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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第二章:冒険と王女と暗躍の都【帝暦715年】
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幽霊と戦闘と冒険者達

 「シャオー、今日はうちでご飯食べて行かないの?」

 「ごめんミリー、今日は師匠の晩御飯、私が当番なんだ。だから戻らないと」

 「そっかー、しょうがないねー、次はいつぐらい?」

 「20日くらい先かなぁ。私だけじゃまだまだ早くはできないからね。急ぎで必要?」

 「いやいや、それくらいなら問題ないよ。最近はシャオの薬も出来が良いって売れるし。何より安定して持ってきてくれるから助かるよ」

 「まぁね。おっと、孤児院に寄るんだった。急がないと日が暮れるまでに戻れないや」

 「引きとめちゃったね。また今度ゆっくり話そ」

 「うん、またねミリー」

 

 タルタスの町、薬屋のベルガモッドで作ってきた薬とポーションを卸したので、次は孤児院に向かう。

 馬車の馬の手綱を握って、孤児院への道を走りながら、改めて町を見て思う。

 

 「ここ3年でずいぶんと馴染んだなぁ」

 

 薬を作る修業の成果でようやくベルガモッドに薬を卸す許可を貰ったのが1年半前、それからは私は卸しの仕事をするようになり、師匠は滅多に森から出ることはなくなった。

 ベルガモッドに来るたびに看板娘のミリエーヌ、ミリーと会話をする機会も増え、気づけば愛称で呼び合う程に仲が良くなっていた。

 たまにベルガモッドに泊まることもあり、ミリエーヌの作るご飯を食べることもあったが、それが絶品であったため、料理を教えて貰うこともある。

 店主のカリエ婆ちゃんは1年ほど前から腰を悪くして、今では店のことはミリーにまかせっきりだとか。

 師匠はカリエ婆ちゃん用にと腰の薬だけは自分で作って持って行くように渡してくる。

 それだけ大事な存在ということか。

 

 これから向かう孤児院も3年前の路地裏が契機だったっけ。

 あの時助けた子達が気になった私はそれから一月毎に銀貨を3枚、孤児院の届けることをしていた。

 お金に関しては、2年前に作った"魔法陣を呼ぶ魔法陣"を魔法ギルドに登録したその使用料から賄っている。

 

 この魔法は魔法陣の大元の紙を持っていれば、その魔法陣限定だが、ごく小さな魔法陣からその魔法陣を呼びだせるというもの。

 その用途は時間の掛かっていた魔法陣の生成を短縮することができるため、そこそこ使われたようだ。

 ただし、一度に使うマナ量が普通に描くよりも多くなるため、一長一短な性能を持つ。

 

 「まぁ私が使えばその辺の効率によるロスは無いに等しいんだけどね」

 

 デメリットがあるからこそ、魔法ギルドに公開したというのもある。

 他にもいくつか開発した魔法はあるが、これを全て公開しても私以外に使える魔法使い、魔女が何人いるか。

 そもそもほぼほぼ"漢字"で作成した魔法陣なんて、使える人族は存在しないだろう。

 

 「と、着いた」

 

 過去に想いを馳せながら孤児院の入り口に馬車を止める。

 孤児院は古い教会の敷地に建てられており、運営しているのはこの教会の神父とシスター。

 子供たちは全部で9人居るが、10歳を超えているのは3人だけ。

 その3人が3年前に助けた子供たちだった。

 

 「あ、"銀貨の魔女"さんだー!」

 「あ、本当だ、シャオリーさん。お久しぶりです」

 「久しぶり。ランドくん。シスターか神父様は居るかな?」

 「中に居るはずです。どうぞ」

 「うん、ありがとう」

 

 銀貨の魔女。

 孤児院で私はそう呼ばれている。

 毎月銀貨を3枚渡してくる姿を見て子供たちがそう呼ぶようになったそうだ。

 挨拶をしてきたのは3年前助けた時に先頭にいた男の子、ランドくん。

 ここで一番の年長者で歳は11歳。

 しっかりもので面倒見もよく、子供たちのリーダーのような存在。

 

 「あぁ、シャオリーさん、いつもありがとうございます」

 

 教会の中から出てきたのはシスター・ゼルダ。

 この教会に勤めており、元々はここの孤児だったそうだ。

 彼女とは銀貨の寄付をするために訪れた時に知り合い、良好な関係が続いている。

 

 「シスター、これ今回の寄付分よ」

 「いつもありがとうございます。シャオリーさんのおかげでこの子達も道を踏み外さずにここまで来れました」

 「この子達が頑張ったからですよ」

 

 あの後、私の言葉を実践したランド達は町の人のお手伝いを行うようになった。

 結果、子供たちの評判は高まり、孤児院に対する寄付が少しずつ増えて行ったそうだ。

 私からの寄付だけでは到底足りないだろうと思っていたが、あの子達の頑張りが巡り巡って帰って来ているというのは、うれしいことだった。

 

 「それじゃ、私は森に戻らないといけないから。また今度、ゆっくりとね」

 「あら、もう行かれてしまうんですね。分かりました。また、ゆっくりと」

 

 孤児院を後にして森へと戻るために町の門へと向かう。

 門を出る時に衛兵のジョアンと挨拶を交わし、森への道をひた走る。

 

 「さて、暗くなる前に戻らないと師匠の晩御飯遅くなっちゃうなぁ」

 

 街道を抜けて、草原を越え、我が家のある深霧の森の入口へと差し掛かる。

 

 「……おや?」

 

 入口に辿りつくと違和感を感じた。

 森の結界に侵入者の気配があったのだ。

 この森全域に3年かけて構築した魔法陣の探知結界。

 1つの魔法陣を中心に6個の魔法陣をリンクさせたこの魔法は、6個の魔法陣のどれかに設定したもの以外の生物が触れれば即座に中央の魔法陣から情報が送られてくる。接触連鎖型魔法陣の罠。

 

 魔法陣はその発動タイプで様々な型に分類できる。

 一つ目は魔法陣に触れることによってマナが流れ、発動する『接触型』。これはウィンドボール等触れて発動するものも含むオーソドックスな型だ。


 二つ目は魔法陣を通過することで通過した物体に効果をもたらす『通過型』。これは空中に描くことが前提となるが、通過した物体に魔法を付与するもの。例えば、"アクセル"などの加速魔法がそうだ。通過した物体を加速させる。


 三つ目は魔法陣そのものに意味を持たせる『物理型』。魔法陣がマナに反応した魔素ということを利用して、それ自体を魔法にする技法だ。"ソーサラーブレード"系や"プロテクション"系が当てはまる。

 ソーサラーブレードは魔法陣の外円を魔法で覆うことで刃物のように相手を切り裂くことができる攻撃系の魔法。

 プロテクションは魔法陣の周囲に風や炎を張り巡らせることにより、防御壁の役割を持たせる魔法。


 四つ目は魔法陣の発動をキーに発動する魔法陣『連鎖型』。これはキーが他の魔法陣の発動というさらに特殊な方式だ。

 今回の接触連鎖型魔法陣、"ゲートキーパー"が該当する。7つの魔法陣で構成されるこの魔法は、6つの接触型魔法陣がキーとなり、7つ目の連鎖型魔法陣が侵入者の情報を術者に知らせてくれるのだ。

 

 五つ目はそれ以外の『特殊型』。上記4つに分類されないものはこれに当たる。

 

 そのゲートキーパーの魔法陣が反応したってことは、森の魔獣や師匠、ドリー、私以外の誰かがこの森に入ったと言うことだ。

 誰かは知らないが、この森は冒険者で言えばゴールドランク以上でなければ勝てないような魔物も結構いる。

 普通の人族では奥まで入ることはできず、霧に迷って入口に戻されるから出遭わない筈だが、反応した魔法陣は奥の方の、しかもこの前子供産んだ魔獣"ホーンベア"の巣の近くだ。

 

 ホーンベアはクマに角を生やした姿の魔獣で、普段は穏やかだが、繁殖期になると子供を守るために近づく者全てに攻撃を加える獰猛性を発揮する。

 冒険者ギルドのランクでは確かゴールドランクに指定されているはずだ。

 

 「ごめんね、急用が出来ちゃった。一人でドリーの元に戻れる?」

 

 ヒヒィン!

 

 馬車に繋がれた馬に声をかけると、分かっていると言った具合に一鳴き。すると、手綱を握っていないのに馬車を引いて、森の奥へと戻って行く。

 

 「いい子ね」

 

 私は馬車の荷台に積んであったブックベルトを腰に巻いて、帽子を被って杖を持つ。

 ブックベルトには3冊の魔導書。杖は一人前の証として師匠が送ってくれた森水晶の杖。

 これが私の基本装備。

 

 準備を整えた後、荷台に立ったまま足に力を込めて、勢いよく地を蹴る。

 方角は反応のあったホーンベアの巣。

 浮遊の能力を生かして、木にぶつからないように上手く避けて飛んでいく。

 この森は既に私の庭だ。ぶつかるようなヘマはしない。

 

 飛行速度は全力を出せば地上を走るよりも4倍は早く飛べる。

 この速度なら目的地まではあと十数秒で辿りつく。

 

 キィン!

 

 森には似つかわしくない金属が触れる音。

 一つではなく二つ。

 ホーンベアの角の高度はダイヤモンド級と言われ、高値で取引されるほどだが、誰かがその角と武器とを響かせているのだろうか。

 その答えはすぐに見えた。

 

 ホーンベアと対峙する二人の人影。

 片方は青いマントに肩、胸にアーマーを装備した軽装、バトルアックスと盾を使っている女性。

 もう片方は森を動くには厳しいだろうフルアーマーのハルバード使いの男騎士。

 身なりから冒険者と推測できるが、その顔に余裕はない。

 よく見れば彼らの後ろにはローブを着た女性が倒れている。

 怪我をしているようで、意識がある様子はない。

 3人組の冒険者が迷い込んで、ホーンベアの巣に迷い込んでしまったか。

 

 「はぁ、とんだハプニングね」

 

 ブックベルトから一冊の魔導書を取りだす。

 

 「モードルナ、セット……"ウィンド・ランス・ショット"、ループ10、セーブ、リリース」

 

 声にマナを巡らせ、魔導書、エクリプスに命じる。

 飛びながら魔導書に緑の燐光が集まり、周囲の魔素に働きかける。

 周囲には10個の魔法陣が展開し、その中心から風の渦が待機状態で形成される。

 風の渦はやがて鋭い槍を形成し風の槍となる。その数十。鋭く、敵目掛けて照準を合わせる。

 

 「命名、"風十槍牙(ふうてんそうが)"!!」

 

 風の穂先が定めるのは一角の熊。

 読んで字のごとく、空気を切り裂いて突撃する風の槍が、今まさにその凶刃が女性の脳天に振り降ろされそうになっているその場所に、降り注いだ。

 爪、頭、首、足、背中......。

 急所と呼ばれる場所や四肢を貫いた風の刃はホーンベアの肉を抉り、一瞬の内にその命を奪いさった。

 命なきその身体は女性の眼の前で崩れ落ち、役目を終えた風の槍は周囲の風に紛れるように消え去る。

 

 「一体、何が……」

 

 女性は唖然とした表情で目の前で起きた現象を呑みこめないでいた。

 男騎士も同じだ。女性の後ろでハルバードを振り上げた格好のまま固まっている。

 

 「大丈夫だった?」

 

 ふわりと、ホーンベアの死体の上へと着地する。

 女性も男騎士も見上げるだけで言葉が発せずにいた。

 

 「んーと、ひとまず、うち来る?」

 

 戸惑う二人にそう声をかけたが、懐かしい返事は聞けなかった。


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