幽霊と友達と薬屋さん
空中に魔法陣を描く方法等、必要な魔法技術は師匠の家の図書館にだいたい揃っているらしい。
図書館の本はほぼアルル文字で書かれている。
今の私では読むのは難しいだろう。
早く読めるようにならなければ。
「ほら、魔法に思いを馳せるのはいい傾向だけど、今は薬を卸しに来てること、忘れないでね?」
師匠の声で現実に目を向けると、馬車は既に停車していた。
「ほら、ここがいつも薬を卸している薬屋『ベルガモッド』よ」
そこはレンガの家づくりに扉が一つ、窓もなく、看板も薬草のマークがあるだけのシンプルな店だった。
「繁盛してないんですかね?」
「何言ってるの、ここはこの町で一番の店って評判もいいんだから」
「ここがですか?」
「そうそう、ほら、貴方は荷物を下ろしておいて。私は挨拶してくるから」
師匠に言われるがまま馬車から荷物を卸していると、お店のドアが開いた。
「あ、本当だ。魔女様本当に弟子を取ったんだぁ」
中から出て来たのは頭に頭巾を巻いた少女、白のエプロンをしているところをみれば、この店の従業員だろうか。
「はいはい、まだ貴方には重たいだろうから、私が持ってくよ~」
少女は荷降ろしをしている私の元へやってくると、荷物を受け取って中へ運ぼうとしてしまう。
というか、今この子、私のことを年下の子供だと思ったわね……
「ねぇ、貴方、いまいくつ?」
「え? 今年で16だけど、それがどうかしたかな?」
突然年齢を尋ねられてきょとんとしている少女に、私は事実を突きつけてやろう。
「私、これでも26歳、貴方より年上なんだけど?」
まぁ死んじゃったから見た目そのままでこれより歳を取らないんだけど。
「うそ!? その身長で年上!?」
少女は驚いて抱えていた薬を落としそうになるも、なんとか抱え直して改めて地面に置いた。
「うっそ、かわいい~! この小ささで年上とかそのギャップがすっごいいい~」
少女は私を抱えると抱きしめて撫で始める。
いや、確かに、小さいとは思うけど150cmなんて割と要るだろう……きっと。
そう思ったが、少女の身長はざっと見ても180cmは超えているだろう。
それに16歳と言ったが、この世界の1日が30時間で、1年の日数もきっと違うだろうから時間換算では割と近い歳なのかもしれない。
「やめなさいって!」
「あぁ、ごめんごめん、私一人っ子だから妹とか憧れがあるのよねぇ。年上だったけど」
悪びれる様子もなく謝る少女に溜め息を漏らしつつ、
彼女と協力して薬を店の中に運んで行く。
「私、この店のおばあちゃんの孫で、ミリエーヌって言うの。よろしく!」
「私は師匠の弟子になったばかりの魔女、ヴィ・シャオリー」
「え、加護持ちなんだ~! いいなぁ、ヴィってことはヴィロ様で魔女様と一緒なんでしょ? 何か関係があるのかな?」
なんだこの、ぐいぐい来る感じは……疲れる。
「別に、特にないわよそんなもの」
「えーそうかなー?」
薬草を運び終わって、店のものを見ながら絡んでくるミリエーヌを剥がしては落ち付かせる。
隙あらば抱きついてくるのだから困ったものだ。
「あらあら、ずいぶんと仲良くなったじゃない」
店の奥から師匠が帰ってくる。
「ほう、その子があんたの弟子かい」
師匠と一緒に店の奥から白髪のおばあちゃんがやってくる。
さっきのミリエーヌの話だとこの店の主人のおばあちゃんだろうか。
「あたしゃがこの店の主人のカリエだよ。お前さんは?」
「あ、私は師匠の弟子でヴィ・シャオリーと申します」
「ほう、加護持ちか。いい子を拾ったじゃないかシュナ嬢ちゃん?」
「もう、嬢ちゃんって呼ばれる歳じゃないんですからやめてくださいって言ってるじゃないですか」
「ふん、あたしにとっちゃいつまでも嬢ちゃんだよ。思い出すねぇ、ここに来たばかりの生意気な小娘を」
「ちょ、弟子の前で昔の話を引っ張ってこないでって!」
師匠の態度がいつもと違う。
あのおばあさんにはあんな顔をするんだな。
「おばあちゃんと魔女さん、おばあちゃんが若いころからの知り合いらしくて、魔女さんもおばあちゃんの世話になったとかでうちに薬を卸してくれるんですよ。魔女さんの薬は評判でうちの看板商品なんですから」
「そうなんだ」
そういえば師匠の薬の腕はよく知らないな。
教えて貰う時はまだ作り方の勉強だけで師匠は気づいたら部屋に籠ってしまうし。
「あなたも弟子になったってことは、ここにいずれ薬を卸してくれるんでしょ? だったらその時はきっと私が主人なんだから、お互い、持ちつ持たれつで行きましょ」
この子、自分がこの店を継ぐことは確定事項なのね。
この世界じゃそれが普通なのか。
「そうね、考えておくわ」
「よろしく」
ミリエーヌはニッコリと笑って、薬を奥へ運んで行く。
棚を見れば所謂ポーションと呼ばれそうな液体の入った瓶が並んでいる。
確か青いのは体力回復用のポーションで、緑はマナ回復、薄紫のは……筋力増強だっけか……
「ここにあるのって、師匠の作った奴ばかりじゃないですよね?」
「えぇ、さすがに私でも全部は作れないわ。ここにあるのはカリエさんのものね」
「え、カリエさんも作れるんですか?」
「当たり前よ、なんせ私の薬作りの師匠なんだから」
そうだったのか。
師匠が言うには当時お金の稼ぎ口を探していた時に出会って、そのまま薬作りを教えて貰ったらしい。
それでこの店に薬を卸しているのか。
「あんたもあたしの孫弟子ってわけだ。出来が良かったら買い取って上げるから、精進しな」
「は、はい」
「ほら、薬は卸したし、あまりゆっくりしていると夜までに森に戻れないわ。次行くわよ」
「ほう、まだ予定があるのかい。これからどこへ?」
「魔法ギルドでこの子の登録と、学び舎にアルル文字の勉強用の教本譲ってくれないか聞いてみようかと」
「教本? 何に使うんだいそんなもの」
「この子、話せるけど文字を知らないのよね。魔法の勉強にも必須だし教えたいんだけど私の家にはないから」
「そうなのかい。その歳でねぇ……もう成人しているだろうに」
「いろいろあるのよ」
「そうかい。なんだったらミリエーヌの教本を譲ってやろう。あの子には必要ないだろうからね」
「いいの?」
「構わんさ。おい、ミリエーヌ!」
カリエが呼ぶとミリエーヌが奥から顔を出した。
「何、おばあちゃん?」
「お前さんが昔学び舎に通っていた時の語学教本あったろ。あれをこの子に渡してやってくれ」
「え、何シャオちゃん文字読めないの? なんだったら私が手取り足取り……」
「あんたはさっさと本を渡して薬の仕入れ内容を台帳に書きな!」
「ちぇ……分かりましたよ~っと。ちょっと待っててね」
ミリエーヌはまた奥へ戻って行った。奥が生活スペースにもなっているんだろう。
というか、今さりげなくシャオちゃんって呼んだな……
あの子、ミリエーヌにはこれからも手を焼かされそうな、長い付き合いになりそうだ。
しばらくしてミリエーヌが戻って来て、数冊の本を渡してくる。
「はい、アルル文字の教本と、私が文字を覚えるのに使った絵本。絵と一緒だと覚えやすいんだよ。頑張ってね、シャオちゃん!
」
「あの、なんでシャオちゃん?」
「え、シャオリーちゃんだと長いし、かわいいでしょ?」
あっけらかんと話す彼女に嘆息し、でもそう呼ばれるのは悪くないなって思った。
「へぇ、じゃあ私もシャオって呼ぼうかな」
「師匠まで……」
「まんざらでもないくせに」
「……好きにすればいい」
二人と別れてベルガモッドを後にし、私達は魔法ギルドへ向かった。
魔法ギルド、元の世界にはなかった施設だし、どんな場所だろうか。楽しみだな。




