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愛を求め鳥は泣く  作者: よろず
本編
6/50

六. 旅2

 グレアムさんは朝が苦手だ。私も朝は得意ではないけれど、レアンディールに来てからの生活で朝型に改善されている。それに昨夜は早く寝た上にぐっすり快眠だった。

 パチリと目が覚めて、ベッドの上で伸びをする。隣のベッドを見て、グレアムさんが眠っている事を確認した。身支度を整えてからグレアムさんをもう一度確認。お酒臭い。大分飲んだみたいだ。荷物を探って道具と材料を出して、二日酔いに効く薬湯を作る事にする。宿の台所を借りられないだろうかと交渉する為部屋を出た。

 宿屋の女将さんは良い人だった。昨夜のグレアムさんとカーラットさんの飲みっぷりも知っていて、教えてくれた。話を聞いて、念の為二人分の薬湯を作って部屋へ戻る。グレアムさんのもとへ戻る前に、私は騎士達の部屋の扉を叩いた。


「賢者様のお弟子殿」


 なんだか呼び方が大袈裟な気がする。

 ドアを開けてくれたのはヤンチャっぽい見た目のヒアロくん。もう騎士の制服を着て、身形は整っている。だけど部屋の奥に見えたカーラットさんは、呻いていた。


「これ、良かったら。二日酔いに効きます」

「助かります。団長、昨夜はどうやら飲み過ぎたようで……」


 ヒアロくんは頬を掻いて苦笑している。私は仕事用の微笑みで薬湯を渡してからすぐにグレアムさんのもとへと帰った。

 グレアムさんはまだ眠っている。ベッド脇のテーブルにカップを置いて、私はグレアムさんを起こす。そういえば、彼の寝顔を見て彼を起こすだなんて初めての体験だ。森の家では寝る部屋が別々で、グレアムさんは自分のペースで寝て、自分のペースで起きて来ていた。起こさないといけない理由もなかった。


「グレアムさん、起きて下さい。薬湯を作りました」


 二、三度軽く揺するとグレアムさんが呻いた。馬だけど、これは飲酒運転にならないのかな? 心配になる。


「グレアムさん。グレアムさん」


 何度も名前を呼んでいたら、うっすら瞼が持ち上がる。

―――その調子だ、起きるんだ! 心の中で応援して、私は楽しくなって来た。ふにりと頬を摘まんでみる。生えかけの髭がチクチクするけれど、彼の頬は柔らかい。


「チカ………」

「はい。目が覚めましたか?」

「……何故抓る」

「力は入れていません。痛かったですか?」

「もっと可愛く起こせ」


 どうすれば可愛い起こし方になるんだろうか。よくわからない。

 薬湯を差し出すとグレアムさんは体を起こして、眉間に皺を寄せたまま啜る。


「まずいですか?」

「…………まずい」

「失敗していますか?」

「いや、ちゃんと出来ている」


 ほっとして微笑んだら、抱き寄せられた。


「……お酒臭いです」


 ベッドの上へ乗り上げるようにして座って、私の額はグレアムさんの肩に触れている。いつもの薬草の香りがお酒の匂いに負けてしまっていて残念だ。


「飲み過ぎた……」

「そうみたいですね」

「お前の所為だ」

「濡れ衣です」


 くすくす笑う私の髪をグレアムさんが優しく撫でてくれた。嬉しくて、心地よくて、私は目を閉じる。

 グレアムさんは、黙って薬湯を啜る。飲み終わった気配を感じ取って、私は目を開けカップを受け取った。


「朝食はどうしますか?」

「……共に食堂へ行く」


 食堂へ行く時にカップを返す事にして、身支度を整えるグレアムさんの側で私は荷物を纏める。準備を終えて食堂へ下りると、騎士達は三人とも既にいた。カーラットさんだけが辛そうだ。


「おはようございます。出発は遅らせますか?」

「予定通り、飯を食ったら出る。お嬢さん、薬湯をありがとな」


 お嬢さんと呼ばれる年齢ではないけれど、私は黙って微笑んでおく。多分カーラットさんとそんなに変わらないと思うんだけどな。男物の服ですっぴんだし、子供っぽく見えるのかもしれない。おばさんと勘違いされるより全然良い。

 グレアムさんがいると、若い騎士二人は私に話し掛けづらいようだ。平気で話し掛けてきそうなカーラットさんがダウンしている為に、朝食は静かに終わった。

 薬湯が効いたのか代謝が良いのか、グレアムさんとカーラットさんは馬に乗る時には調子を取り戻したみたい。私は今日も、グレアムさんの腕に包まれ馬に揺られる。ティグルは私の服の中。蛇っぽいから少しの寒さも嫌なんだと思う。

 二日目で少し慣れて来た私は、グレアムさんに質問をしてみた。馬の翼が気になったのだ。


「飛べるが長距離は無理だ。しかも荷と人を乗せた状態では地を行く方が安全だ」


 飾りではないみたいだけど短距離移動用みたい。飛んでみたいなと呟いたら、王都に着いたら飛ばせてくれると約束してくれた。王都での楽しみが出来た。

 その後はまた、無言で進む。ぽつぽつと会話はする。内容は、見える景色の事、薬草の事、この世界の事。


「王都に行ったら、私のような落ち人に会えますか?」


 答えが返って来なくて見上げてみると、グレアムさんの眉間には皺が寄っている。


「本来なら、頻繁に落ちて来る訳でも、纏まった地域に落ちて来る訳でもない」

「それなら私は、落ち人だと他人に知られない方が良いんですか?」

「そうだな。黙っておけ」


 落ち人の中には特殊な能力を持った人間とかもいるらしい。私には何もない。凡人だ。


「私が何も出来なくて、がっかりしましたか?」


 自分の無能っぷりに不安になって聞いてみたら、頭の上で柔らかに笑う気配がした。


「落ち人だと気が付いて、期待はした」

「……そうですか。すみません」


 グレアムさんはもしかしたら、私が落ち人だったから助けてくれたのかもしれない。何かの役に立つと思ったのかも。


「ティグルは俺以外には懐かない」

「え? そうなんですか?」


 私は首を傾げる。話題に上がったティグルは今、私の服の中で眠っている。出会った当初からティグルは私に優しくて、人懐こい動物なんだと思っていた。でももしそれが「私だから」ならとっても嬉しい。顔が緩んでしまう。


「ティグル、大好き」


 きゅうっと抱き締めたら何故か、グレアムさんにティグルを没収されてしまった。



 ***



 グレアムさんと同室は最初の日だけで、王都に着くまでの残り四日は全て一人部屋だった。ティグルは一緒だったけれど。

 カーラットさんがニヤニヤしていてグレアムさんが不機嫌だったから、多分カーラットさんの仕業だ。しかも二人が毎日同室だった。実は仲良しみたいで妬ける。カーラットさんとグレアムさんはどうやら幼馴染らしい。カーラットさんも貴族で、王様ともお友達だって。王様はどんな人かってグレアムさんに聞いてみたら、珍しく柔らかい表情で、出来た奴だと褒めていた。

 王都に着いたのは、太陽が傾き始めた頃だった。

 東京みたいな都会ではなくて、外国のレトロな感じの都会。高層ビルみたいな物はなくて、車も走っていない。人も建物もたくさんで、だけど綺麗に整っている。道行く人の身形も綺麗で、男物を纏った埃だらけの自分が恥ずかしくなった。

 私達は、目抜き通りを通って真っ直ぐ王城へと向かった。

 私も一緒で良いのか不安だったけれど、門番の人には話が通っていたのかあっさり通してもらえてほっとした。出迎えは特になくて、カーラットさん達とは途中で別れた。グレアムさんの手で馬から下ろされた私は、荷物を手にグレアムさんの先導で城の中を歩く。辿り着いた一室は、扉を開けてすぐにグレアムさんの部屋だとわかった。


「長い事空けていたが、仕事部屋以外は整っているはずだ」


 グレアムさんの言った通り、奥にあった寝室は綺麗だった。手前の仕事部屋はぐっちゃりで、森の家で初めて入った仕事部屋を思い出して懐かしくなる。


「お前は俺の弟子という事にしてあるから、ここで共に寝起きをする。炊事場もあるから料理も出来る」

「仕事部屋は、どうしますか?」

「掃除を頼めるか?」

「わかりました」


 グレアムさんの仕事部屋は無闇に整理してはダメ。だから彼は、他人に触られるのが嫌いみたい。だけど私は彼の仕事部屋の掃除方法を心得ている。明日からの私の仕事は、グレアムさんの仕事部屋の掃除になりそうだ。

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