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異世界でただ一人の幽霊と魔女  作者: 山海巧巳
第四章:エルフと魔王と魔導王国【帝歴716年】
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幽霊と師匠と覚悟と意志

 ルルの魔陣書の改修が済んで夕食を食べた後、夜風に当たりたくて屋敷の中庭へと来た。

 このお屋敷、割と広い中庭があって流石エルフというか、草花の管理は徹底してるんだよね。

 植込みの手入れも花の種類も色取り取りで月の光に良く映える。

 天を見上げれば雲一つない空に星と金と銀の月が浮かんでいる。


「あら? シャオじゃない。奇遇ね」

「師匠」


 振り返ると師匠がグラスを片手に立っていた。

 確か領主のルサイスと話し合いがあるって言っていたし、そこで出された果実酒だろうか?

 生前はお酒を嗜むことはあったけどこちらに来てからはあまり飲まなくなったのよね。

 身体の問題?


「今さっきルサイスとの会議が終わったのよ。明日の夜には準備が整うから明後日の朝には出発ね」

「分かりました……ルサイスって、呼び捨てですか?」

「いつまでも部下でもないのに領主様と敬うのもね。対等の立場だしお互いに呼び捨てでいいってことになったのよ。貴方も呼んでいいわよ?」

「……本人に確認を取ってからにします」


 心の中ではもう呼び捨てしてるけど。


「貴方も飲まない? 美味しいわよ?」

「私はお酒はあまり……」

「そういうと思って」


 師匠のグラスと反対の手には果実ジュースの瓶と空のグラスが握られている。

 あぁ、最初から誘うつもりだったんですね。


「……それじゃ頂きます」

「えぇ。せっかくだからそこの東屋を使わせてもらいましょう」


 中庭には東屋が建てられている。流石領主邸。

 東屋の中のテーブルに二人で掛けて師匠が用意した果実ジュースをグラスに注ぐ。


「じゃ、とりあえず乾杯」

「何にですか」

「なんでもいいじゃない。こういうのは」

「はぁ……乾杯」


 カツンとガラスの奇麗な音が響いた。

 一口、果実ジュースを喉に流し込む。

 柑橘系の味、甘すぎず、ちょっと苦みがあるけど喉に残らない感じがなんとも気持ちがいい。


「……美味しいですねこれ」

「でしょ? それ、こっちの果実酒の酒精がない奴。昼に頂いて気に入っちゃってね~」


 あ、もう酔ってる。

 来るときも飲んでたみたいだし、そこまで強くないからなぁ師匠。


 それからしばらく二人で庭と空を見ながら飲み明かす。


「……それで師匠。何か話があったんですよね?」


 グラスを置いて師匠の眼を見る。

 酔っていても、眼の奥に意思を感じる。

 こういう時の師匠は本気で酔わない。

 私がそう伝えると師匠もグラスを置いて目を一度伏せて、開いた。

 その瞳はまじめな時の、そして大事な話をする時の瞳だ。


「ま、分かるわよね……一つ、貴方に確認しないといけないことがあるの」


 確認したいこと?


「シャオリー、貴方、"人"を殺せる?」


 ドクンッと自分の心臓の音が大きく響いた。

 "人"を殺せるか。

 そう、この世界に来て4年。私は"人"を直接殺しては居ない。

 森の魔獣達やドラゴン等、大型の相手を殺したことはある。

 殺さなきゃいけない時だったから、多少の忌諱感はあっても、なんとかなった。

 それでも、"人"と殺し合いをしたことはなかった。

 盗賊たちとは共闘した。

 第二王女の時は捕縛だった。

 彼女の強そうな騎士を倒した、いえ、殺したのはアーネだ。

 意図的に避けてきたわけではない。

 単に巡り合わなかっただけ……


 それでもこの先、魔王の元へ向かうということは相手は"人"なんだ。

 魔獣やドラゴンが出てくるかもしれない。

 打倒魔王なんて掲げていない。

 でも相手はそんなことは気にしない。私の前に、立ち塞がるかもしれない。

 魔法で捕まえて無力化する?

 相手が格上だったらそんな余裕はないかもしれない。


 師匠の顔を見る。

 師匠は何もしゃべらず、じっと私の答えを待っている。

 私の答えを待っているんだろう。

 これは覚悟の問題だ。

 この先"人"と対峙した時に迷わずに、味方のために相手の命を奪う覚悟があるか。

 そう、師匠は問うているんだ。


 私は…………




 短くない時間が過ぎた。


「師匠」

「なぁに?」


 師匠の瞳を見る。顔を見る。


「私は、"人"を、殺せないかもしれません」

「そう。それは私達が危機に陥っても?」

「……それは、その時になってみないと判りません。でも、今の私には、"人"を殺せるイメージがないんです。だから私は、相手の無力化を目指そうと思います」

「無力化?」


 私が考えた、出来るだけ"人"を殺さずに済む方法。


「はい。私はあまり使ってきませんでしたが、水系統の魔法には『相手を凍らせる魔法』や、地系統の魔法には『相手を石にする魔法』があります。同じように風には『相手を痺れさせる魔法』もあります。これらを使って相手を無力化させれば、殺さなくて済みます」

「魔法が効かない相手だって居るわよ?」

「それは……」


 魔法は万能じゃない。耐性を持っている相手も居る。


「確かにそれは手段としてはいいかもしれない。でも、私の問に対しての解答じゃない。やっぱり貴方は、"人"を殺すのは難しそうね」

「…………すいません、師匠」

「いいのよ。なんとなく分かってた。貴方は優しくて、でもとても繊細だから。貴方の元の世界じゃ殺人なんて身近じゃないんでしょ?」

「…………はい」


 師匠は空いたグラスに果実ジュースを注ぐ。二つのグラスに。


「貴方は無理をしなくていいわ。今回、必要になったら私がやるから」

「そんな! 師匠……」


 私のために師匠の手を汚すなんて……


「私は"人"を殺せるわ。初めてじゃない。そうしなければいけない時は、いつか来るものなの」


 師匠の右手が私の頬に添えられる。

 気づけば涙を浮かべていたその雫が師匠の手を伝う。


「その時が来るまで、貴方は私が守ってあげる。でも、もしその時が来たら、辛いかもしれないけど、決断してくれるとうれしいわ。貴方の守りたいモノを守るために」

「……師匠……判りました。私は、もしその時が来たら、覚悟を決めます。守りたいモノを守るために」


 そう宣言すると師匠はニッコリとほほ笑んで、手を放す。

 頬にはまだ、師匠の手の温もりが残っている。


「そう。じゃあその時の貴方のために、魔法を掛けてあげる」

「魔法、ですか?」

「そう、"勇気の魔法"よ」


 そう言って師匠は私の元へ迫り、ギュっと抱きしめた。


「し、師匠ッ!?」


 そっと抱きしめられ続けるが、一向に師匠は放してくれない。

 透過すれば抜けられるが、でも意味もなくこんなことをする人じゃ……

 そんなことを思っていると背中を指でなぞる感覚にゾゾっと身体が反応する。


「し、師匠。背中に魔法陣書いているんですか? だったら背中を向けば――」

「私が貴方を抱きしめたかったのよ。文句ある?」


 意味もなくする人だった。


「……と、はい。終わり」


 魔法陣を書き終わると師匠はそっと離れる。


「師匠、背中では魔法陣が読めないんですが」

「いいのよ。貴方は知らなくて。その時が来たら発動するから。それは"勇気の魔法"、貴方の背中を押してくれるわ」

「……それ、だから背中に書いたんですか?」

「そうよ?」


 はぁ、なんか、感動的なのかなんなのか……


「とにかく、貴方の意志は確認出来たし。もう一杯飲んだらもう寝ましょうか」


 テーブルの果実ジュースを一息に飲み干し、師匠は邸内へ戻っていった。


「…………ありがとうございます。師匠」


 師匠が私を気にかけてくれたその想いに、感謝を捧げて、私は一口、果実ジュースを飲んだ。

気づけば2か月程空いてしまいました……

ようやく仕事の方が落ち着いたのでぼちぼち書いていこうと思います。

次の話くらいから動きがあると思います。

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