人パーティーの冒険者のようで、師匠に会いにきたそうです」
「私に?」
師匠がキョトンとする中、シャルクが前に出てきた。
「初めまして、僕は冒険者のアル・シャルクと申します。貴方が深霧の森の魔女様でしょうか?」
礼儀正しく背筋を伸ばし、右手を指先までまっすぐに揃え、左手で敬礼のポーズで、シャルクが挨拶をした。
「……私がお探しの魔女だけど、何か用?」
「はい、実は魔女殿に"魔女の秘薬"を分けていただきたく、参りました」
「"魔女の秘薬"……? 何それ?」
「え?」
師匠は知らないようだった。
それを聞いてシャルクはさっき聞かせてくれた11年前の話を師匠に伝える。
師匠はあごに手を当ててしばらく考え事をし、やがて手を叩いてこう言った。
「あぁ、あの貴族か。あれは別に秘薬とかそんなもんじゃなくて、西の魔導王国に寄った時に聞いてた流行り病の薬を持っていただけよ」
「流行り病、ですか?」
「そう、あれはマナ欠乏症と言って、魔導王国でも当時発見されたばかりでね。その治療と調査に関わって、戻ってくる途中、立ち寄った町でマナ欠乏症に陥っている貴族に遭ったから渡しただけよ」
「それじゃあ、万病に効く、というのは」
「あの薬はマナ欠乏症だけに効く薬よ。あの貴族も災難よね。魔導王国への会議で一月居たらしいからその時に貰ったのでしょう」
「では、私達は、何のために……」
シャルクは膝から崩れ落ちて両手をついて項垂れる。
アーネも頭をかいて困ったようにこちらを見た。
そんな目をされても私にはどうしようもない。
「さて、秘薬なんてものはない。だが、自慢じゃないが私はそこらの医者より病気に詳しい自身がある。私がその病人を見てやってもいい」
その言葉を受けてシャルクはバッと顔を上げる。
「それは、本当ですか!?」
「あぁ、謝礼は弾んでもらうけどね? 払えるんだろう? なんせ相手は"王族"なんだから」
王族。師匠の言葉にシャルクだけではなく、アーネまで目を見開いて驚愕した。
「な、なんのことでしょうか?」
声が震えている。よほど予想だにしていなかったのか、対処が甘い。
「はぁ、田舎の魔女ならって油断でもしてたのかい? さっきのあんたの敬礼は神王国騎士団の敬礼だったよ。それにそこで寝ているお嬢ちゃんの首、それは神王国宮廷魔術師の証だろう?」
師匠の指差した所には服の隙間からチラリとペンダントが見えていた。
さっき服をめくった時に中に隠していたものが見えていたのか。
騎士団に、宮廷魔術師。なるほど、隠していたのはこれだったのか。
師匠に言い当てられ、シャルクは反論ができなかった。
「まぁ、王族ってのはカマ掛けたんだが、その様子だと当たりのようだね。一体、誰がどうしたんだい?」
シャルクはどうしたものかと目を泳がせて考えている。
そこにアーネがシャルクの前に出て、シャルクの肩を叩いた。
「ほら、だからあんたは頭が固いってんだ。向こうはもうだいたい察しているよ。立場上言えないってならあたしの番さ」
「あら、あなたが答えてくれるの?」
「まーね、私はこいつらと違って真っ当な冒険者さ。名前はディ・アーネ。今回の旅の雇われだけど事情は知っている」
そうしてアーネが語ったのは神王国の危機についてだった。
まず病床に倒れたのは国王と妃の二人だった。
急な発熱と咳、それから立つのも難しくなり、今では両陛下ベッドで寝た切り状態。
日に日に衰弱していく二人に代わり第1王子が公務を引き継いだのだが、
その第1王子まで倒れてしまった。
神王国には現在3人の王子と4人の姫が居る。
そのうち第1王子が病床、第3王子はまだ9歳で公務は難しく、4人の姫のうち3人はそれぞれ武国、聖国、魔国へと外政に出ており、しばらく戻られない。
戻ろうにもそれぞれ最短でも一月は掛かる道のりだ。どの国へも帝国を経由する必要があり、国境は山岳越えをしなければならないからだ。
最後の姫は病気が移らないように第3王子と共に隔離状態。
現状では第2王子の独裁に近い状態が続いている。
病気の原因も都で一番の医者に見せたがお手上げとされ、どうしたものかという時に11年前の報告を覚えていた臣下が提案。
騎士団と宮廷魔術師から一人ずつと、護衛の冒険者で今回の任務を言い渡されたそうだ。
「なるほどね、患者が3人、か」
「だからもし、診て貰えるなら願ったりだ。医者で分からないものが魔女に分かるのか私には分からんが」
「医者が診て分からないのであれば、それは3つの原因が考えられる」
「3つ?」
アーネが首をかしげる。
シャルクは起きあがって、その話を後ろで聞いているだけだった。
頼りにならないな……
「一つ目、未知の病気。これが一番やっかいだ。現状で対抗策がないのだから」
「二つ目、他国で見つかっている新しい病気。医者が最新の情報を知らない可能性だ。これならまだ目はある」
「そして三つ目、病気ではない」
「病気じゃない?」
「そう、この世界には病気に似たように個人に悪さをする症状が存在する。それが"呪い"だ」
「呪い……」
魔法が存在するのだから呪術だってあってもいいはずだ。それはつまり
「国王に呪いをかけたやつが存在する可能性、それって」
「えぇ、クーデターか暗殺か。碌でもないことね」
シャルクが青い顔をしている。
その可能性には至っていなかったということか。
アーネは驚いた表情をしたが、すぐに思考を戻す。
「その線は、正直あるかもしれない。呪いなんて見た事もないから分からないが、だがこの流れ、全部第2王子に利益があることだ」
それはそうだ。現状政権を握っているのは第2王子である以上、その可能性は高い。
「それを見極めるためにも、私に見させてくれないかい?」
「だってさ、どうするんだシャルク。あんたがリーダーなんだ。あんたが決めな」
突然振られたシャルクは顔を上げると、再び顔を下げる。
「お願いします。魔女様。どうか、我が神王国の危機を救っていただけませんでしょうか?」
「……まぁ、いいでしょう。ここは神王国の土地だし、国王が危ないって言うなら出ないわけにはいかない。引き受けましょう」
「あ、ありがとうございます」
シャルクは再び深くお辞儀をする。
「さて、シャオ。私達はこれから神王都に行かなければならない」
「私達、あ、私も行くんですね」
「当たり前だよ? あんたの修業も兼ねているんだ。それに、厄介事が起きた時の私のボディーガードを頼む」
「はい、分かりました」
そのやり取りを聞いていたアーネが口を挟む。
「魔女さん、シャオリー、弟子さんは腕は立つのかい?」
「えぇ、弟子にして3年目でだけど、腕だけで言えば、そうそう負けないわよ。ギルドのランクはシルバーだけどね」
「へぇ、確かにあんたの魔法は凄かったなぁ。風の槍の魔法なんて知らなかったけど、あんたが作ったのかい?」
「そうです。あの時は10本もあれば問題ないだろうと、即興で」
「そうかい……即興?」
「はい」
「あの場で考えた、と?」
「そうですが?」
魔法をあまり知らないであろうアーネでさえ、今の発現は耳を疑った。
これが気絶中のフィーアであれば確実に正気を疑っただろう。
「魔女さん、これは、本当かい?」
「本当よ、この子はね、新しい魔法の分野に手を出そうとしているの」
「その場で魔法陣を構築し、それを保存して新しい魔法陣を生み出す。しかも魔法陣は空中に自動筆記、呼び出しは呪文と魔法のいい所だけ集めたような方法を使うのよ」
「それは、素人の私でもヤバいってのは分かるが、どうしてまた?」
「あの子、人族としての知恵と精霊族としての高い変換効率を持っているから、あれはあの子にしかできないのよ」
「なるほど、それでボディーガード、ですか」
「そうね」
アーネと師匠で二人で何を納得しているのか分からないが、とにかくしばらくこの森を離れると言うことになるそうだ。
「町への薬草の卸しはどうしますか?」
「今回ので20日は持つはずだ。これから私も手伝うから5日でさらに30日分を作って持って行くよ。それで足りるはずだ」
「分かりました。ドリーに連絡して薬草の貯蔵を増やしてもらいます。他にやることは?」
「そこのお二人、5日間はこちらで過ごしてもらうことになる。客室を宛がうから好きに使ってくれ。そっちの子の看病も必要だろう?」
「感謝いたします。魔女様」
「その魔女様ってのは戴けないね。私はヴィ・シュナス。よろしく頼むよ」
「えぇ、私の事もアーネと来やすく呼んでもらって構わない」
「それじゃあお二人、フィーアさんも運ぶので2階へ」
ちょうど空き室が2つあったので、片方をシャルクに、片方をアーネとフィーアに宛がう。
これから5日で準備を整えて、神王都への旅。
この世界に来て、この森とタルタスの町以外へは行ってこなかった。
つまりこれがこの世界で初めての、旅、冒険、と言うことになるのだろう。




