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Chapter8

「いっそマリアさんに出てきてもらうのはどうかな?」


 神宮の号泣がおさまり、ようやくひと段落……というところで白宮がいきなりこんなことを言い出した。


「白宮、流石にそれは危険じゃないか? もし神宮の中のマリアが出てきたらなにされるか分からないぞ?」

「そ、そうだよ。何もしろみーがそこまで無理することないよ」


 俺と神宮はお互いに苦笑いする。確かに話し合いで解決できる相手なら俺も今すぐにでもそうしたい。

 しかし夢だけの印象で言ったら間違いなくマリアは話し合いなんて出来ないタイプだろう。

 それこそフィアーヌやロクであればその方法は十分にあり得るのだが。


「えー? そうかなー? マリアさん悪い人には見えなかったけど」

「ん? そもそも白宮はマリアのこと見たことあるのか?」

「うん、夢でしか見たことないけど」

「ねぇしろみー、その夢ってもしかして……」

「えっとね……私マンガの知識なんだけどなんか最終決戦って感じの夢。アルくん達とルーちゃんが戦ってる夢だよ」


 ──白宮がそう告げた瞬間、神宮が息を呑んだのを感じた。恐らくは神宮も同じくあの夢を見たのだろう。

 しかしこれは新しい発見だ。どうやらあの夢の人物がいる人間はほぼ間違いなくあの夢を見ている。残りのフィアーヌ、ロクが中にいる人間も少なくともこの夢を見ているということだ。


「そっか、しろみーも見たんだね。ってことは有野も?」

「ああ、もっとも俺の場合はまだ中から語りかけてくる声はないが、ルシファーによると俺の中にはアルがいるらしい」


 一体いつになったら勇者様は俺の中に現れるのだろう。白宮と神宮にはきてるのに俺ときたら……と言っても来たら俺も神宮のように喧嘩してしまうのだろうか。


「あははっ、似合わないね」

「うるせえ! そんなことは俺が一番よく分かってるわ!」

「ぜんぜん……って………せに」

「ごめん、よく聞き取れなかった。なんて言ったんだ?」

「なんでもない! 有野のばーかばーか!」


 なんとも理不尽な暴言を吐いた神宮だったが、顔はいくらかまし……というか笑っていた。ここ数日間、ずっと一人で悩んでいたんだろうな。

 まだ俺は中に誰かがいる、という感覚がこの二人のようにないので分からないが、もし言い合いになれば俺も神宮のようになる可能性があるわけだ。


「ふふっ、熱いねぇ二人とも。私を置いてイチャイチャしちゃってさ。そーろそろ白宮さん本題に入りたいんだけどなー?」

「こ、これは違くて!」

「はいはい、分かったから舞ちゃん。それで? マリアさん呼ぶの? 呼ばないの?」

「し、しろみぃ」


 相変わらず白宮の立ち位置は神宮より上みたいだな。なんか引っ越しの時にもこんな風景見たような。

 それはさておきどうしたものかな。マリアを呼ぶにしても間違いなく白宮に襲いかかってくるだろうし、やっぱり止めておいた方が……。


「そうだ! じゃあマリアさんが私に襲いかからないように、有野くんが抑えておくっていうのは?」

「はあっ!?」


 一体なにがどうして“じゃあ”なんだ白宮。確かに俺としてはその提案は万々歳だが、そんなこと神宮が許してくれるわけないだろう。

 神宮だって俺みたいなやつに触られたくないはず……。


「それしか方法がないなら仕方……ないよね、うん」


 あれ? なんか神宮さんそう言いつつ俺のことを真っ直ぐ見つめてるのはなぜ? ってかいいの? というか俺がおかしいの?


「はい! それじゃあ決まりー。ほらほら有野くん抑えてー」

「えっ、ちょっ」


 そんな脳内議論をしている間にその方向で可決してしまったらしい。というか本当にそれでいいのか神宮。

 しかしこうなってしまった以上俺も覚悟を決めるしかない。というか童貞ゆえに女の子に触れるというだけで罪を犯している気分になってしまう。


「じゃ、じゃあいくぞ」

「う、うん」


 俺は神宮の背後に回り彼女の両肩を手で抑える。自ずと自信の心拍数が上がっていくのを感じる。


「こ、こんな感じか」

「それじゃあすぐ逃げられちゃうよ有野くん! ほら脇の下に手を入れて腕を曲げるアレやって!」


 さすがに軽く抑えていたことはバレてしまったらしい。いやだってあんまり強く抑えたら……ねぇ?

 でも白宮のことも考えたらちゃんと抑えるのが吉か。


「こ、こうか?」

「ひゃっ」


 手を入れて軽く腕を曲げると神宮とは思えない声が聞こえた。かく言う俺もさっきと違ってある程度体を密着させている為、なんだか変な気分になる。

 しかも彼女の髪から発せられる柑橘系の匂い、それに加えて近づきすぎているせいで彼女の横顔が間近で見えるのだが、やはりこれだけ近くで見ても肌は白いし、輪郭も整っている。

 普段あまり意識してないからか、神宮の女の子らしい部分に余計緊張してしまう。

「そんなに顔……見つめないでよ」

「す、すまん!」


 慌てて視線を逸らすとそこにはパジャマから女の子らしい健康的な胸がそこにはあった。……ギリギリEはありそうだな。

 そんなことを冷静に分析していると当然のように俺は頭突きをもらった。どうして視線を逸らした時、俺は下を向いてしまったのか、恐らくは本能だろう。


「だからと言って胸を見るなー!」

「いって! わかった! 目を瞑る! 目を瞑るから!」

「だめ、目は開けて」

「なんでだよ!」


 それじゃあ俺はどこを見てればいいんだ!

 俺もめちゃくちゃだが神宮もめちゃくちゃだった。


「ふふっ熱いねぇ二人とも。でもね、そろそろ夫婦漫才はおいといて始めないかな?」

「「は、はい……」」


 そんな中でも白宮だけはまともだった。こいつ最初はおバカキャラかと思っていたが実はしっかりしてるのだろうか。

 ともかく、ここからは集中しなくてはならない。実際、なにがあってもおかしくない。


「それじゃあいくよ」


 神宮の合図で俺と白宮は頷く。今の状況は俺が神宮の体を抑えており、そこから五歩程度離れたところに白宮が待機している。

 しかし、数十秒たっても特に変化がない。


「あれ、おかしいな。なんで出てこないんだろう」

「マリアがいないのか?」

「そうみたい。有野、一回離れてもらっていいかな」

「ん? ああ、わかった」


 俺が神宮を放すと、彼女は一息つき、フッと笑った。そして……ものすごい勢いで白宮の方に突進していった。

 ──気付かなかった。既に彼女は神宮舞ではなかったのだ。

 気付いたところでもう遅いかも知れない。でもせめて声だけでも!


「白宮! 避けろ!」

「くたばれぇ! ルシファー!」


 何が起きたか理解するまで数秒かかった。神宮……マリアが右手を上げたときはもうだめかと思った。しかし彼女はそのまま地面に手を当て、呪文のようなものを早口……いわゆる高速詠唱をしていた。

 しかし呪文を唱え終わった彼女の前になにかが出現するわけもなく。


「あ、あれ? なんで? どうして柱が出現しないの」

「この世界は魔法なんて使えないわよ。もちろん召喚等の類もね」


 いつの間にか入れ替わっていたルシファーが理由を説明する。

 なるほど、マリアは魔法でルシファーを攻撃しようとしたがこの世界では使えない。つまり傍から見たらただ手を当て、よく分からない呪文を唱えただけの人になってしまったわけだ。

 

「そんなの聞いてないわよ! というかルシファー、そんなこと言ったらあなたも使えないはずよね?」

「まあ、そうなるわね」

「だったらまだチャンスはある、武器になりそうなもの……これね」


 一度は意気消沈していたマリアだったが状況を理解し再び攻撃を仕掛けようとする。

 カチカチと音を立て武器をルシファーに向け……ってあれ、カッターじゃねえか。冗談抜きでマズいぞこれ。


「あははっ! 敵に情報を与えるなんてあんたも馬鹿ね、今度こそくたばりなさい!」

「ルシファー!」


 咄嗟に俺は声をだす。これは今度こそまずい、絶体絶命だ。やっぱりマリアを神宮から出すのは危険だったんだ。

 マリアは良いやつかも知れないが、それは味方の時だけ。敵のことは恐らく徹底的に叩くタイプなのだろう。そんなやつを二度も見逃してしまった俺のミスだ。

 どうするどうする……考えている時間は最早ない。俺ができる最善のことはなんだ。俺が出来ることは。

 少なくとも諦めるわけにはいかない。白宮だって危険を承知でマリアを説得することを提案したんだ。だったらそれに応える他ない。俺はマリアに意識を集中させる。


 ──彼女を助けたいか?──


 頭の中で声が聞こえた。俺はその主に向かって同様に頭の中で答える。

 ああ、助けたい。


 ──ならば……俺に任せろ──


 そうか、このタイミングで彼が来たのか……だったら頼むしかないな。

 任せたぜ“勇者様”


 頭の中の会話は時が止まっていたかのように進む。

 そして俺は……彼にすべてを託した。


「そこまでにしろ、マリア」


 俺とは思えない低い声が俺の口から発せられていた。そして気付けば俺の体は白宮(ルシファー)をかばい、神宮(マリア)が突き出したカッターを右手で止めており、赤い液体がぽたぽたと垂れていく。

 なにを言っているか分からないかも知れないが実際にそういう感覚なのだ。


「ど、どうしてあなたがここに……」


 すごく不思議な気分だ。視覚と聴覚の情報は入ってきてるのに、俺の意志で体は動いてない。

 というかこれ大丈夫なのか、今右手が痛いという感覚はないが体が戻ったら激痛が待ってそうだ。

 でもこれで白宮を助けられたと思えば安いものだろう。


「マリア、久しぶりだな」


 かくしてついに俺の中の勇者が目覚めたのだった。

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