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愛を求め鳥は泣く  作者: よろず
本編
9/50

九. 柔らかな檻3

 朝食を食べ終えてしばらくすると、また誰かが来た。仕事部屋の掃除に取り掛かっていた私は、口と鼻を覆っていた布を下げて返事をする。今度の訪問者は男性のようだ。扉を開けようとしたみたいだが鍵を掛けてある為叶わない。グレアムさんの言いつけで、廊下に続く扉は常に施錠してある。アイシャさんはこの部屋の鍵を持っていたようだけれど、この男性は持っていないのかもしれない。


「グレアム開けろ! 篭るな出て来い!」


 お怒りのようだ。私は寝室へ向かい、ソファで本を読んでいるグレアムさんを呼びに行く。


「グレアムさん、どなたかいらして怒鳴っています」

「開けなくていい」

「いいんですか?」

「いい。会いたくない」

「そうですか」


 グレアムさんがそう言うのなら私は無視して掃除をするしかない。よっぽど嫌な相手なのか、グレアムさんは顔を顰めている。


「チカ」

「はい?」


 掃除に戻ろうとしたら呼び止められた。振り向いた私をじっと見て、グレアムさんは私への命令を更新する。


「アイシャ以外の訪問は扉を開ける必要はない。必要な時以外は部屋の外に行くな。誰かに話し掛けられても、男なら無視をしろ」

「それは……厨房は男性ばかりでしたから難しいですね。極力話さないよう、努力はしてみます」


 拗ねた子供のような表情を浮かべたグレアムさんが可愛くて、私は小さく声を立てて笑った。引きこもる事も得意だし、他人との会話が好きじゃない私には難しい事ではないと思う。


「何故男性限定なんですか?」


 私が余計な事を話してしまうのを案じているのなら、誰とも話すなの方が納得出来る。


「……不快だからだ」

「それは、ヤキモチですか?」


 半分冗談。半分は願い。

 私の言葉に、グレアムさんは顔を顰めた変な顔になる。照れたという事は図星だろうか。心が浮き立つような気分で私は、仕事部屋の掃除へ戻る。

 廊下の外で怒鳴っていた男性は、しばらくすると諦めて去って行った。


 *


 昼食の片付けも終わってお茶を二人で飲んだ後、グレアムさんは私を抱き締めてまた駄々っ子になった。仕事に行かないといけないけれど行きたくないんだそうだ。こんなに嫌そうにするなんて、一体どんな仕事なんだろう。


「森の中から人を引っ張り出すから何かと思えば、やはり厄介ごとだった」


 私の肩口に顔を埋めてグレアムさんは愚痴っている。服装は、今回は正装ではなくいつもの服装の質が良い版。シャツは真新しい物で触り心地が良くて、スラックスも折り目がピンとしている。私の好きな薬草の香りが薄れてしまっているのが残念だ。


「そもそも俺は、他人と関わるのが嫌であそこを仕事場にしたというのに」


 会いたくない面倒臭い人達にも会わないといけないのが嫌なんだと言う。私も他人と関わるのが嫌いだから、グレアムさんの気持ちがよくわかる。


「貴族の女は香水臭い。すぐに品を作る。賢者とか呼ばれるのも煩わしい。チカと森の中へ帰りたい」

「……私も、あなたと帰りたいです」

「チカ……明日から紅は無しにしてくれ…………」


 よっぽど紅が移るのが嫌なようだ。口付けが出来ない代わりなのか、グレアムさんの手が不埒な動きを始めてしまう。


「グレアムさん、私は今埃だらけです。それに時間は大丈夫ですか?」


 うぐぅ、とグレアムさんの口から聞いた事の無い音が出た。それがおかしくて私が笑うと、グレアムさんは諦めたように短く息を吐く。


「今晩も、待っているか?」

「はい。お待ちしています」

「ならば、それを支えに頑張って来る」


 柔らかく目を細め、グレアムさんは私から離れて部屋を出て行く。私も彼の言葉を支えにして、離れている時間を過ごす事にした。


 *


 仕事部屋の掃除は日が暮れる前に区切りを付けて、私はゴミを捨てに部屋の外へ出た。朝は必ず部屋から出ないといけない為ゴミ捨ては食材を取りに行く前にしようとも思ったけれど、思いの外捨てる物が多く出て一回では持ちきれない。ゴミ捨て場までの道では騎士しか見掛けなかったけれど、ゴミ捨て場には下働きらしき人達が数人たむろしていた。無難にこんばんはと挨拶をして、私は前を通り過ぎる。


「ねぇあなた、見ない顔ね?」


 話し掛けて来たのは女の人。ならば問題無いだろうと判断して、私は淡く微笑み返事をする。


(あるじ)の付き添いでしばらく滞在致します」


 よろしくお願いしますと頭を下げて、私はさっさと立ち去る事にした。名前を聞かれてもいないし、自己紹介する必要は無いだろう。そもそも私は滅多にあの部屋から出る気はない。相手も私にそれ以上の興味が湧かなかったのか、特に突っ込まれもしなかった。だけれど、私がゴミ捨て場から少し離れた所で驚きの声と賢者様という言葉が聞こえた。もしかしたら私がグレアムさんといる所を見た人がいたのかもしれない。変に興味を持たれて話し掛けられるのも面倒だったので、私は小走りで部屋への道を急いだ。


「おじょーうさん」

「ひぁっ」


 薄暗がりからにゅっと伸びて来た手に腕を掴まれた。突然の事に驚いて変な声が出た上に腰が抜けてしまった。地面に座り込みそうになった私を、腕を掴んでいる手が支えてくれる。


「……声を掛けるのなら、普通にお願いします」


 どくどく音を立てている胸元をおさえ、私は犯人であるカーラットさんを睨んだ。騎士の制服を着崩した彼は悪びれる様子もなく笑っている。


「すまん。あの部屋に籠られるとどうしようもなくなるから焦っちまった。お嬢さん、ちょっと良いか?」


 自分の足で立ち上がったのに腕は掴まれたまま。逃がしてくれる気の無い様子に私は眉を顰めた。


「申し訳ありませんが男性と話すなと言われています。放して下さい」

「へー、あいつ束縛野郎だったんだ? 大丈夫だって。あいつはまだ戻らないからバレない。酒は好きか? それとも甘い物が良いか?」


 まるで幼女を誘拐しようとしている変質者のようだ。体格の良い彼にかかれば今の私など簡単に誘拐出来てしまいそうで怖い。痩せてしまった事が悔やまれる。


「お酒だけ下さい」


 最近酒を飲んでいない。拘束されていない方の掌を差し出してみるとカーラットさんは一瞬固まり、すぐに声を立てて笑い始めた。


「良い性格してんじゃねぇか。酒はついて来たら好きなだけ飲ませてやる」

「よく知りもしない方とお酒を飲む趣味はありません」

「なんだって? 森からここまで共に旅した仲じゃねぇか」

「ほとんどお話していないので、知り合えていないと思います」

「そりゃあグレアムの所為だ。あいつのガードが固過ぎる」


 話しながらも腕を掴む手が緩まないだろうかと窺うが、相手は騎士。対象を逃がすヘマはしてくれないみたいだ。私は諦めの溜息を吐いた。


「グレアムさんが不快に思う事をしたくありません。ですが逃がしてはくれないようですね?」

「まだ若いんだ。新しい人間と知り合うのも人生経験だぜ?」

「特に知り合いたいとは思いませんが、ご用件はなんでしょう?」


 さっきから、カーラットさんの視線が私の胸元に注がれている。ティグルの所為だ。ゴミ捨てに出る時に入れろと鼻先でしつこく突つく物だからシャツの中に入れた。上手い具合に胸の谷間に挟まって眠っていたはずなのに、カーラットさんの声に反応して出せと暴れている。このままだとボタンを飛ばされそうだった為、私は首元のボタンを一つ外した。


「げっ。なんて所に入ってやがんだ」


 ティグルの顔を見た途端、カーラットさんの手が私から離れて万歳のポーズを取った。ナイスティグル。


「男性に腕を掴まれたまま話すのは恐怖です。それで? 私になんのご用でしょう」


 掴まれていた腕を摩って私は文句を言う。本当に、ちょっと怖かったのだ。


「すまん。陛下が会いたがってる。俺もあんたと話をしたかったんだが、グレアムがあの部屋に結界張りやがって許可された人間じゃなけりゃ入れなくなってんだ」


 結界……私は全くなんにも感じなかった。魔力がない所為だろう。


「……私があなた達と話す事で、グレアムさんへ不利益はありますか?」

「ないね。強いて挙げるなら妬くぐらいか? 俺も陛下もただの興味だ。偏屈なあいつが懐に入れた女がどんな人間か、興味がある」


 どうしようティグル……と見下ろせば、ティグルが頬に擦り寄って来た。大丈夫だよと言われた気分になる。それに、カーラットさんは「陛下」と言った。王様のお誘いを無下にする方が怖いような気がして、私はついて行く事を決めた。

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