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Chapter16

 帰り道、俺たちは終始言葉を交わすことはなかった。

 神宮の怒りの告白に俺はイエスともノーとも言えずただ一言「考えさせてくれ」と答えた。返答としては一番最悪な形をとってしまったと思う。

 すると神宮は怒りながらも呆れたように「またそうやって……」と静かに呟いた。

 その後はどちらともなく旅館の方へと足を戻し、こうして二人で帰路を歩んでいる。ただ行きと違って帰りの俺たちの距離は物理的にも精神的にも遠くなっていた。


 旅館に到着し、神宮と軽く別れの言葉を交わしたあとで俺は自分の部屋に戻るなりそのまま畳に突っ伏した。


「お、帰ってきたのか翔……ってどうした?」


 トイレにでも行っていたのか、録が部屋に戻ってくるなりそんな言葉をかけてくる。

 まあデートに行くと言って戻ってきたやつが倒れていたらそりゃそういう反応になるか。

 しかし録の言葉を返す気力はなかった。別に体調が悪いわけでもないのに、体のあちこちが鉛のように重たい。理由は分かってるのにそれとは向き合いたくない自分がいる。


「これは相当なんかあったみたいだな……夕食の時間になったらまた声をかけるから、その時は会話ぐらいはできるように回復しておけよ」

「ああ、すまんな録」


 録は特にりゆうを深く聞かずに、気を遣ってか再び部屋を出ていってしまった。

 甘い言葉には容赦なく甘えてしまう自分がそこにいて、つくづく自分が都合のいい人間だと実感する。

 本来ならここで自己嫌悪すべき場面なのかもしれないが、頭の中は先ほどのことで頭がいっぱいだった。ようやく分かったことがあるからだ。

 なぜデートなのか、そしてなぜその相手が俺なのか、それをなぜ白宮とアルは黙秘していたのか。

 たぶん二人は薄々感づいていたのだろう。“神宮が誰を好いているか”を。

 しかしまだ謎が残っている。それがどうしてマリアがルシファーを襲う理由になるのか、そしてどうすればデートという行いで解決に向かったというのか。

 いや二つ目に関していえばちゃんとデートが成功すれば解決したのかもしれない。しかし俺の余計な言葉のせいで台無しにしてしまっただろう。


「とりあえず報告しに行くか……」


 そう自分に言い聞かせるために呟き俺は重たい体を起こし、ジーンズのポケットから携帯を取り出す。

 こんな報告をしたくはないのだが、いつまでも自分の失敗を引きずるわけにもいかない。

 俺はアドレス帳にある『白宮弥生』と書かれたメールアドレスに連絡をした。



 旅館の中にあるロビーで待ち合わせて、俺たちは外で歩きながら報告することになった。

 旅館を出発して100mほどしたところで最初に口を開けたのは白宮だった。


「デートの結果、言わなくてもいいよ。言わなくても……分かっちゃったから」


 自分の様子と神宮の様子を見てそう思ったのだろう。たぶん神宮も同じような感じだと思ったから。

 でもデートを失敗させた原因があるのは俺、だから怒られる──


「大変だったね、お疲れさま。それとこんな無茶させてごめんなさい」


 ──と思っていた俺に告げられたのは慰労(いろう)と謝罪の言葉だった。

 あまりにも予想外な言葉に俺は一瞬顔が強張こわばっていたと思う。あまりにも甘い言葉に俺は揺らぎそうになる。でもそこはグッと堪えて、しっかりと答えなくてはと思った。


「白宮が謝ったりするようなことじゃない。むしろ俺は余計なことを神宮に言って怒らせてしまったんだ。だから本当なら俺は白宮に怒られるべきなんだ。だって俺は“失敗”したのだから」


 自分を責めるように淡々と言葉を並べる。だってこれらは本当に俺が思ったことで間違ったことを言っているつもりはない。

 

「ううん、そんなことない。いくらルーちゃんが関わっているとはいえ、こういうことを急ぐべきじゃなかったの。本当にごめんなさい」


 しかしそれに負けじと白宮も自分を責めるように言葉を並べる。傍からみたらなんて不毛な会話だと思うだろう。

 何一つ進展のない現状、むしろ悪化している……しかし。


「でも俺はまだ諦めてない。白宮だってそうだろう?」


 だからこうでもしないと前には進めないと思った。

 終わってしまったことは変えられない。でもこれからのことはいくらでも変えられる。

 だったら反省会はここまでだ、一度の失敗で諦めるなんて許されない。


「うん、だってまだ旅行は終わっていないもの」

「ああ、だったらこれから新しい作戦を考えないとな」

「そうだね。むしろそれが私を呼んだ本来の目的でしょ?」

「あぁ……バレてたか」


 本当に彼女(しろみや)は鋭い。それこそたまに恐怖するくらいに。それは言い過ぎか。

 とはいえどうやって逆転しようかな……。






「あー! 言っちゃったよもう!」


 手足をバタバタとさせて自分たちの部屋で私はどこともなく叫ぶ。まさかあんな形で自分が告白をすることになるとは、だってあまりにあいつが鈍感だから……。

 デートしよう。とか言うからてっきりその気があると思って私も責めすぎたのは反省している。だからってあの反応はないでしょ!? 練習台!? どんだけ鈍いのあいつ! 私が練習で男の子とデートするとでも思ったの!?


「あーもう! 有野のばかばかばかっ!」


 ちなみにしろみーは部屋にはいない。ちょっと買い物をしてくると言ってどっかに行ってしまった。きっと落ち込んでいた私に気を遣ってくれたのだろう。


『まいー? 大丈夫ー?』


 としばらく悶々としているところに声が聞こえた。

 旅行中も何度か声が聞こえはしたが、はじめて見る風景に感動するばっかりでなんだか典型的な観光客を見ている感じだった。いや正確には私たちも観光客ではあるのだが。

 でも心配してもらってるようなので、仕方なく彼女(マリア)に対して返答することにする。


「大丈夫じゃない……ってあなた見てたんだから分かるでしょ?」

『まあ確かにそうだけど、あなたが考えていることまではこの状態じゃ分からないからね~。あくまで見たものと記憶だけ。でもよかったんじゃない? ようやく思いを伝えられて』

「はあ!? あんな告白の仕方でいいわけないじゃない! 怒りながら告白する人なんて漫画でも見たことないわよ……」

『でも、あなたの記憶を見る限りじゃ初恋なんでしょ? このまま心の奥にしまっておくより余程いいと思うけどな~』

「あなたねえ……」

『私なんてまだ伝えてないんだし』

「えっ」

『あっ、余計なこと言っちゃったね。ごめん忘れて』


 きっとあまり触れてほしくない話題だったのか、その言葉以降マリアは自分のことを話そうとはしなかった。

 あの日以来、こうやって少しづつ彼女とは話すようにはなった。そして私が思ったのはこの人はあの日に抱いた印象ほど怖い人じゃないということ。ただあの魔王に対する怒りが大きすぎるだけで。

 どうしてそこまでの怒りがあるのかあの夢しか見ていない私にはまだ分からなかったが、それでもこれだけは今はハッキリと言える。この人は決して悪い人ではない、と。


「彼も考えさせてくれって言ってたし、今は待つしかないのかなあ?」

『でもそれって保留ってことでしょ?一番汚い手段だよねえ。だって要するにキープってことでしょ?』

「っ。まあ、そうかもしれないけど……」

『早めに決着付けちゃった方がいいよー? そうしないと誰かに取られたときに立ち直れなくなっちゃうから』

「取られるって……有野がそんなことするわけ……」

『男の気持ちなんてビー玉みたいに簡単に転がっちゃうからね、特に私はアルと冒険している中でそういう人たちを何人も見てきた。だから』

「だから?」

『早めにそのビー玉を自分のところに入れるか、ビー玉が自分のところに入ることを期待するのを止めるか。その答えを彼からもらってくることね』

「…………」


 なにも言えなかった。なぜなら彼女の言っていることは何一つ間違っていなかったし、なにより“取られる”と言われたときに心当たりがあったからだ。

 白宮弥生。しろみーと初めて会ったあの日、正直言って羨ましいと思った。あれだけ人から好かれそうな性格をしているからこそ、親友になりたいと思ったからこそ……私はあの子と私の好きな人が一緒に住んでいるという状況が心底羨ましかったし、少し嫉妬したりしたのだ。

 だからあの時、マリアがしろみーを倒す……正確にはその中にいる魔王だけど彼女がそう言った時はただの新しい友達を守りたいと思っただけならあそこで倒れたりしなかっただろう。

 しかし、あの言葉が私にとって少しでも都合がいいと、私の中の悪魔が囁いたからこそ私の頭はオーバーヒートした。


“あの子がいなくなれば私が選ばれる可能性が上がる”

 

 今思い返しても私は一体なにを考えているのだろうと思う。

 私は私が恐ろしくなった。だから体調不良を理由にあの日休んだ。

 我ながら自分が醜く感じた。

 でも、だからこそ進むしかない。最底辺まで私はきた、もう逃げても仕方がない。

 ここまできたらもう進むしかない。


「マリア……私、やってみるよ」

『うん、舞ならそう言うと思ったよ。あなたは私と似てるから……私の分まで頑張ってね』

「なにを言ってるの、私が終わったら今度はマリアの番だよ?」

『え~どうしよっかな~』

「だーめ、強制。どうせこの世界にいるんでしょ?」

『そ、そんなわけない』

「マリアも私と一緒でちょっと追いつめられると弱いよね~極限に追い詰められたときは強いけど」

『うるさいなー! んで? 今の舞はどれくらい追い詰められてるの?』

「それはもちろん……極限までだよ」


 私は誰もいない部屋でニヤリと笑った。

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