Chapter15
「白宮ちゃん、一体君はなにを企んでいるんだ」
有野くんと舞ちゃんが出かけてから数分、清水くんが私たちの部屋にお邪魔してきた。と言っても部屋には私しかいないけどね。
彼の来訪はある程度予測していた。だって彼らのデートプランは今さっき決まったのだから。
「俺が翔から聞いた話じゃ舞と白宮ちゃんが仲を深めるための旅行だと思っていたんだが?」
「うん、その通りだよ清水くん。今回の旅行は舞ちゃんと私のための旅行」
「だったら! あの二人のデートにはなんの意味があるって言うんだ!」
彼はもう冷静ではなかった。普段温厚な彼がここまで怒ることは珍しい。
しかし清水くんの言い分自体はもっともだ。彼のように事情を知らない第三者がみたら間違いなく二人のデートに意味なんてものは存在しない。
いや正確には違う。だって彼は“第三者”ではないのだから。
「どうしてそんなに怒っているの清水くん? もしかしてあなたの中にいる“彼”になにか吹き込まれたのかな?」
「な、なんでそのことを。白宮ちゃん、君はやっぱり」
怒りを露わにしていた彼の態度が今度は警戒に変わる。ここは……ルーちゃんにお願いしたほうがいいかな。
私は彼女に入れ替わるようお願いし、事情を話してもらうことにする。
「こんばんわ清水録。いいえサンライル騎士団長兼、勇者アルの一番の親友──“ロク”とお呼びしたほうがいいかしら」
「そうか……やっぱり彼が言っていたことは本当だったんだな。頼んだぜ、もう一人のロク」
そういうと彼を纏う空気が少し変化したような気がした。これは舞ちゃんの家に行った時にアルさんがはじめてでてきた時の空気に似ている。
数秒の沈黙のあとに、清水くんの体をしたアルさんの親友が口を開く。
「魔王……ルシファーっ!」
しかしその言葉は清水くんと変わらず怒りと警戒が現れているようだった。
もしかしたら向こうの世界の人がいる人の中じゃ一番相性がいいのかもしれない、二人とも雰囲気とか言動とか似てるからね。っとそんな呑気なことを考えてる場合じゃないか。
「聞きたいことは山ほどあるが一つ答えろ。てめえなに企んでやがる」
「あら、一つと言わず全部答えてあげるわよ?」
──だって既に歯車は加速し始めているのだから。
仲良し作戦と称した俺たちの温泉旅行二日目。
昼間の観光が終わり旅館に戻ったあと、太陽が沈みかけたころに再び俺は旅館の外へと足を運んでいた。
考えてみれば今日の俺、実は歩いてばっかりじゃね? 朝は散歩、昼は観光、そして夕方は……
「おまたせー! それじゃあいこっか」
……女の子とデートと。現在の場所は旅館の前、そこにいるのはいまいちパッとしない無難な服装の俺と、それに対し浴衣に着替え気合充分の神宮。
普段は絶対に見ることができないレアコスチュームを拝めた特別感に嬉しさと気恥ずかしさが俺の心を占拠する。
日頃から友達でいるせいかこういった女性らしい衣装で来られると、思わず神宮舞という友達を女の子として意識してしまいそうになる。いかんいかん。
ともかくそれだけ魅力的な格好で神宮はデートにのぞんできたのだ。それに比べて俺ときたら……。
「お、おおう。ど、どこへ向かうんだっけ?」
「さっき話したのにもう忘れたの? 朝と同じ道でいいって言ってたじゃない」
「そ、そうだっけ」
このポンコツっぷりである。我ながら反省はしている。
にしても本当にこんなことでマリアを止めることができるのだろうか、いまさらだがデートするだけなら俺じゃなくて録の方がよほど適任なんじゃないか?
しかしもう後戻りはできないところまで来てるのでその考えはひとまず置いておこうと思う。
「それじゃあいきますか」
「うんっ! ちゃんとリードしてよねっ?」
「え? ああ、うん」
なんか今日の神宮はすこぶる上機嫌だ。いや観光中も楽しそうではあったのだが今はそれ以上に楽しそうに見える。
その理由はよく分からなかったが、きっとこのデートには彼女なりに特別な意味があるのだろう。
夕方ということもあってか観光客たちが続々とこちらに向かってくる。というより俺たちが逆走していると言った方が正しいのだろうか。
さすがにこの時間から出かける人は少ないからか随分とこっち側の歩く通路はすいていた。イメージとしては都内の通勤ラッシュで反対側の電車に乗っている気分だ。
だがそのせいで俺たちの姿は無駄に目立っていた。神宮の外面的なステータスが高いせいか主に男性観光客に睨まれた……気がした。
きっと「なんでこんな冴えない男が」とか「釣り合わないカップルだな」とか思われているに違いない。ただの被害妄想かもしれないが。
「今日の観光楽しかったね~! 前から行ってみたかったんだよね、九頭龍神社!」
しかしそんなこと全く気にしない様子ではしゃぐ彼女を見ていると、被害妄想をしていた自分がなんだか馬鹿らしく思えた。
そうだ、折角のデートなんだから余計なことは考えずに楽しまないとな。
「俺もきてよかったよ。特にあの神社は周りの自然が綺麗でよかったな」
「うんうん! ねえ有野はあの神社ってどういうところか知ってる?」
「ああ、確か恋愛の神様がいるんだよな。旅行の前にネットで調べた」
「そうそう! さっすが有野、そういうところはしっかりしてるよね~」
「おい、それどういう意味だよ」
「あ、怒った? ごめんごめん、あははっ」
「ったく」
散歩をしながらこうやって他愛もない会話を繰り返していく。それがすごく心地よくて懐かしい。
きっと最近慌ただしかったせいで神宮とこうやって接することが久々だったせいだろう。
「そういえば本当にこんなデートでいいのか? 散歩するだけなんて」
「んー? じゃあなんかいいデートプランが有野には立てられるわけ?」
「うっ、それは……」
「そうだと思ったんだよね~。だから今日はこれで充分だよ」
「そ、そっか。なんかごめんなろくなデートも出来なくて」
「ううん、むしろ私は感謝したいぐらいだよ」
「そうなのか? それまたどうして」
「それはね……」
答えをためて神宮が俺の目の前に立つ。しかも何故か上目遣いで。
「ないしょっ」
そして飛び切りの笑顔で回答を隠したのだった。
でもそんなことがどうでもよくなるぐらいその仕草は魅力的で、俺はそれに対してツッコミをいれることもできず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
しかも触ってもいないのに自分の頬の温度が上がっているような気がする。幻聴なのか心臓の音まで耳に響いているような気さえする。
「有野? 大丈夫?」
「えっ……あ、あぁ」
次の神宮の言葉でようやく自分を取り戻す。先ほどまでの状態を思い出しまた少し恥ずかしくなったが、まだマシだ。
「へんな有野。そんなに内緒にされたのが嫌だったの?」
「いやそうじゃなくて、お前が」
あんな可愛いことするから……なんて恥ずかしくて言えるわけがなく。俺はそのまま顔を伏せてしまった。
その俺の態度が不満だったのか、神宮の顔が少しムスッとする。
「ちょっと途中まで言ったなら最後まで言ってよ」
「お前もさっき一つ内緒にしただろ。お互い様だ」
「それとこれとは話が違うでしょ!?」
「と、とにかくこの話は終わりっ!」
「むぅー、なんか納得いかないな~」
なんとか回避することに成功した。
その後再びデートを再開し、その後は他愛もない話をしたり、笑いあったりして過ごしだいぶ時間も遅くなってきたのでそろそろ戻ろうと提案する。
「これ以上遅くなると二人とも心配するだろうしそろそろ戻るか」
「そうだね……ねえ有野」
「ん? まだ行きたいところがあるのか? だったらまだ少し時間もあるし……」
「そ、そうじゃないの! 帰りに……私のわがままを聞いてほしいの」
「お、おう? 俺に出来ることならなんでも」
「ほんと!? じゃ、じゃあ朝の帰りのこと覚えてる? 手を繋がないって」
「覚えているけど、もしかしてわがままって」
「うん、手を繋いで帰ってほしいの。今回は散歩じゃなくて、デートだから」
確かに前回は断ってしまったが、前回と違って神宮は真剣な表情で俺を見つめている。
憧れ……とかだろうか。確かに俺も“したことがない”ことに対して憧れを感じることがあるし、もしかしたら神宮は男子とこうやってデートみたいなことをしたかったのかも知れない。
でもこういうのは可能ならば本当に好きな人とするべきだと俺はアニメを見て学んできたつもりだ。
だから俺は最終確認をとることにする。これだけは聞いておかなくてはいけない気がした。たぶん俺の予想が正しければきっと……いるはずだ。
「本当に俺でいいのか? 俺を練習台にしていいのか?」
「どういう……意味?」
「神宮、お前好きな人がいるんじゃないか?」
そう今日だけでもいくつか違和感があったのだ。やたらとカップル気分を味わいたい理由。九頭龍神社に前から行きたかったと言っていたこと。そしてこのデートの意味……それはきっと。
「もしかして録のこと、好きなんじゃないか?」
俺は渾身のど真ん中ストレートをミットに目がけて投げ込む。直球勝負にうって出た。
「なんにも……分かってない」
「えっ?」
「ばかっ……ばか有野……ばかぁっ!」
しかしその球では三振は打ち取れず、あろうことか場外ホームランを叩き込まれてしまった。
先ほどと違ってかなり遠くまで来たため、俺たちの周りに誰にもいないのは不幸中の幸いだが、それでも神宮の怒号は止まることはない。
「なんで……なんであんたはいっつもそうなの……優しいくせに……お人好しなくせに……どうしてこういうことになると真っ先に輪から自分を外しちゃうのよ……」
「ごめん神宮、お前の言ってることが俺には分からないよ」
「っ! だったら教えてあげる! 私はね! あなたのことが好きなの! なのにっ! どうして気付いてくれないのよ!」
「……えっ?」
学園生活2年目、ゴールデンウィークが中盤に差し掛かったころ俺は生まれてはじめて女の子に告白をされた。
しかしそれは俺が想像していたものでは全くなくて、ただただ怒られながら告白をされてしまった。