幽霊と魔法と弟子との一時
翌日、魔陣書の改良の目途が立ったので、手の空いていたルルと共に森の中へとやってきた。
「先生、この森への立ち入り許可は貰ったのですか?」
「ん? あぁ、ルサイスから許可は貰ってあるから心配ないよ。名目としては異変のあった森の調査ってことになってるし、当事者の私が出向いたほうがいいと伝えたら直ぐに許可をくれたよ」
「先生? 領主様のことを呼び捨てにするのはどうかと」
「ルサイスも問題ないって言っていた大丈夫大丈夫、っと。この辺りだったかな」
到着したのはリーエンが襲われていた地点、ワイルドホーンボアの死骸達は既にエルフの兵士達によって回収されており、折れた木々やえぐれた大地が残るばかりだ。
「さて、ここで新しい魔陣書のテストをするわけだけど、ルルにはそれを横で見ていて欲しいんだ」
「見ているだけですか?」
キョトンとした顔で質問してくるルルにニヤリと笑いながら一枚のスクロールを渡す。
「いやいや、ま、見て覚えて欲しいってのもあるけど、目的はコレ。このスクロールには私が構築した記録用の魔法陣が書いてあるんだ。これはマナの流れと量を図って記録することができて、魔法陣の下に広く空白があるでしょ? そこに記載されていくから、ルルは魔法陣を発動して横で見ていてくれればいいよ。私と発動した魔法を眼で視認してくれれば記録されるから」
ルルに渡したスクロールには改良の途中で一緒に作った魔法陣が記載されている。
中身は水と風と火の魔法を織り込んだオリジナル魔法、"精霊の記録"。
3つの魔法陣を連結させた魔法で、それぞれ"水鏡"、"風測"、"火便"という下級の魔法達。
"水鏡"は、術者の見た景色を水の鏡に映し出すことが出来る遠見の魔法。
本来の用途は偵察させたい人に術を発動させて、その場に水鏡を出現させ、その光景を見ることが出来る魔法だ。ただ、効果範囲が20mくらいしか離れられないため、遠くの偵察には使えないため、実用性は低い。
"風測"は風の流れを詠んでその中に含まれる情報を術者に伝える魔法。
風に含まれる情報とは音がメインだが、実はマナの量を見ることが出来る。
魔女や魔法使いの間では魔法が使われる予兆として、事前に発動させることが多い魔法だ。
"火便"は言ってしまえば火の手紙を送る魔法だ。
近場の距離間で、相手の方にある紙に火で焦がすことで文字を転写する魔法。
これらを繋げることで、術者の目の前に水のレンズを作って、風の力でその情報を読み取り、複合して火便で手元のスクロールへ記録することができる。
今回試したいのは私とエアリスによる同時制御で魔法を発動すること。
違いのマナを与え合って魔法を行使するため、その動きを外から把握しておきたいというのが今回の目的だ。
「判りました。それ以外には?」
「こっちを見てて貰えればそれでいいよ。長時間発動することも考えてスクロールは長めにしたし、その魔法も低コストの魔法で組んだからルルにも問題なく扱えるはず」
「なるほど。ではこれが終わったら私のお願いを一つ聞いてもらってもいいですか?」
ん? ルルからお願いって珍しいな。
「いいよ。何をすればいい?」
「私の魔陣書も改良して貰えないでしょうか? 今度の依頼は別々になりますし、私も、強くなりたいんです」
「分かった。元からそのつもりだったし、プランも考えてあるけど、一緒に改良しようか? まだ二日あるし」
「! はい! よろしくお願いします!」
ルルの魔陣書、カシオペアは本来魔法構築の仕組みは搭載していなくて、記録した魔法陣を簡易的に発動できる魔陣書として作った。
これは、ルルにツールで作るのではなく、魔法陣について勉強しながら魔法を組んでもらって自分でバージョンアップして欲しいという思いを込めたのだが。
今回の依頼に関してそれだけではまずいと思ったのだ。
単独戦力としてルルに期待されるのは状況に適した魔法の運用だ。
メンバーがアーネやサリファが居るから前衛、中衛、偵察は問題ないだろう。
そうなれば後衛としての火力と状況分析はルルがやることになる。
ルルの能力は王女としての教育もあったのだろうけど、本人の資質として人の機微を読むのに長けていると思う。
王城では姉妹兄弟の顔色を窺っていたのだろう。
実際、私たちと暮らすようになってからその翼を自由に伸ばして活き活きとしていたと思う。
ルルなら魔法構築のツールを使っても便利さに囚われず使いこなせるはずだ。
「じゃ、これから魔法を発動するからその魔法を発動して。魔陣書と原理は同じだから魔法名を唱えれば発動するから。始動キーは"オープン"」
「はい。オープン、"精霊の記録"」
言葉に含まれるマナを読み取った小精霊がスクロールの魔法陣にマナを送り込む。
ルルの目の前に魔法陣がマナにより描かれ、赤、青、緑の燐光を巻き上げながら魔法陣を作り上げる。
やがて、ルルの目の前に顔の上半分を覆うほどの水の膜が形成される。
「よし、あとはスクロールを広げて持ってて。じゃ、よく見ててよ」
ルルの準備が整ったを確認し、私は自分の内側へと意識を向ける。
『エアリス、準備できたよ。そっちは?』
『問題ないわマスター。新システム"EMS"は問題なく稼働中……というかこの名前やめない? 私の名前ついてるの恥ずかしいんだけど?』
『え~? いいじゃん分かりやすいし。略称でEMSって言ってれば分からないって』
『……はぁ、了解。マスターの指示に従いますよ』
「うんうん、よろしいよろしい。じゃあ試運転と行きましょうか。"エクリプス・ジュノン"起動!」
『EMS運転稼働! 待機中の全小精霊に順次稼働命令実行中。稼働率83%』
「上々ね。じゃあまずは結果を貼りましょうか。師匠から聞いた第二王女が使っていた結界をコピった奴、検索かけて。検索機能の実証も兼ねてよ」
『そんなアバウトな……いえ、それを処理するのが私の仕事よね……あ、ヒットしたわ。元々の名前は"エンシェント・ガーデン"、こっちは古代語魔法等の複合で完全に複製は出来なかったし、実際に見ていたわけではないから色々補完した奴ね。魔法名は"精霊の箱庭"』
「いいね。検索速度も良好じゃない。それ詠唱つき?」
『詠唱省略は可能な設計だけど、初めてだし万全を期するなら唱えたほうがいいわ』
「おーけー。時間もあるし唱えましょう。詠唱はこっちで?」
『そっちでお願い。その間にこっちで次の魔法の準備を進めるわ。まずは何から?』
「どでかいのいっとこうか。"竜砕爆覇槍"準備!」
『……了解。いきなりオールエレメントなのね』
「"隆起せよ大地、降り注げ流水、精霊達の都、空想せし都市を、創造せよ、森羅万象の恵み、今、花開かん! 精霊の箱庭!"」
呪文を込めて魔法陣を展開する。
黄色と青の燐光が周囲へ広がり、森だった場所を白い空間へと変えていく。
やがて、そこに拡がるのは一面の花畑、所々に岩が置かれており、段差のように積み重なって立体的な花畑を形成している。
隣にいるルルも驚愕に目を見開いているが、今は置いておこう。
この魔法は周囲をマナの空間で包み込み、実態のある幻で包み込む魔法。
精霊達の都って名をうっているがいわば花畑だ。
……我ながら貧困な想像力だなと思う。
「エアリス、結界展開完了。そっちは?」
『……竜砕爆覇槍起動準備完了。マナも各小精霊へ配分と命令も完了しているわ。直ぐに打てるわよ』
「EMSは問題なく運用出来てるわね。じゃ、撃つわよ!」
一呼吸置いてから、目標を真横にある大きな岩へと照準を合わせる。
4種の燐光をまき散らしながら魔法陣を空気中に錬成していく。
その中心から鉄の槍が形成され、風と水の螺旋が穂先となる。
「行け! "竜砕爆覇槍"!」
瞬間、爆炎と轟音を響かせて鉄の槍は一直線に射出される。
それは一瞬の出来事、気づけば地響きと共に大きな岩は粉々に砕け散っていた。
「……いよーしいよーし。魔法の連続運用も問題なし。精霊達は?」
『……大丈夫、全員問題なく稼働中。稼働率は81%で8割をキープ』
「想定通りだね。じゃあ続けて細かい魔法の連続運用テスト、行くよ?」
『りょーかいマスター』
EMS。
これはエアリスと私がそれぞれ独立した思考で魔法を運用するためのシステム。
本来、魔法の同時運用は高度な術式であり、失敗すれば不発になったり、暴発する危険もある術だ。
このEMSは私が魔法を撃っている間に、エアリスが次の魔法を待機、準備させて同時発動、遅延発動、連続運用を行うためのシステムになっている。
これにより、魔法を放った後に術を構築する時間を省略し、直ぐに次の魔法を撃つことが出来る。
魔法使いの課題である大規模術式を準備中の無防備状態を、私はEMSによって克服できるのだ。
つまり、私が小規模魔法で牽制しながら、エアリスが大規模魔法を構築したり、その逆も可能になった。
これからの魔王軍と戦うことになった場合、私たちのチームは魔法が主体になる。
そうすると守り手が足りなくなり、じり貧になる可能性もある。それを考慮した改良だ。
一通りの魔法を確認したのち、結界を解いてルルの元へ戻る。
「どうだったルル? 記録できた?」
「…………」
「?」
なにやら黙りこくってしまったルル。
「どうしたの?」
「……いえ、先生はやっぱり非常識だなと再認識しました」
「え?」
その後ルルに自重を覚えてくださいと説教を食らい(昨日も説教されたような?)、お昼を軽く過ぎたくらいに屋敷へと戻ってルルの魔陣書の改良のため、夕方まで籠って作業した。
当然ドリーにまた二人揃って説教されてしまったが……
しばらく小休止の準備期間の話になります。
11/26(月)21時に新作『派遣幽霊の花子さん』の1話を投稿しました。
幽霊をテーマにした現代ファンタジー系で、20話くらいで纏められたらと思っています。
もしよろしければそちらもよろしくお願いいたします。




