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愛を求め鳥は泣く  作者: よろず
本編
5/50

五. 旅1

 何故だろう。私の側にはどうやら、番犬が二匹いるらしい。

 一匹は、犬ではないけれどティグル。ずっと私の服の胸元にいて、時折顔を覗かせる。たまに伸びてくるグレアムさんの手からするする逃げて、私の体がくすぐられて困る。ティグルを追い掛けて、グレアムさんの手も私の体を撫でる。恥ずかしいし、心臓が痛くなってしまうからやめてもらいたい。

 もう一匹も犬ではないけれど、グレアムさん。何故かよく、カーラットさんを威嚇している。二人はあんまり仲が良くないのかもしれない。

 あの居心地の良い森を出てもうすぐ一日が経とうとしているのに、私は未だ旅の連れである騎士の三人とは会話が出来ていない。最初に挨拶しただけで休憩の時にも話せていない。特に話したいとも思わないのが原因の可能性もあるけれど、一番の原因はグレアムさんだと思う。私はすっぽりグレアムさんのマントの中に隠されてしまう。移動中も、休憩の時も、ずっとグレアムさんが側にいてくれた。

 なんだろう。これも文化の違いかな。女の人は顔を晒してはいけない文化とか……? いや、街道ですれ違った女性は普通に歩いていた。


「グレアムよぅ……お前がそんなんなるとは知らなかった」


 日が暮れて、宿をとる町に入った。

 私を抱いて降ろしてから馬を繋いでいるグレアムさんにカーラットさんが呆れた溜息を吐く。カーラットさんの視線がチラリと私へ向けられ、私は曖昧な笑みを浮かべた。カーラットさんが太い腕をグレアムさんの首に巻き付け内緒話。聞いたらいけない雰囲気を感じ取って、私は少し離れる事にした。


「えーっと、チカ、殿?」


 若い騎士の片方に話し掛けられた。灰色の瞳はグレアムさんより少し濃くて目がクリクリと大きい。肌がツヤツヤ若々しいから、きっとまだ二十代前半か十代後半くらいの若者だ。


「貴女が賢者様の弟子だというのは本当ですか?」


 賢者様……? 文脈からするとそれは多分、グレアムさんの事だ。なんと答えるのが正解かなんと答えたらまずいのか、私にはわからない。道中は舌を噛むのが怖くて無言だった。特に注意すべき事は聞かされていない。そういえば一つだけ、俺から離れるなと言われていたけれど、もう離れてしまった後だ。


「あ、あのっ、不躾な質問でしたら申し訳御座いません! 賢者様は弟子をとらない事で有名だった為気になってしまいまして……」


 頭の中で色々考えていた私の表情をどう受け取ったのか、若い騎士は慌てている。私はただ笑顔をキープしていただけなんだけどな。


「ディードさん、でしたよね? 立派なのは師匠であって私ではないのでどうぞ私には普通にして下さい」


 若い騎士はディードとヒアロ。朝の挨拶の時、クリクリお目々がディードでヤンチャそうなのがヒアロって覚えた。


「で、ですが……」


 もしかしたら「賢者の弟子」も立派なのかもしれない。でも私は偽の弟子だ。薬学は教わっているけれど。


「なら僕の事も呼び捨てにして下さい。言葉遣いは……仕事中ですのでご容赦を」

「わかりました」


 いきなり呼び捨てはハードルが高い。微笑んで頷きはしたけれど、きっと私は彼の名前を呼ばないと思う。余計な事を言ったなと後悔した。


「それで、あの、賢者様にはどのような事を習っておいでですか?」

「……私には魔力がないので薬草の事を。後は彼が持っている本を読ませてもらっています」

「本は一体どのような物を?」


 ディードくんの瞳がキラキラ輝いている。グレアムさんって、凄い人だったんだな。


「色々です」


 私が借りて読むのはこの世界についての本。だけど最近は薬草の本ばかりだ。この世界の事を知るべきだけれどグレアムさんが教えてくれる薬草の事の方が楽しくて、どうしてもそちらばかりを読んでしまう。


「そうですよね、簡単には話せませんよね、すみません。僕、賢者様にお会い出来るこの任務にワクワクしていたんです。ご本人には恐れ多くて話しかけられず、チカさんがお一人だったのでつい話し掛けてしまいました」


 どうしよう。面倒臭がったら勘違いされてしまった。でももしかしたらグレアムさんから習っている薬草の事は門外不出だったりする可能性もある。グレアムさんに確認するまで、このままでいいか。

 ディードくんの滑らかな口は、グレアムさんを褒め称え続ける。どうやらギリリアンという国がグレアムさん達の国で、この町や森もその領地みたい。グレアムさんはギリリアンの貴族で王様の幼馴染。更に、魔術師の中でも歴代最高最強の力を持つ存在で、賢者と呼ばれるのはグレアムさんだけなんだって。よくわからないけどとっても凄いって事はわかった。彼は掃除も料理も苦手だけれど、それは自分でする必要がない身分の人だったからなんだ。でも……そんな凄い人が、どうして森の中で一人きりで生活をしていたんだろう?


「チカ」


 甘く響く低音が、私を呼んだ。

 振り向いたら、眉間に深い皺を刻んだグレアムさんとなんだか楽しそうなカーラットさん、その後ろにはもう一人の若い騎士のヒアロくんが不満そうな表情を浮かべて立っている。


「何を話していた?」


 足音をたてない素早い身のこなしで目の前にやって来て、グレアムさんは着ていたマントの中へ私を隠した。柔らかな暗がりの中視線を上げ、布の隙間から見えた彼の顔はとっても不機嫌そう。


「彼がグレアムさんの事をどれだけ尊敬しているのかという話を聞いていました」

「……離れるなと言っただろう」

「ごめんなさい。聞いてはいけない話かと思いました」


 唇を引き結びグレアムさんが黙り込む。図星のようだ。


「……グレアムさん。私は、隠れていないと何か不都合があるのでしょうか? 私の容姿は、この世界では何か特殊なんですか?」


 マントの中へ隠された理由を小声で問うと、グレアムさんは変な顔をした。何故今照れるのだろうか。


「本当は、あの家にずっと閉じ込めておきたかったからだ」


 とても小さな声で聞き取りづらかったけれど、微かに聞こえた言葉に私は首を傾げる。


「グレアム。宿へ行くぞ」


 カーラットさんに促されて歩き出す。歩きながらグレアムさんは、私のような容姿の人間は他の国にいるから特殊ではないと教えてくれた。この国にも、移り住んだ人で私のような容姿の人間はいるらしい。もっと色々聞きたかったけれど宿はすぐそこだった。だけど部屋割りのお陰で、私はグレアムさんから話を聞けるチャンスを得た。


「すまない。一人部屋に空きが無かった」

「構いません」


 騎士の三人は別の部屋。私とグレアムさんは同じ部屋。先に湯を使って良いと言われ、私は部屋についている浴室へ向かう。グレアムさんがあの家で改造してくれたように、魔力のない人間でも使えるようになっていたから私でも問題無く使用出来た。私が風呂から出るとグレアムさんが交代で浴室へ向かう。

 自分にあてがわれたベッドへ座り、私は持って来ていた本を開いた。


「チカ。明日も早い上に移動が長い」

「はい。でも、グレアムさんを待っていました」


 濡れた髪の水滴を拭うグレアムさんは色っぽい。なんだか目のやり場に困って視線を逸らしたら、私のいるベッドの端へ腰掛けたグレアムさんが私の髪に触れる。ふわり温かな風を感じると、濡れたままだった私の髪は乾いていた。


「ありがとうございます」


 魔法って便利。私も使えたら良いのに。

 自分の髪もグレアムさんは魔法で乾かした。長い白金の髪がランプの光を受け輝いて見える。うっとり見惚れていたら、目元にグレアムさんの唇が触れた。


「今日のお前は、最初の頃のような愛想笑いばかりだったな」


 頬を撫でられ、見上げた先のグレアムさんは柔らかな表情を浮かべている。


「……ごめんなさい」

「謝る必要はない。だが、無理に笑う必要もない」


 ふにりと頬を摘ままれた。

 なんだか、グレアムさんが嬉しそうな気がする。


「俺にだけは自然な笑顔。他の男には見せたくない。隠したくなった」


 内心で首を捻ってから、思い至る。宿に入る前の、マントの中へ隠された理由だ。

 途端に恥ずかしくなって、顔に熱が集まるのがわかった。


「その顔も、俺だけにしてくれ」


 この人は……普段は無愛想なのに、甘い声でとんでもないことを囁く。私の耳へ毒を流し込み、私の心を絡め取る。


「はい。あなたにだけです」


 勘違いかもしれない。でも、そうじゃないのかもしれない。

 唇が塞がれて、そっと押し倒された。彼のこの行動の意味が、私の想いと同じなら良い。


「おーい、グレアム。出て来い」


 口付けが深く熱くなる直前、カーラットさんの声がグレアムさんを呼んだ。扉が叩かれて、グレアムさんは無言で怒ってる。


「お前だけなんて許さん。酒を飲むぞ、来い。来なければ無理矢理鍵を開ける」


 脅しだ。


「すまないチカ。先に寝ていろ」


 押し倒された体勢のままでいる私の体へ毛布を掛け、起き上がったグレアムさんは額にキスをくれた。私の頭を撫でてから、不機嫌な彼は部屋を出て行く。

 私もお酒は好きなのに、置いて行かれてしまった。だけど慣れない動物に乗っての移動と久しぶりの他人との接触で私の体力はかなり消耗している。目を閉じればすぐに眠気に襲われて、グレアムさんがいつ戻って来たのか気が付けない程ぐっすりと、私は眠った。

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