Chapter13
「うーん、良い景色だね! 本当に晴れてよかったよ~」
朝食を食べ終わり、時刻は10時を過ぎた頃。一旦今日の予定を再確認するためこの部屋に4人で集合していた。
そして部屋に到着するなり白宮がこの部屋からの景色を見て嬉しそうにしていた。
俺も白宮に言われて気付いたのだが今日はすこぶる快晴だった。昨日霧で見えなかった景色も晴れたおかげで奥の方まで見えるようになり、遠くには富士山もある。
この旅館を選んだ良かったと俺はこの時心から思った。
「んで、今日はなにするんだ? 翔」
「おいおい、旅行前にそれはみんなで決めたじゃないか……」
感動に浸っていたところで録から質問が飛んでくる。そう予定の再確認はこいつの為にしたようなものなのだ。
ただ俺が言った通り旅行前に話し合ったはずなんだけどなあ。
もっとも最初は必要ないと思っていたのだが神宮が「一応しておいた方がいいよ、たぶん録は忘れてるから」と言っていたので念の為に行った結果がこれだ。これが幼なじみの力というやつなのだろうか。
「清水くん、今日はみんなで箱根観光しようって決めたの忘れちゃったの?」
「観光……あ、ああ! そういえばそんなこと翔の家で集まった時に決めてたな!」
「『決めてたな!』じゃないの! まったく録は本当に忘れっぽいよね」
そして女性陣から総攻撃を受ける録、なんて哀れなんだ。
まあそんなわけで本日は箱根を観光することになっている。旅行以外では滅多に訪れることもないと思うので、ここは目いっぱい堪能したいところだ。
ということでいざ出発。最初の目的地は箱根神社と九頭龍神社だ。
箱根神社は箱根観光をする際は必ず立ち寄りたいと言われるほどのパワースポットで健康運、出世運、恋愛運など様々なご利益があるらしい。
また神社の周りは多くの木々で囲まれており社の背景も緑でおおわれている為、写真もよく映える。
さらに箱根神社のすぐ隣に九頭龍神社新宮というものがあり、そこに境内から湧き出たご神水……龍神水と呼ばれているのだが、その水を飲むと恋愛運が良くなるらしい。なんでも九頭龍神社は恋愛の神様は祀っていることからだとか。
もっとも俺に九頭龍の方は無縁そうだが、神宮と白宮が揃って行きたいと言って聞かなかったので行く運びとなった。
まあ九頭龍の方が無縁でも、箱根神社には行ってみたかったので俺としてもまったく異論はなかった。だが……。
「き、きつい。なんなんだこの急な階段は」
「有野くん、ほらほら箱根神社はもうすぐだよ! はやくはやく!」
「ま、舞。少し待ってくれ。俺もう足が」
「なーに言ってるのよ録、まったく情けないな~」
バスに揺られ、湖に沿って歩いていきようやく到着。しかしここからがきつかった。
箱根神社の本殿へと向かう道。これがとてつもなく長く、とてつもなく急な石の階段なのだ。
しかしテンションの上がりきった女性陣はぐんぐん階段を進んでいくのに対し、俺たち男性陣はとっくに息切れを起こしていた。本当に女の人の底力は時折怖い。
それでもなんとか辿り着き、俺と録は夏前だと言うのに汗だくになっていた。スポーツ系の録ですらこれなのに、白宮と神宮は本殿につくなり疲れなんて感じさせないほど感動していた。
「わあ……すっごく綺麗だね。私、こういう神社にきたのは始めてかも」
「うん、なんかすごく神秘的な感じがするね。周りも緑に囲まれているし、見に来てよかったかも」
二人の言葉につられてダウンしていた俺と録も顔をあげる。
そこには本当に神秘的な神社はあった。基本的な構図は他と大差ない。本殿があったり、絵馬が飾られたり、お守りを授与してもらう社務所があったり。
だがこの神社の神秘的なところは別にあると俺は感じた。それは先にも述べた背景だった。
本当に緑で溢れているのだ。周りが木々で埋め尽くされているせいで本殿が一層映えているように見える。
例えるなら砂漠の中に見つけるオアシスのような神秘的な光景がそこにはあった。
「頑張って登った甲斐が……あったな」
「だな、写真でもみたけどここまでとは思わなかった」
結局つられて男性陣も感動していた。
本殿でお参りをした後、隣にある九頭龍神社新宮に向かった。
なぜ新宮なのかと言うと九頭龍神社の本殿は行く途中にあった芦ノ(あいの)湖の湖上に立っており、行くためには船を使わなくてはいけないのだ。
そこで箱根神社の隣に新宮を立てることによってお参りがしやすくなったという。
またさっきも言ったが恋愛運が上がることから若い女性には大変人気らしい。
「そういや翔の好きな人って結局誰なんだよ?」
そんなことを考えていたからか、録から本日二回目の同じ質問をされる。
本殿でお参りをしている白宮と神宮を待っているのでこの場には俺と録しかいない。
神宮の時と同じ答えを言おうとしたが、折角男同士なので俺からも聞いてみることにした。
「そういうお前は好きな人いないのか?」
「はあっ!?」
思わぬカウンターを喰らった録が大きく一歩下がった……なんて分かりやすいやつなんだ。
まあこいつは俺と違ってアニメは見るが基本はスポーツ系、がたいもいいしさぞかしモテるだろう。
しかしそんなこいつでも落とせない相手となると、一体誰なんだろうか。もしくは最近好きになったとか?
気になるしもう少し食い下がって聞いてみるか。
「録……そんな反応されたら誰でもいるって分かるから気をつけろよ? んで、誰なんだ?」
「誰って、教えるわけねえだろ。特にお前には」
「なんでだよ~。むしろ親友だからこそ教えるところじゃないのか?」
「親友だからこそ教えられない時だってあるんだよ」
「んーそういうもんなのか」
あまり録の言っていることはよく分からなかったが、まともに恋愛経験がない俺が反論してはいけないと思った。
録の好きな相手が……気になることは気になるが、こいつだって俺のことを親友だと思ってくれているんだ。そのうち話してくれる日が来るだろう。
ここで話が終わると思ったのだが、今度は録の方が食い下がってきた。
「もし俺がさ、白宮ちゃんが好きって言ったらどうするよ」
「えっ? そうなの!?」
「例えばだよ例えば」
「お、おうそうか。うーんそうだなあ……」
思わぬ問いかけに俺は少し動揺してしまった。する理由なんてないはずなのに。
今更だが録が白宮を白宮ちゃんと呼ぶようになったのは最近だ。確か4月の終わりぐらいだったかなあ。当時の俺は仲良くなったんだなぐらいにしか思っていなかったのだが、こんなことを問いかけるってことはもしかして……いやいやこいつだって例えばって言ってたし。って何を考えているんだ俺。仮に例えでも本当のことでも白宮がどうなろうと俺には関係ないはずだろ?
仮に白宮と録が付き合っても困るのはルシファーだろう。俺はなにも困らない。
しかしそれだけなのか? そもそもこんなに考えなくちゃいけないことなのか? なんでこんなに心がもやもやするんだ?
分からない。分からないことが多すぎて分からない。
「ごめん、録。俺には分からないよ。応援すればいいのかすら分からない。祝福してもいいのか分からない」
「わ、悪かったって。例えばだからな? 俺はお前から白宮ちゃん取ったりしねえよ」
「取ったりって白宮は俺のものじゃ……」
「あー! この話は終わりだ終わり! ほらそろそろ白宮ちゃんたちが帰ってくるぞ」
結局、白宮たちが帰ってきても俺の中の疑問は解決しなかった。
楽しいはずの旅行なのに自分勝手な自問で周りの雰囲気を暗くしているように見えた。
それがなんだか申し訳なくて余計にそのあと雰囲気を暗くしてしまった。
昼食を取った後、近くにあった芦ノ湖を見ることになった。
俺は半ば放心状態で向かい、4人で眺めていると突然白宮に声をかけられた。
「有野くん、ちょっと」
「えっ?」
そのまま腕を引っ張られて連れ去られてしまう。録と神宮の方を見ると録は申し訳なさそうな顔をしており、神宮はなんだか怒っているように見られた。
ちょっと歩いたとこのベンチに座らせられ、白宮が顔を近づけ俺を見てくる。それに対して普段の俺なら恥ずかしがるところを今日の俺は黙って見つめ返すことしか出来なかった。
「有野くん、今日の目的忘れてないよね? 舞ちゃんと私をもっと仲良くしてくれるって、楽しい思い出作るって。張り切ってたの有野くんだよね? でもどうしてそのきみがそんなにテンション低いのかな」
白宮の言うことはもっともだった。だけどその理由を白宮に喋る訳にはいかなかった。なによりその理由すらはっきりしていないのだから。
かと言ってこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないのも分かっていた。だったら俺がやることはもう一つしかないんじゃないだろうか。
「ごめん白宮、俺変なこと考えてた。でも、もう大丈夫だ。考えていたことは忘れて今は白宮と神宮のことを頑張るよ」
「え? 切り替え早いね有野くん?」
「いつまでも考えている訳にはいかないからな。切り替えないといけないことは分かってたし」
「そっか……それならよかったよ」
俺から言っておいてあれだが白宮の方もえらく聞き分けがいいと思った。正直なところもっと責められると思っていたのだが……。
まあ白宮なりに考えていることもあるのだろう。
「それじゃあ戻ろうぜ、みんな心配しているだろうし」
「あっ、ちょっと待って有野くん」
「なんだ?」
やっぱりまだ納得していないのだろうか? でもこうなってしまった以上俺に非があるしここは言われたことを聞き入れるしかない。
「今回の作戦で話しておかなくちゃいけないことがあるの」
と思ったのだが、どうやら考えていたことと違ったらしい。
不穏な空気はまだ終わってはいないらしかった。