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Chapter17

「ふぅ、やっと落ち着けた」


 白宮との作戦会議……あの後、明日の作戦を二人で立て今日はゆっくり休むことになった。

 そして俺は部屋に戻り、その後そこの露天風呂を満喫していた。


(にしても本当にここの温泉は癒されるな……)


 部屋についている露天風呂も大浴場に負けず劣らず素晴らしいものとなっている。

 ちなみに録はというと、どうやらまだ部屋に帰っていないみたいだった。一体どこにいったのだろう。

 と、そんなことを考えてると後ろからガラガラという音が聞こえてきた。たぶん録もこの露天風呂を満喫しにきたのだろう。どうせなら待ってあげればよかっただろうか。

 そういえば前に録と銭湯に行ったみたいな話をクラス内で話した時、思わぬところ(女性陣)から黄色い声が飛んできたことがあったな。

 いや確かに俺と録は親友同士だがそういうのではなくてだな……。


「悪いな録、先に入っちゃって」


 後ろを向いたままこうして謝っておくとして……ってあれ、返事がないな。もしかして余程根に持っていたのだろうか。

 そうこうしているうちに後ろからパタパタという音が近づいてくる。


「なあ、悪かったって……なっ!」


 俺が後ろを向いた瞬間、何故か視界が相手によって手で塞がれる。実際、本当に一瞬すぎて録だったのかすらも分からなかった。

 けどこれも録のいたずらだろ。きっと俺が先に風呂に入ったから怒っているだけ、そうだと信じたい。

 何故そんな曖昧な表現をするかって……だって俺の目に当てられている手、すごく柔らかい気がするから。


「なあ録? これはなんの真似だ? 頼むから手をどけてくれ」

「ご、ごめんね。“有野”」


 ああ、やっぱり録じゃなかったか。

 しかも声と呼び方で誰かも分かってしまった。というかなんで俺たちの部屋なんだ? 露天風呂なら向こうにも……なんて考えたがデートのことを思い出しこういうこともあり得るのか、と納得してしまう。

 

「べ、別に謝らなくてもいいが、どうして神宮はこんなことを?」

「あ、有野と一緒にお風呂に入りたかったから」

「これ俗に言う混浴ってやつだよな?」

「そうだね……ってあんた、やけに冷静ね? いつもならもっと驚くのに」

「そ、そりゃあやばいぐらい動揺してるが、あんなことがあったからな」

「……確かにそれもそうだね」


 いまの状態、周りからはどう見えているのだろうか。俺のほうは幸いにもお湯につかっているため、神宮的にも客観的にも問題ないだろう。

 しかし、神宮は? 彼女は一体今どうなっているんだ?


「そろそろ手、離してくれないか?」


 俺は気になって手を放してもらうようお願いする。


「だ、だめっ! だって……見えちゃうから……」


 ……やっぱりそうなっているのか。


「じゃあどうすればいいんだ? このまま目くらまし状態なのか俺は?」

「大丈夫……そ、そのまま前向いて」

「お、おう」


 目の部分に手を当てられながらそのまま俺は前を向く。


「手離すから……そのまま前に行って」


 神宮の声が緊張して震えているのが伝わる。俺はお湯に浸かったまま前へと進む。

 すると、後ろの方から水音が聞こえてくる。またその音源から波をたてて、俺の背中を揺らしていくのが分かった。

 その波につられて俺の心音も早くなる。いやこんなシチュエーション普通あり得ないだろ? それこそアニメとかではよく見るけどさ……。


「なっ!? お、お前っ!」

「イヤ……だった?」


 完全に油断した。気付けば俺の背中になにか柔らかいものが二つ当たっていた。

 “柔らかいもの”“二つ”察しのいい人ならもう気付くだろう。いや初見の俺ですらなんとなく想像がつく。

 これは……まさか……。


「あわっ、あわわっ」

「あんた……なんて声出してるのよ……」

「いやだって! 急に可愛い女の子が胸を押し付けてきたら誰だってこうなるだろ!」

「か、可愛いって……なに言ってるのよもう!」

「いてぇ!?」


 思いっきり背中を叩かれてしまった……。


「それでなにをしに来たんだ」

「答えを……聞きたくて」


 答え……か。たぶん告白のことだろう。

 俺の答えは変わらず“分からない”というのが現状だ。

 確かに神宮は可愛いし、仲も良い。けど今の俺には付き合うということ自体考えられない。

 彼女を幸せにできるかどうかも分からないし、なにより今の趣味……二次元を捨てることができない。

 まてよ? そこまで分かっているのなら答えは決まっているんじゃないか?

 ……いや、でも今は早まってはいけない。せめてこの旅行が終わるまでは。


「ごめん、それはまだ……答えられない」

「どうして……どうして答えてくれないの……」

「ごめん……」

「もしかして他に好きな人がいるとか……しろみーとか」

「なっ! どうしてそうなるんだ!?」

「だってそれぐらいしか理由が思いつかないんだもの!」


 何故そうなる!? 確かに白宮とは同居もしていてアルのように特殊な事情があるせいで仲が急激に深まっているとは思うが、恋愛的な意味合いで見たことなんて一度もないぞ!?

 まあ確かに傍から見たらそう感じてしまうのかもしれないのか……?


「俺は確かに最近、白宮と仲良くみえるかもしれないが。あいつのことは恋愛的な目では見ていない」

「え、そうなの?」

「そうだよ。そもそも朝も言ったろ? 俺には恋愛的に好きな人は今いないんだ」

「そ、そっか。てっきり誤魔化していただけかと思ってた」

「んなことするか。大体、俺が嘘つけない性格だって知ってるだろ?」

「言われてみれば……確かに」

「まったく」


 いくら仲が良いと言ってもさすがにこんな短期間で好きになったりしないっての。

 こういうのは幼なじみとか、過去に大事なエピソードがあったりしてだな……。

 ってこんなアニメやラノベに脳を犯されているからいつまでたっても彼女ができないのだろう。


「おーい翔ー! まだ風呂入ってるのかー?」

「なっ!」


 ま、まずい! 録がどうやら帰ってきたようだ。今こんな状態を見られたら絶対に勘違いされる。


「ど、どうするの有野! 録、こっちきそうだよ!?」

「どうするって! 元はと言えばお前がこんなところに侵入してくるからだろ!?」

「そ、それは……ともかく今は録が来る前になんとかしないと!」

「って言っても……これぐらいしか思いつかねえ!」


 俺は咄嗟に神宮を誘導し行動する。少しして録が露天風呂の入り口から顔を出す。


「翔ーいないのかー? ってやっぱりいるじゃねえか。まったく返事ぐらいしろよな。なんだその恰好?」

「いやーいい岩だと思ってな、壁ドンの練習になるかと思ってさ!」

「んー? どうでもいいけど俺が見た壁ドンは両手じゃなくて片手だったぞ?」

「今は両手のやつも流行っているって! んで、どうしたんだ一体」

「ああ、そろそろ夕食が出来るから俺と白宮ちゃんで探していたんだよ」

「そ、そういうことか。分かったもうすぐあがるから」

「おう。そういや舞のやつ見てないか? あいつもなんかいないらしくてさ」

「あっ、じ、神宮か? い、いやー見ていないなー」

「なんだ、えらく言葉が詰まっているようだが」

「え? いや、気のせいだろ」

「そうか、まあ早くこいよ。俺は舞の方を探してくるから」


 そういうと録が出ていく。ふぅ……間一髪だったな。

 俺は視線を下に落とし上目遣いでこちらを見つめている神宮を見つめ返す。

 瞳が少し潤んで、心配そうな表情をこちらにむけている。そしてこれまた温泉の効果なのか肌や唇が光っておりとても妖艶な雰囲気が出ている。

 さらに体全体はタオルでほとんど隠されているが、その上からはっきりと胸の形が分かってしまい少しだけ我を失いそうになる。

 というかタオルで身をまとっているならもともと目隠しする必要なかったんじゃ……?


「あの……そろそろどいてくれないかな……」

「あっ、ごめん」


 緊急だったとは言えさすがに腰から下をずっと見せるのも犯罪臭がして申し訳なかった。た、タオルはちゃんと巻いてるぞ!

 俺は大きく一歩下がりそのまま俺も湯に再び浸かる。


「さて、そろそろ戻ったらどうだ?」

「うん……そうする」


 少し不満そうな顔をした神宮が先にあがろうとする。しかしその前に俺は彼女を引き留める。


「神宮」

「ん? なに」

「答え……必ず言うから。この旅行が終わったら伝えるから」


 先延ばしにする理由がたとえあの世界の人の事情だとしても、俺と神宮の関係まで壊したくない。

 だからはっきりと伝える。伝えられる部分はしっかりと伝えて。


「うん、待ってる」


 それは少しだけだったが……でも確かにはっきりと、そして俺にとってはまるで1カ月ぶりぐらい久々に。

 彼女は俺に笑顔を見せたのだった。


(もう少しだけ……)


 そのまましばらく風呂に浸かって考える。

 彼女は確かに笑っていたが、この旅行が終わって答えを告げたときどんな反応をするのだろうか。

 泣いてしまうのだろうか、それとも堪えて笑うのだろうか。どちらにせよ心が痛む光景が浮かびそうな気がする。

 でも言わなくてはいけない。俺の為にも、あいつの為にも。

 そしたら俺にも少しは恋愛というものが理解できるだろうか。

 二次元コンテンツでしか知識のない俺は分かるようになるだろうか。


(恋……ねぇ……)


 俺は初恋というものを知らない。

 いや……正確には知ろうとしなかったのかもしれない。

 もし俺に初恋という瞬間があったとすればそれは“あの時”だろう。

 けど、それはあの日を境に初恋ではなくなった。

 初恋だと思っていたそれはただの幻想だった。

 裏切られたと思った。けどそんなものはほんとに小さいころの話。

 そして俺は裏切られたと思っていたせいで裏切らないもの……二次元のキャラクターに好意を抱くようになってしまったのだから。


(あの子……なんて名前だったっけ。なんて呼んでたっけ)


 名前なんて今ではどうだっていい。もう彼女のこともう忘れよう。

 けどもし……その子が今いきなり現れたとしたら俺はどうするのだろうか?

 真っ先に怒るだろうか? いやきっと俺なら事情を聴くだろう。

 それが許せなかったら? そのまま激怒するかもしれない。

 じゃあ許せたら? その時は……また初恋をするかもしれない。


 ……果たして俺に二次元ではなく、三次元の恋をする日は来るのだろうか。

 そんなことを考えながら俺はそっと目を瞑った。

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