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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第二章:冒険と王女と暗躍の都【帝暦715年】
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幽霊と依頼と魔女の秘薬

 森の中で危機一髪な冒険者たちを助けたはいいが、彼らは突然の出来事に呆然として言葉を発せない。

 うち来る? と誘ってみたが、やはり反応はない。

 後ろで倒れている女性も気になるし、彼らのことは一旦置いておこう。

 

 ホーンベアの死体から再び浮遊して、倒れている女性の元へ向かう。

 

 「!? と、飛んだ!?」

 

 飛んだことに驚かれているが、そういえば、飛行魔法はこの世界ではそこそこ高度な魔法だったか。

 女性、いや、ローブと帽子で分かりづらかったがまだ少女と言えるくらいの童顔だった。

 ローブを脱がして傷がないか見る。

 お腹の辺りに裂かれた傷、これはホーンベアの爪跡か。

 ホーンベアは毒やそれに類する特性を持っていなかったのが幸いしたようだ。

 とはいえ放置すれば出血多量で死んでしまうだろう。

 

 「手持ちのポーションと薬は……」

 

 携帯用の小バッグの中身を確認する。

 この小バッグの入り口は闇魔法を仕込んでおり、その出口は家にある私の道具箱に繋がっている。

 魔法ギルドで見た時から闇魔法で覚えるならまずこれと決めていた。

 だって便利だし。

 

 道具箱には私が練習等で作り置きした薬や道具が雑多に入っている。

 その中から体力回復用のポーションを取り出し、もう一つ取り出した止血効果のある塗り薬をイタワリ草に塗って患部に貼る。

 

 このイタワリ草は水分のある方へ吸い付く習性があり、人の肌から極少量の水分を吸いあげる。

 吸血植物と恐れられそうだが、名前がイタワリ草と呼ばれるだけあって、人に害が及ぶほど吸い上げることはない。

 だから、湿布としてこの世界ではメジャーな植物だ。

 

 「さて、気絶している状態でポーションを飲ませるのは危険か」

 

 本当は経口摂取した方が吸収効率がいいのだが、仕方ない。

 彼女から一旦手を離して寝かせ、その上に仰向け状態で浮遊する。

 そしてゆっくりと下降して重なりあうように、彼女に憑依した。

 

 「ん……」

 

 少女、もとい私が目覚める。

 意識がない状態ならば私が主導権を握ることができるし、言ってしまえば相手の許諾も必要がない。

 自分で言うのもなんだが悪用しようと思えば、如何様にでも悪いことができるだろう。

 制限があるとすれば生きていること、またそれが人型であること、か。

 死んだ人間に憑依しようとしても死んだ身体は動かせないし、動物に憑依しようとしたこともあるが、

 思考が違うからか、身体の構造が違うからか入ることができなかった。

 しかも女性限定だ。

 ランド君に許可を貰って実験をしてみたが、男の子には入ることが出来なかった。

 

 「今はこの子が女の子だったことが幸いだと思うべきね。さて、ポーションはっと」

 

 地面に置いておいたポーションの蓋を開けて一気にグイっと飲む。

 ポーションの容量は試験管くらいの小ささで、一息に飲めてしまう。

 

 「ふぅ、とりあえずこれで体力は戻ったかな。傷の方も出血は止まった見たいだし、痛みはあるけど気絶しているなら持つでしょう」

 

 もう一度横になってから、ふわっと身体を抜ける。

 ひとまずはこの少女も大丈夫でしょう。

 

 「さて、と」

 

 振り返ると男女二人の冒険者が呆然とした状態からそれぞれ武器を構えて、こちらを警戒している。

 しかし、顔には困惑の表情と緊張が見て取れる。

 

 今の状況と見たことを考えればそれもしょうがないか。

 

 「初めまして、冒険者? さんたち。私はこの深霧の森の魔女の弟子、ヴィ・シャオリーと申します。ご想像通り、人族ではございません。私は幽霊族、そうですね、精霊族に近しい種族とお考え下さい。一先ずはお仲間もこの状態ですし、良ければいらっしゃいませんか? 魔女の家へ」

 

 そう言ってクイっと、人差し指を上げる動作を見せる。

 すると寝ていた少女が浮き上がり、頭の高さまで持ち上がる。

 

 二人の冒険者は再びギョッと目を見開くが、一瞬目くばせをした後、武器を下した。

 

 「……あぁ、それじゃあ案内を頼むよ。元々、僕らはその魔女に会いに来たんだ」

 「はぁ、確かに、助けてもらった相手に向ける態度じゃないね。悪かったよ。でも一応聞いていいかい? その子に何をしたんだい?」

 「いえ、お気になさらずに。お気持ちも分かりますから。彼女には止血と体力回復ポーションを飲ませました。気絶しているようでしたので、私の種族特性として、人の身体に憑依、乗り移ることができるので、その能力を使い、彼女の身体をお借りして、ポーションを飲みました。こっちの浮かせているのも種族特性です」

 「……その浮いている方法も、魔法じゃない、ってことか」

 「お察しの通りです。この浮遊にマナは必要ありません。私の種族独自のものです」

 「幽霊族なんて、私は冒険者として長いが聞いたことないね? どこに普段はいるんだい」

 「どこにもおりません。幽霊族は私一人です。私は精霊族と人族のハーフなのです、半人半霊と申しましょうか」

 

 この言い訳は昔師匠と考えたものだ。

 実際は精霊族と人族の間にハーフが生まれたという事象は確認されていない。

 だが、確認されていない以上、誰もそれを嘘だと言い切れない。

 実際に私は人族にしては特異だし、精霊族に近い特性も持っている。

 このことは魔法ギルドにも伝えており、種族は"幽霊族"として登録もされている。

 

 「そんなこともあるんだねぇ。よし、分かった! シャル、この子を信じよう。私はこの子から悪意が敵意みたいなものは感じない」

 

 悪意や敵意? そんなものを感じ取る能力でも持っているのだろうか。

 もし嘘を見破る能力とかだったら、さっきのがウソだってばれていたかもしれない。

 

 「姐さん……はぁ、あなたがそういうなら、そうなんでしょうね。分かりました。僕も貴方を信じますよ。魔女の家までの案内、お願いします」

 「はい、お任せください」

 

 

 

 霧の森を灯り草(そう呼ぶと師匠に聞いた)で照らしながら深部へ向かう。

 

 「はぐれないで下さいね。この森は人を惑わします。正しい順路を通らなければ魔女の家へは入れませんから」

 「あぁ、分かったよ。そういえば名乗ってなかったね。私はアーネ。ディ・アーネだ。神王都の方で冒険者をやっている。ランクはシルバーだ」

 「僕はシャルク。アル・シャルクだ。同じく神王都で冒険者をしてる。ランクは同じくシルバー。そしてそっちの子がフィーア。ル・フィーアでシルバーの冒険者。僕たちはパーティーなんだ」

 

 シャルクにアーネにフィーア。シルバーランクの冒険者、ねぇ。

 それにしては育ちが良さそうな感じだ。フィーアに関しても髪の毛を触ったときに整っている。

 この3年で冒険者と会う機会も何回かあったが、彼らは自分の身だしなみを整えるのは稀だ。

 神王都の冒険者はこうなのだろうか。

 アーネだけは私の知る冒険者の雰囲気があるが。

 

 「なるほど、それで皆様のパーティー名は? 冒険者の方はそういう名前を決められるのでしょう?」

 「え? あ、あぁパーティー名ね、うん、それは」

 

 シャルクが少し言いよどむ。それを遮ってアーネが言葉を続けた。

 

 「私たちのパーティー名は"狼のロンド"さ。かっこいいだろう?」

 「"狼のロンド"ですか。えぇ、いい名前ですね」

 

 なるほど、何か隠しているのは間違いなさそうだ。

 とはいえここは深霧の森、師匠も居るし何かあっても対処できるだろう。

 

 「それで、この森へは何しに? 先ほど魔女に会いに来た、とおっしゃっておりましたが」

 「そ、シャオリーちゃん? って言ったっけ。実は私たちは"深霧の森の魔女の秘薬"を貰いに来たのよ」

 「"深霧の森の魔女の秘薬"、ですか?」

 「11年ほど前にね、とある貴族が病に倒れてしまったとき、医者が見ても原因が分からず、途方に暮れていたそうよ。その時、旅の魔女がやってきて薬を置いていった。その薬を飲んだ貴族は立ちどころに顔色が良くなり、数日後には元気になった。薬を出した魔女に謝礼を出そうとしたが、その魔女は既に旅立った後だった。しかし、周りの評判からそれが"深霧の森の魔女"と呼ばれていると知った。だから」

 「"深霧の森の魔女の秘薬"……つまり病気の特効薬だと広まったということですか?」

 「察しが良くて助かる。その通りだよ。で、私らの雇い主がその薬が欲しいって依頼を出していてね。引き受けた私らがやってきたわけ」

 

 なるほどね、概ね理解した。

 その薬を作ったのは十中八九師匠だろう。

 

 「姐さん、そこまで言っていいんですか?」

 「別にいいんじゃないかな? この子はここの魔女の弟子らしいし。それから、姐さんって呼ぶなって言ってるだろ? 私はアーネだ!」

 

 アーネ、アーネさん、姐さん……なるほど。

 

 そんな話をしながら魔女の家たる大樹が見えてきた。

 

 「ほら、二人とも、あそこが私と師匠の魔女の家ですよ」

 

 二人は大樹の家を見て驚きに空を見上げる。

 もう日が暮れて、空には双月が浮かんでいた。

 師匠に会わせなくちゃだけど、いいのかなぁ。

 まぁ、なんとかなるか。


 あ、師匠の夕飯作る時間がない……

 彼らを案内する前に先にお叱りを受けそうだ。

 急に足取りが重くなるが、しょうがない。


 二人の先導をしながら、私は玄関の扉を開けた。


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