幽霊と孤児と約束事
子供たちを追いかける人影を更に追いかけて路地裏を飛ぶ。
幽霊としての浮遊の力、最初は浮かんで移動するだけだったけども今は走るのと同じくらいには速度も出せるようになった。
飛んだ理由は足音を立てない方がいいと思ったからだが、人気のない所ならこの方が楽かもしれない。
「さて、さっきの人達は......」
「さぁて、観念しなガキども!」
路地の奥から男の怒気の籠った声が聴こえる。
そちらへ向かうと、3人の子供を3人の男たちが取り囲んでいる所だった。
「さて、この状況、どう捉えるべきか」
印象で言えば子供の人拐いに見えなくもない。
だが、子供は言ってしまえばボロボロの服で後ろ手に何か持っている。
しかも男たちは身なりもそれなりにしっかりとしているし、生活に困っている様子はない。
ふむ、とりあえず
「そこの人~どうかされましたか?」
「あ?」
声をかけてみることにした。
「なんだいあんた、関係ないならすっこんでて貰おうか?」
男たちは突然現れた私に困惑している。
だが警戒している気配はなく、こちらにターゲットを向けるでもない。
逆に子供たちは新しい人影に警戒を強めているようだ。
「いえね? 子供を追いかける人達が見えたので人拐いかと警戒して来たんですが......」
「俺達が? 人拐い? 勘違いしちゃいけねぇよ。俺たちは表通りの商人だ」
「そうでしたか。これは失礼しました。ではその子たちが何か粗相を?」
「あぁ、こいつらが店先から商品を盗んだから追いかけてきたんだよ」
そういうことか。
「分かりました。確かに悪いのはその子たちですね。ただ、子供が怒られているのは忍びありません。ここは私が支払いますから許してあげてくれませんか?」
「あんた、この子達の知り合いか何かかい?」
「いえ、初対面です。ただ、その生い立ちに何も感じないわけではありません」
そう言うと男たちは私の背景を察したのか、それ以上追及することはなかった。
「ま、金を払ってくれるならそれでいい。俺のとこは銅貨4枚だ」
「うちは3枚」
「うちも3枚」
全部で銅貨10枚。
師匠から渡された銅貨で丁度か。
「分かりました。こちらがお金になります」
それぞれに銅貨を支払うと男たちはお互いの顔を見あってから路地裏を出ていった。
「あんた、いいやつだな。普通こんなことしねぇよ。気に入った。俺は表通りで果物屋をしているボルグっていうんだ。嬢ちゃんなら多少はまけてやるから見に来な」
さっきまで会話をしていた男、ボルグはにっこりと笑って帰っていく。
「さて、と」
残るはこの子たちか。
私が話しているうちに逃げれば良かったのに、固まって動けないでいる。
「あなたたち、どうして盗みを働いたの?」
「......」
子供達は話さない。
「......はぁ、いい? 盗みは悪いことなの。どんなに困っていても人に迷惑をかけちゃダメなのよ?」
「......でも、うちの孤児院はお金がないから......」
孤児院、孤児か。
んーどうしようか。勢いで助けちゃったけど悪いのはこの子たちで、この状況だとまたやるかもしれない。
自立させてあげればいいんだけどその方法もない。
まして、自分が養われている状態だ。
「いい? 私が言ったことは綺麗事。世の中そんなに甘くないし、君達は困って困って、困り果てるかもしれない。でも、綺麗事を貫いて、良いことをすればいつか自分に還ってくるの。はい、これ」
子供達の手に一枚ずつ銀貨を握らせる。
「これはお姉さんからの君達への投資です。意味は判らなくていい。あなたたちが悪いことをしないで良いことをすることを願っているわ」
踵を翻して路地裏を後にする。
「あ、あの! お姉さんは?」
振り返って、どう名乗ろうか迷ったが、
「魔女のシャオリーよ。今はまだ、ね」
そのまま路地裏を去る。
子供達は茫然としたまま、しばらく立ったままだった。
終わってから我ながら少し臭かったかな......と後悔したが、自分でもどうしてここまでお人好しな行動をしたのか分からない。
けれど、終わってみれば気持ちがいい気分だ。
銀貨4枚分も使ってしまったが......
「あ、いたいた。シャオ、どこに行っていたの? 表通りに居るだろうと思ったけどどこにもいないし」
「あ、師匠」
大通りに出ると、師匠が走ってくる。
「申し訳ありません。実はちょっと色々ありまして……」
「……はぁ、いいわ。私の方で必要そうなものは買っておいたから、話は馬車で聞く。行くわよ」
「は、はい」
馬車に乗りこんで森へ帰る道すがら、さっきの路地での出来事を説明する。
師匠は横で話を聴きながら時たま苦い顔をしていたが、最後には大きな溜め息をついた。
「あなたね、どうしてそんな危ない真似をしたの? 私、注意したわよね? 今の貴方は強くもない、はたから見ればただの女の子よ? 分かっているの?」
その言葉には少しの怒気が含まれていた。
怒っている。当然だ。私は師匠に注意されていたし、自分の実力だって分かっていた。
この世界に来て、まだ日が浅く、魔法をちょっと使えるようになった程度。
幽霊族の身体の特性も凄いけれど使いこなせてはいない。
それでも、
「それでも、私は眼の前で、手が届くところにあった不幸を、見過ごせませんでした」
「貴方自身が、どうなっても」
「私自身がどうなっても、心が死んだら、私は死にます。幽霊族だから死んでいる。とかではなく、私という魂が死ぬんです」
昔から、誰かが恥ずかしい目に遭う、酷い目に遭う姿を見るのが辛かった。
一人になっている子に話しかけたり、面倒を見ているようになった。
学生時代も、社会に出てからも、話を聞いてあげることが多くなった。
話を、聴くだけだった。
私はただ人の愚痴を聴いて、答えてあげていた。
いや、違う。
私は、何も出来なかっただけだ。
行動しなかっただけだ。
動こうとしなかっただけだ。
だからだろうか。
この世界で、この身体になって、私は過去の自分は死んだのだと、そう思うようになっていた。
私自身は私のままだ。記憶も、性格も、人格も。
だが、向こうの世界で確かに私、"星野 詩織"は死んだのだ。
ならば、この世界で生きると決めた私は"ヴィ・シャオリー"として、そう生きると決めた。
だからか、星野 詩織なら動かなかっただろう。
ヴィ・シャオリーだから、動けたんだろう。
ならば、私はそう生きよう。
自分が出来なかったことを、この世界では、悔いのないように、生きて行こう。
「…………その生き方は、酷く険しく、辛い道になると思うわよ」
師匠は私の眼を見て、そう言い放った。
「分かっています。それでも私は、自分の意志のままに、後悔なく生きたいんです」
「……はぁ、分かったわ。もう怒らない。止めない。代わりに、一つ約束して」
「約束、ですか?」
「世界で一番の魔女になりなさい。その願いを叶えるための力と、意志を貫くための手段を手に入れて」
「世界で一番の、魔女……」
「それがあなたを守ることになる。それがあなたの強さになる。それまでは私が導いてあげる」
師匠は笑って、私の頬に片手を当てる。
「だからこれは最初で最後、今だけは、怒られて、自分の軽率さを身に刻みなさい」
師匠がもう一度、ニッコリと笑うと、
パンッ!
と一回、頬が赤くなるほどの勢いで、打たれた。
「…………はい」
頬を擦りながら、痛みを覚えるように私は頷く。
約束してしまった以上、約束は果たさなければならない。
だったら私はなってみせる。
「世界で一番の魔女に、なります」
初めて異世界の町に出たこの日、私に"夢"と"目標"が出来た。
それはつまり、"ヴィ・シャオリー"という魔女が、異世界で生まれた日となった。




