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愛を求め鳥は泣く  作者: よろず
本編
43/50

四十三. 鳥籠の森2

 グレアムさんの温もりと香りに包まれて目覚めた私は、ぎゅうっと彼に抱き付いた。手を伸ばして髪を撫で、首を伸ばして薄い唇を啄ばむ。目を覚ましたらしきグレアムさんに舌を絡め取られ、息を奪われるような深い口付けを交わして見つめ合った私達は、とろりと笑った。


「……おはようございます。グレアムさん」

「…………おはよう、チカ。……夢のようだ」

「私もです」


 しばらく甘くて深い口付けを交わし合ってから、私達は身支度をする為にベッドから抜け出す。今日は城下で食事をとって、それからまた移動だ。私は着慣れた服を纏い、化粧を終えて鏡を見る。首元で輝く青に、頬が緩んだ。

 見送りをしてくれた友人達に礼を告げ、またすぐに顔を出すと約束をした私とグレアムさんは寄り添い合って歩く。目抜き通りを馬を引いて歩き、目に付いた店へ入り食事をした。


「……少し、待っていろ」


 私を残し、グレアムさんがふらりと消えた。私はティグルとのんびり、お茶を飲みながら待つ。しばらくしてから戻って来たグレアムさんは照れた時の変な顔をしていて、抱えていたものをテーブルの上にどさりと置いた。


「……覚えて、いたんですか?」

「食べたかったかと、思った」

「多いですね」


 私の目の前には大量のお菓子。種類も様々で、二人では食べ切れそうにない。


「……好きな物を取って食べたら、神官達への土産にでもすれば良い」

「はい。ありがとうございます」


 幸せな気持ちで微笑んで、私はグレアムさんの頬へ口付ける。少し移ってしまった紅は親指で拭った。

 焼き菓子を一つ手に取り、齧る。ほろり崩れる甘さは、これは繁盛するなと納得出来る味。グレアムさんの口元に差し出せば、耳を赤くした彼は口を開けて食べてくれた。なんて可愛い人だろう。


「そういえば、あなたのファンの騎士を見掛けなくなりました」


 一時期よく見掛けていた騎士の青年。彼がこの菓子をくれた時の事を思い出して口にすると、グレアムさんが眉間に皺を寄せた。


「……あの虫は退治が簡単だった」

「虫?」

「城は悪い虫だらけ。これから行く先には、特に厄介なのがいる」


 言いながらグレアムさんは、私の首元の青い石に触れる。意味を問う為じっと見つめたけれど、まだ教えてくれる気はないようだ。


「俺は気が進まんから構わないが、いつまでここにいる気だ?」

「食事も済みました。行きましょうか」


 今度は転移は使わないようで、二人で馬に跨り、時折お菓子を摘まみながらのんびり街道を進む。どうやら次の目的地は言葉の通りかなり気が進まないようだ。愛しい人の気分に合わせ、私はゆったり景色を楽しむ。ここを通った一度目は、重たい決意を胸に秘め。二度目は穏やかな希望を胸に抱き。そして三度目の今は、幸福に包まれている。

 柔らかなティグルの毛を撫で、広い胸に寄りかかって私は目を閉じた。花の香りの空気に混じって、彼の匂い。私の幸せの香りがする。あまりにもゆっくり進んだ所為か、辿り着いたのは日が暮れてから。宿をとり、今日は休む事にする。


「……とても嫌そうですね」


 ベッドの中、苦笑混じりの囁きで確認する。


「あの神官はいけすかん」

「一番、世話になりました」

「下心があったからだろう」

「……そうかもしれません。でもあの人は、私とよく似ている」

「何処がだ?」

「いろんな所がです」


 欠伸をして、グレアムさんの胸元へ擦り寄った。とても眠たい。


「…………俺も、あの男になら託せるなどと思った。だからこそ嫌なんだ」


 眠りに落ちかけながら、私はグレアムさんの頬に触れる。


「でも……私が愛してるのは、あなただけなの……」


 口付けの感触に安堵して、私は柔らかな眠りに包まれた。


 *


 最上級に不機嫌なグレアムさんを連れ、私は神殿のギリリアン本部へとやって来た。ざわざわ人が行き交う受付で、顔見知りの神官に手を振ると奥へ入れと誘われる。


「先生、帰って来たんですか!」


 いつもは静かなはずの廊下へ立った途端神官達に囲まれ、苦笑が漏れた。


「帰って来た訳ではないんです。仕事の相談でビヴァリーさんに会いに来て」


 私の言葉を聞いた神官の一人が呼んで来てくれると言って駆け出した。みんな、仕事に戻らないと怒られると思うんだ。私の心配の声は耳に入らないのか、口々に体調の相談を持ち掛けられる。中には恋の病いがどうとかふざけてみんなを笑わせている人もいた。


「こらお前ら働け! しかも賢者様を放置とかあり得ねぇだろ」


 ビヴァリーさんの呆れた声が響き、蜘蛛の子を散らしたように皆去って行った。


「賢者様。お会い出来て光栄です」


 少し離れた場所で呆気に取られていたグレアムさんに、ビヴァリーさんが頭を下げる。その後ろにいたイグネイシャスとゲルダも頭を下げ、ゲルダはこっそり私に手を振った。私も小さく振り返す。グレアムさんは私の隣に並んでビヴァリーさんと挨拶を交わした。私は、グレアムさんが大量に買って食べ切れなかった菓子を土産としてビヴァリーさんに渡す。


「ありがとうチカちゃん。それで、仕事の相談だって聞いたけど?」


 立ち話はなんだからとビヴァリーさんの執務室へ向かう事になり、私達は揃って歩き出した。ふいにイグネイシャスと目が合い、彼の氷色の瞳が私の首元の青い石を見つけた。途端、痛みを堪えるような表情になる。


「先生先生」


 今はちゃんとしていた方が良いだろう場面なのに、うずうずした様子のゲルダに手招きされた。困った人だなと苦笑しつつも彼女へ近寄ると、ぐっと腕を引かれて耳元で内緒話をされる。


「ちょっとどうなってんの? 仲直りから一気に夫婦になって帰って来るなんてっ。詳しく聞かせてよ」

「夫婦?」

「そこまで世間知らずなの? 先生大丈夫? 騙されてない?」


 内緒話をやめてしまったゲルダに、とても心配されてしまった。何のことだがさっぱりわからなくて思わず足を止めてしまったら、長い指が伸びて来て首元の青い石が摘ままれる。驚いて辿った腕の先には、不穏な笑みのイグネイシャス。


「同意無しで身に付けさせるとは……これは無効ですね」


 言いながら身を屈め、素早く唇の横にキスをされた。


「なっ、何をっ」

「きゃー! イグネイシャス様やっるぅ!」

「ゲルダはちょっと黙ってぇえぇっ!? グレアムさんやめっ……イグの馬鹿! なにしてっ」


 どうしてこの人達殴り合ってるの! いや、理由はわかる。私だ。私がぼけっとしていたからだ。ゲルダは囃し立て、ビヴァリーさんも面白い見世物だとでもいうような顔をして眺めている。だから私は――


「ティグル!」


 ティグルを投げ込んでみた。二人の間には悪意だらけだろうと踏んだのだ。そうしたら案の定大きくなったティグルは二人の間に割り込んで邪魔をしてくれた。未だ二人は何やら罵り合っているが、とりあえず殴り合いは止まったので私は叫ぶ。


「黙れっ! でないと私はティグルだけ連れて旅に出る!」


 ピタリと止まった二人を睨み付け、間髪入れずに言葉を続けた。


「流石にやり過ぎだ、イグ! そうやってグレアムさんとの仲を邪魔するなら友人関係すら解消するからなっ」


 怒り狂って怒鳴る私を見てグレアムさんはぽかんと口を開け、イグネイシャスはふいっと顔を背ける。ゲルダは逃げるように数歩下がり、ビヴァリーさんは楽しそうに口笛を吹いた。


「……グレアムさん、この石の意味を教えて下さい。他の誰かの口からではなく、私はあなたの口から聞きたいです」


 そっと息を吐いてから見つめた先でグレアムさんの顔が耳まで赤く染まる。彼は激しく照れながらも、教えてくれた。


「それは……青い石は、夫婦の証。男が女に贈る。受け取った女は身に付ける事により、その男のものになったのだと宣伝して歩くんだ。ギリリアンの、風習だ」

「そうですか。意味を知らず、すみませんでした。とても嬉しいです」


 だからグレアムさんは、森の家を出る前にこれを私にくれたんだ。照れて恥ずかしくて、彼は口に出来なかったのか。理解した私はグレアムさんに喜びを伝えるように微笑み掛けてから、今度はイグネイシャスへ鋭い視線を向ける。イグネイシャスは不機嫌な様子で、逸らしていた顔を私へ向けた。


「イグ。ここを出る時に私ははっきり断ったと思う。曖昧に感じたのならごめん。私は、グレアムさん以外を愛せない。もしグレアムさんに捨てられても、イグの気持ちには答えない」

「……わかっています。ちゃんと、伝わっています。ただ、チカをあんなに泣かせてぼろぼろにした馬鹿な男への腹いせです」

「その腹いせで私も不幸になれと思ったの?」

「いえ。あわよくば付け入ろうと」

「イグは……私以上の大馬鹿だね」


 私の顔に浮かんだのは、苦い、とても苦い笑み。


「はい。それほど貴女を愛してしまいました」


 イグネイシャスが浮かべたのは、泣きそうな笑み。だけど私は、イグネイシャスには寄り添えない。その手を取る事は、やっぱりどうしても出来ないんだ。深く重く息を吐いた私は、黙って私とイグネイシャスの会話を聞いていたグレアムさんへと歩み寄る。


「傷の手当てをしましょう。……ゲルダ、イグの事を頼めますか? 薬は渡します」

「は、はい先生!」


 ビシっとゲルダは姿勢を正した。イグネイシャスは自力で立ち上がり、まだこちらを睨むように見ている。


「賢者様。私はいつでも付け入る機会を狙っています。貴方がチカを再び泣かせるような事があれば、奪う。ですが……私では駄目なんです。貴方でないとチカは幸せそうに笑ってくれない。それを、忘れないで下さい」

「……言われなくとも、もう手放そうなどと考えるものか。お前が一番質が悪いが、他にも狙っている輩がいる。チカは俺のものだ」


 喉が、熱くなった。私なんかという言葉は、もう使えそうにない。イグネイシャスはきっと、自分と似ていたから私に好意を持ってくれた。でも彼は、自分の力で頑張っている人だ。そんな彼がここまでの想いを向けてくれたのに、自分を卑下する事はイグネイシャスをも貶める。私に愛を告げてくれたグレアムさんをも、馬鹿にする行為だと思う。


「……ビヴァリーさん。お騒がせしてしまい申し訳ありません。お話は二人の手当ての後でも構いませんか?」

「構わないよ。うちの馬鹿弟子がすまないね」

「いえ、私こそ……すみません」

「想いの形は人それぞれ。チカちゃんは、自分で掴んだ幸せを離さないようにすればそれで良いんだ」

「はい……」


 ビヴァリーさんは、イグネイシャスの肩へ腕を回して連れて行く。ゲルダが薬を受け取る為に歩み寄って来たから、私は薬を鞄から出して渡した。


「先生ごめんね。火種を煽っちゃった」


 あまりにもしょんぼりとしているから、私は苦笑を浮かべてゆるゆると首を横に振る。


「ゲルダの所為じゃない。私の愚かな無知さが原因です。だけどこの石は、意味を知らなかったけれど自分の意志で身に付けているし、意味を知っていてもそうしました」

「そっか。……先生、幸せ?」

「うん。とっても幸せ」


 ゲルダに抱き締められ、私も抱き返す。落ち着いたらまたお茶を飲みながら話そうと約束をして、イグネイシャスとビヴァリーさんを追って駆け出したゲルダを私は見送った。

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