幽霊と領主とエルフの国
ルル達を交えてリーエンと雑談をして小一時間程すると、先ほどの兵士が近づいてきた。
「お待たせしました。領主より許可が下りましたのでどうぞお通り下さい」
「ずいぶん早かったのね。半日くらいは掛かるかと思ったんだけど」
「はい。伝令からルサイス様へ伝わって直ぐに返事が来たとのことです」
もしかして事前に私達が来ることを知っていた?
……ありえる……あの第二王子のウィリアムのことだ。なんらかの方法で伝えていてもおかしくはない。
この書状だって元は私達が魔導王国へ入る正式な理由として渡された物……のはずだ。
いや、まさか私達をこのエルフの国へ誘導するための方便?
ウィリアムの思惑について云々唸っていると肩をポンと叩かれる。
「何を考えているのかだいたい分かるけど、今は先に通してもらいましょう? どの道領主に会えば判るわ」
前を見ると兵士の人が少し困り顔で苦笑いをしていた。
すいません。私の返事待ちですよね。
「申し訳ありません。伝令ありがとうございました。それでは失礼して通らせていただきますね」
「はい。領主邸への道は……リーエン様がいらっしゃいますから大丈夫ですね。それでは、扉を開きますので」
兵士が戻ると直ぐに重く閉じられた扉が左右に開かれる。
「うーん、大丈夫だとは思っていたけどこんなに早く返事が来るとは思っていなかったわ。お兄様は何か事情を知っているのかしら?」
「リーエンは何か聞いていないの?」
そう尋ねると彼女は首を横に振った。
「聞いていない、というより領主としての仕事には全然関わらせてくれないのよ。私が子供だからって」
なるほど。エルフは100歳でようやく大人として扱われる。
だから政治には関わらせない、か。理屈は分かる。
「貴女も大変なのね……と、そういえばリーエン、貴女お姉さんが居る?」
リーエンは苦虫をかみ砕いたような嫌そうな顔をして、少し間が空いたが渋々頷いた。
「……えぇ、居たわ。私が小さいときにこの国を出て行ったから、今どこで何をしているのか判らないけどね」
「何かあったの?」
「……名乗ったとき聞いたわよね? ロゥ・リーエンって。私は魔導の神ロゥレイの加護を貰っているの。だから私は風と土の二つの属性に適性があってね。まぁそれはいいんだけど。私の姉、マーリンも同じロゥレイの加護を貰っていて、風と土、それに水の3属性を扱える神童だったのよ」
「あぁ、比較されたのね。お姉さんと」
「えぇ。しかも姉は小さい頃から不思議な人でね。他のエルフとは距離を置いて仲良くなろうとはしなかったらしいわ。私から見ても独りでいることが多かった。とはいえ魔法の才能も高くてね。聞けば教えてくれるからいい先生だったわよ。でも、比較される方としては堪らないわよね……」
小さい頃からずっと比較されてきたのだろう。
リーエンのこれは姉に対するコンプレックスというものだ。
私は一人っ子だからその辺は分からないけど姉妹が居る友人はよく愚痴をこぼしていたっけ……。
「その姉は成人する前に自分の意志でこの国を出っていたわ。それから帰ってきてないからどうしてるか分からないけどね」
「そっか。うん……ところでそんなリーエンにお手紙があるんだけど」
「手紙? 誰から?」
「貴女のお姉さん。マーリンから」
「……は!? 姉って、それにマーリンって、私姉の名前言った?」
「ううん、私達は貴女のお姉さんに会って、この手紙を届けるように頼まれたのよ。まぁ、私としては二人の事情を聞いたうえでどっちの気持ちも分かるから複雑だけど。一先ず、読んでみない?」
手紙を差し出すとリーエンは受け取るか受け取らないかで逡巡し、やがてそっと手を伸ばして手紙を受け取る。
「…………手紙は受け取るわ。でも、これは後で一人の時に読ませてもらう」
「えぇ、それがいいと思う。私としては無事に配達できてよかったわ」
「一つだけ、聞いていい?」
「何?」
「姉は、元気だった?」
「元気だったわよ。一人……一応一人きりで魔法の研究漬けみたいな生活だったけど。神王国の森の中に拠点を構えていたわ」
「……そう」
リーエンはそう呟いてから外の方を眺めていた。
領主邸に着くまで彼女は一言もしゃべらなかった。
幸い、分かれ道もほとんどなく、領主邸への道案内には困らなかったが。
彼女としても音信不通だった身内からの急な連絡に戸惑っているのかもしれない。
エルフの国、アルスレイン。
元の世界の知識ではエルフは森の中で樹上生活をしていて、弓が得意で耳長、金髪に美男美女ばかり。
寿命も長いというようなイメージを抱いていたけれど、実際に会ってみればその以外と違いは多い。
まずこのアルスレイン、正式には魔導王国エルフ領アルスレインというらしいが、大抵はエルフの国という通称で通じる。
都市の特徴としてはやはり木の建物が多いが、道は切り開かれており、木々の上に家があることはない。
木造とはいえ見た目は立派で日本で言うところのお寺とかあぁいう立派な感じが多い。
ここは町の中心だろうから立派なのだろうか?
入国する前にリーエンに聞いた話では、エルフだけではなく他種族も出入りが多く、活気があるらしい。
今は鎖国状態で、エルフばかりと在住している他種族が一部いるばかり。
鎖国の理由については領主特権とかいう奴で詳細は不明。
こればかりは領主に直接聞くしかないかな。
程なくして領主邸が見えてきた。
弓が得意というのもだいちあ合っているけど、彼ら彼女たちは剣も使う。
それこそ精霊弓、精霊剣という風に精霊魔法を主軸とした技術が発達する程だ。
寿命が長く、金髪に美男美女ばかりというのはまぁ、リーエンや兵士さん、通りすがりのエルフを見るにその通りだった。
そうしてエルフの国を眺めていると目の前に立派な石造りの建物が見えてきた。
木の建物ばかりの中では異様に目立つがリーエンから聞いた話では領主邸は昔の魔王様が建てたもので、魔導王国の各都市の領主邸も同様らしい。
当時の魔王様からの領主への餞別だったとか。
気前がいい人だったのね。もっと深い意図があるのかもしれないけれど。
石造りで窓の数から3階はありそうだ。
地下もあるらしく、かなり大きなお屋敷に見える。
馬車を正面に停めると徐に扉が開き中から金髪の美青年が歩いてくる。
青を貴重とした軍服のような正装だが腰にはレイピアのように細い剣を着けている。
穏やかじゃないな?
「失礼。私の妹を助けてくれた神王国からの使者とは君たちのことかな?」
青年はにこやかにそう告げる。
うん、穏やかなんだけど空気がひりつく。
もしかして、怒ってる?




