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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第一章:幽霊と魔女と霧の森【帝暦712年】
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幽霊と文字と魔法の呪文

 次の日の朝、目が覚めると目の前には天井があった。

 どうやら寝ている間に自身を浮遊させてしまったらしい。

 夢遊病ならぬ浮遊病か。

 そういえば寝る時も同じだったが、こちらに来てから一度も服を着替えていない。

 寝る時くらいはパジャマに着替えたいな。

 そう思った瞬間、服が一瞬にしてパジャマに変わっていた。

 元の日本で来ていた水色のチェックのパジャマ。

 

 「これは……もしかして念じれば好きな服に変わる、とか?」

 

 そう考えて、今度は師匠が来ていたようなゆったりとしたローブを着るイメージをする。

 するとチェックのパジャマにローブが現れた。

 

 「何これ便利」

 

 実質これで、衣食住すべてが満たされていることになる。

 まぁ食事に関しては私は摂らなくてもいいから、別にいいんだけど。

 それでも味は感じるし、食事をする楽しみというのは得難いものだ。

 睡眠も寝なくても平気だけど、寝るとスッキリするのは人としての精神性故か。

 

 見た目にこだわらなくていいならと運動用に買っていたジャージを思い浮かべ、そこにローブを着るという格好で1階に降りた。

 

 「おはよう、あら、着替えたのね。というか服なんて用意していたかしら?」

 

 リビングへ降りると師匠が既に起きてお茶を飲んでいた。

 

 「なんか、イメージしたら服が変わるみたいです」

 「へぇ、便利な能力ね。幽霊族って種族、新しく世界が認めたって聞いたけどかなりの優良種族じゃない?」

 「そうですね、睡眠、食事は必須ではなく、浮遊、透過能力があり、服は自由自在。しかも死んでいるから死なない」

 

 自分で言っていてもこれはサービスしすぎじゃないだろうか? ヴィロ様。

 いや幽霊という存在を人間として成立させようとするとそうなるんだろうか?

 

 「……聞いているだけで羨ましいわ。研究者には喉から手が出る程じゃない。浮遊だけなら魔法で出来るけど」

 「へぇ、浮遊も魔法でできるんですね。私はまだ浮かんで移動するだけでスイスイ移動できないんですよね」

 「マナを使わないで浮遊できるのはアドバンテージなのよ? 普通は飛ぶだけでも結構マナを使うんだから」

 「なるほど」

 

 そういえば、師匠はさっきから会話をしながら何か書いていた。

 

 「師匠、さっきから何を書いているんですか?」

 

 近づいてみると紙に何か文字を書いているようだ。

 見た事もない文字だが、この世界の文字だろうか。

 

 「その反応、やっぱりあなた、これが読めないのね」

 「それは、まぁ、この世界の言語は知りませんから」

 「これはね、今私達がいる国、アルリオン神王国で使われているアルル文字よ」

 

 アルル文字。

 師匠が書いて見せたのは英語のアルファベットのようで、しかし丸みがかかっており、テレビとかで見たルーン文字とかそういう文字に近いように思えた。

 

 「今書いているのはあなたの名前よ。これで"ヴィ・シャオリー"、そう読むのよ」

 「これが、私の、名前……」

 

 ヴィ・シャオリー。

 この世界で名乗る私の魔女名。

 あの時、ヴィロ様は言葉は分かるようにしてくれたと言っていた。

 言葉は自分で覚えるようにとも。

 

 「言葉を覚えるには、やっぱり本が必要かな……」

 

 日本でシステムエンジニアをしていた頃、新しい言語を覚える時はだいたい本屋で専門のガイドを買って読んでいた。

 JavaやPHPを覚えるのとは訳が違うが、覚えるしかないだろう。

 

 「まぁ、あなたが覚えるのはアルル文字だけじゃないからもっと大変よ? 魔女になるからには"魔法文字"も覚えてもらうんだから」

 「魔法文字、そういえば前に聞いた気が」

 「そうね、ちょうどいいからこのまま講義を始めましょうか」

 

 そう言って師匠は私にテーブルに着くように促す。

 

 「さて、いよいよ魔法について説明するわね。魔法の体系は大きく分けて二つ。"呪文"と"魔法陣"」

 「"呪文"と"魔法陣"……」

 「まずは呪文、これは体内のマナを声に乗せて空気中の魔素に反応させて魔法を行使する方法」

 「つまり、言葉を紡ぐだけで魔法が使えるってことですか?」

 「概ね間違いじゃないわ。でも言葉を喋ればいいってわけじゃない。まぁ、見た方が早いわね」

 

 師匠は座ったまま、キッチンを向くと水の張った桶を指差して呟く。

 

 【水よ、球と成りて、的を撃て】

 

 その言葉が鍵となり、桶に溜まっていた水が重力に逆らって宙に浮かび、水の球を作る。

 そして壁にかけていた鍋に向かって真っすぐに発射された。

 鍋に当たった水球は弾けて水滴を空気中に散らし、鍋は甲高い音を響かせて床に落ちた。

 

 「と、まぁこれが呪文、意味のある言葉を繋がるように紡ぐことで魔法を放つことができる。この呪文は高度なもの程長くなるし、途中で辞めてしまったら意味が霧散して魔法にならない。今みたいな短いものなら問題ないけどね」

 

 つまり今の呪文は3節の文節で区切られた魔法ということか。

 水よ、の部分で対象の物体を指定して、球と成りて、の部分で形状を指定、的を撃てで射撃の命令をする。

 順番に処理をしていくから、順序も意味も大事になってくる、と。

 

 「さて、次は魔法陣だけど、こっち。魔法を発動するのにマナがそれほど必要ないのが特徴よ」

 「魔法を使うのに、マナが要らないんですか?」

 「正確には"発動"するのに、ね。全くではないわ。魔法陣はこうやって、紙や地面、壁とかに描くんだけど」

 

 そう言って私の名前を書いた紙に図形を描いて行く。

 よく見れば、師匠が持っている羽ペンの先が青色に光っている。

 その光で円を外側に描き、その内側の孤に沿うように文字を書き入れ、また円で閉じる。

 それを繰り返して、3重の図形を書いていた。

 

 「はい、これがさっきの"ウォーターボール"の魔法、その魔法陣版よ」

 「これが、さっきの魔法ですか?」

 「そう、この魔法陣は外側から"水よ"、"球と成りて"、"的を撃て"という意味の魔法文字が描かれていて、この魔法陣の外円に触れてマナを少し流す。これだけで魔法陣は発動するわ」

 

 師匠が紙をキッチンへ向けた後、外円に触れて先程の青い光を放つ。

 すると光は魔法陣の外円に沿って進み、中心へ中心へと染み渡る。

 この間は瞬間的で体感としては0.5秒もなかったのではないかと思う。

 中心へ到達した瞬間、魔法陣の中心から水の球が現れて壁へ向かう。

 目標の鍋は床だったため、壁に激突した水は再び弾けて水滴を散らす。

 

 「これが魔法陣よ。今の水は空気中の水の魔素から抽出された純粋な水。これも魔法陣と呪文の違いかしらね」

 「呪文は現実にある物体にも干渉できる。もちろん、魔素に干渉して水を作りだすこともできる」

 「魔法陣は全て魔素から作りださなければならない。代わりに一度描いてしまえばなんどでも使えるし、出すだけなら早い」

 

 呪文と魔法陣、それぞれにメリット、デメリットがあるわけか。

 確かに使い分けた方が便利だし、効率的と思う。

 

 「でも魔法陣ってあまり普及してないのよね……」

 「え、どうしてですか? 便利だなって思いましたけど」

 「マナの消費量が違うのよ、同じ魔法でもね。それに魔法陣は書いてる途中、ずっとマナを出し続けなければならないから余分に漏れるのよ。速度にも影響するし」

 「それは、なるほど」

 

 つまり、2のマナで撃てる呪文と、5のマナで描く魔法陣なら、呪文の方が効率よく撃てると。

 

 「でも書いたら何度も使えるならそれほどデメリットとは」

 「何度もと言ったけど、魔法陣は描いてしばらくするとマナが放出されてただの図形になるのよ。そのたびにまた描き直さないといけないの」

 

 つまり、なんども書くなら消費の小さい呪文をその都度撃った方がいいということか……

 しっくり来ないけど、きっとそういうことなんだろう。

 

 「さて、貴方にはこれからこの2つの文字を覚えて貰うわ。それには呪文と魔法陣、両方を同時に覚えて貰えることになる」

 

 師匠はそう言って紙と羽ペンを手渡してくる。

 そして一冊の本を取り出して、最初の頁をめくる。

 

 「ここにはさっきの"ウォーターボール"の魔法陣と、アルル文字の呪文が書いてある。次のページには"ファイアーボール"、次は"ウィンドボール"……」

 「師匠、これはどういう」

 「その紙は自由に書いていいわ。予備はそこの棚にあるから好きに使って。聞いてくれれば読んで、意味も教えてあげる。後は自分で学びなさい」

 

 それは、つまり

 

 「呪文からアルル文字を、魔法陣から魔法文字を理解しなさい。意味は同じだから比較もしやすいから。なんだったら魔法を使ってみてもいいわよ? 方法はさっき教えた通りだから。上手く発動できればいいけどね」

 

 親切なようでものすごいスパルタなこと言ってる。

 引き笑いになりながら師匠を見ていると、師匠はニッコリとほほ笑んだ。

 

 「私の弟子を名乗るんだから、生半可は許さないわよ? 最低でもそこにある魔法は、全部覚えて貰うから、覚悟しなさい?」

 

 その日から、私は文字の書きとりに近い修業をやらされることになった。

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