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愛を求め鳥は泣く  作者: よろず
本編
42/50

四十二. 鳥籠の森1

 私を送ってくれたカーラットさんとスウィジン様は、気まずいという言葉を残して次の日の朝早くに帰って行った。お世話になったのにとても申し訳なくて、近い内に埋め合わせをすると私が告げたら、私達が幸せになるならそれで良いのだとカーラットさんは笑った。スウィジン様はくれぐれもあいつを頼むぞとグレアムさんから隠れて言葉を残し、去って行った。

 私は穏やかな幸せを取り戻し、だけど前よりも忙しくなりそうな予感がしている。果たすべき約束が私にはたくさんあるのだ。


「チカ…………お前は……俺との子は不要なのか?」


 習慣づいてしまった作業。薬草の下処理だなんだをしていた私の手元を見て、グレアムさんが悲しそうに呟いた。私は自分が持っている薬草を見て、言葉の理由(わけ)を理解する。


「今はもう飲んでいませんよ」

「だがあの時は飲んでいた」

「そうですね。あの時は自分の身も不確かでしたし、子供は恐怖の象徴でした」


 愛なんて知らない私が、親に愛されなかった私が、自分の子供を愛せるとは思えなかった。それに、グレアムさんに捨てられる恐怖も心の底で抱えていた。


「……あなたはどうです? 私との子供は欲しいですか?」


 問い返したら、グレアムさんはむっつり黙り込む。私は嵌めていた手袋を外して両手を伸ばした。逃がさないように彼の頬を両手で包み、微笑みを浮かべて灰色の瞳を見つめた。


「…………子は授かり物。まだお前を独占していたいが……薬を飲まれるのは、不快だ」

「悲しかったんですか?」

「……あぁ。そうだな」


 まつ毛を震わせた彼の唇へキスをして、そっと抱き寄せ髪を撫でる。


「もう飲みません。あなたが永遠を誓ってくれたから」

「……そうか」


 声に安堵が滲んでいる。私に髪を撫でられる彼は、嬉しそうに身を預けて来た。守られるだけではなく、私はこの人を、守ってあげたいと思う。


「愛しています。私が知る世界の中で一番」

「……俺もだ。……お前を解放した後、独りなど慣れていたはずなのに俺は……死んでしまいそうだった」

「守ってあげます。あなたがそうしてくれたように、それ以上の愛で、あなたを守ってあげる。癒してあげる」

「チカ……本当は俺も、お前の側にいられたらそれで良かった」

「私達、もっと話しましょう。伝え合いましょう。あなたが言葉を探している間も、私は待ちますから」


 そしてたくさんの、口付けを。



 ***



 私の鞄の中には、グレアムさんからもらった便利魔具が入っている。魔法の抗菌マスクに、薬を作る際に使う手指を保護する魔法の手袋、害虫から身を守る魔法のマント。グレアムさんと離れている間も、私はずっと彼に守られていた。使い慣れたそれらの道具と洋服を詰め込んだ鞄を持ちティグルを二の腕に巻き付けた私は、綺麗に片付いた室内を見回す。私達は、少しの間旅に出る。お世話になった人々、心配を掛けたみんなに挨拶をして、結果の報告と新人薬師としての宣伝に向かうのだ。


「……チカ、準備は出来たか?」

「はい!」


 私は笑顔でグレアムさんに駆け寄って、抱き付く。グレアムさんも穏やかな表情で抱き返してくれる。


「……これを、お前に」


 シャラリと音がして、グレアムさんの手からぶら下げられたのは、青くて丸い石が付いたネックレス。壊れてしまった通信用魔具の、小さい版みたいな形だ。


「……作った」

「これには、どのような効果が?」

「…………虫除けだ」


 なるほど、虫除けマントの小さい版のようだ。チェーンは細く繊細で、シャツの襟ぐりからチラリと青い石が覗くのがとても綺麗。


「ありがとうございます。大切にします」

「……あぁ」


 彼の照れた表情が、愛しくて堪らない。私はお礼のキスをする。二人一緒に家を出て、玄関の鍵を閉めた。馬の手綱を持った私は、グレアムさんと手を繋いで歩き出す。


「まずはお城ですか?」

「そうだな。あいつらに、叱られに行く」


 とっても嫌そうだ。私は小さく笑って、グレアムさんに擦り寄る。手を繋いでゆっくり森を歩き、森を出た所でグレアムさんは転移を使った。嫌な事はさっさと終わらせたいタイプのようだ。


「……大丈夫か?」

「はい。大分慣れました」


 イグネイシャスに転移で連れ歩かれて、慣れた。慣れない内は気持ちが悪くてぐらぐらしたのも、今では良い思い出だ。

 流石に城の結界を突き破って入るのはやめたようで、私達は城門の前に着いた。驚いている門番の人に会釈をすると、すぐに彼らは城の中へ連絡を取ってくれたようだ。入城の許可を貰って敷地に入り、馬は門番の人が預かって厩へ連れて行ってくれた。


「キュッキュウッ」


 とてもご機嫌なティグルの頭を撫で、私達は寄り添い合って歩く。ティグルは私があの家に帰った時、興奮しながら大歓迎してくれて、とっても可愛かった。思い余ってティグルにキスをしたら、グレアムさんに没収されてしまったりもした。

 城門から続く道を歩いて、辿り着いた城の大扉の前には見知った顔が勢揃い。嬉しそうな笑顔で私達を待っていた。


「チカさん、おかえりなさい!」


 すぐにリリスが駆け寄って来て、私達は抱き締め合う。


「ただいまリリス。少しぶり」

「はい! 少しぶりです!」


 私達の横では、グレアムさんが男性陣に囲まれている。むっつり眉間に皺を寄せたグレアムさん。それをにこにこ笑って見つめる王様。カーラットさんもなんだか怖い笑顔を浮かべていて、スウィジン様は怒った顔。フィオン様だけが、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「…………心配を、掛けた。すまなかった」


 ぼそりと呟いたグレアムさんの言葉を皮切りに、一斉にみんながグレアムさんへ戯れ付き始める。男性は、いくつになっても少年のようだ。


「すっごい心配した! グレアムの馬鹿! 今度あんな事したら僕がチカをもらっちゃうからね?」

「全くだ。だがその時は俺がもらう」


 王様とカーラットさんの間で謎の火花が散った。


「この朴念仁。うかうかしてて奪われないようにしろよ? おまえには勿体無いくらいの女みたいだからよ」

「あ、でも偉い。ちゃんと青い石を贈ったんですね?」


 フィオン様の言葉で男性陣の視線が一斉に私へ向けられた。しかも胸元を見られている気がする。


「…………チカ、その首飾りどうしたの?」


 王様に問われ、私は青い石に触れる。


「グレアムさんからもらいました。虫除け効果があるそうです」

「……虫除け……グレアム、君って本当に……」


 馬鹿だなと、男性陣が声を揃えてグレアムさんを罵った。リリスと二人、訳がわからなくてきょとんとしてしまう。でも誰も何も教えてくれなくて、王様達が攫うようにグレアムさんを城の中へと連れて行く。私とリリスは、手を繋いでそれを追い掛けた。


「そうだ! チカさんはこっちです。お着替えです」

「着替え? どうして?」

「わかりません! でもそれが私の役目です!」


 グレアムさんは男性陣に、私はリリスに攫われた。リリスの部屋へ連れて来られた私は、浴室に押し込まれる。まずはお風呂かららしい。


「……リリスも一緒に入るの?」

「はい! 私がいた世界では、大きいお風呂はみんなで入っていました」


 なんだか覚えのある風習だ。世界が違っていても同じ風習はあるんだな。二人で服を脱ぎ捨てて、洗い場でそれぞれ体を洗う。花の香りの湯船に浸かってほっと息を吐いた所で、リリスに胸を凝視されている事に気が付いた。リリスは自分の胸と私の胸を見比べている。


「大きくて、形が綺麗ですね。私もチカさんのような色気が欲しいです」

「リリスはただでさえ可愛いのに、色気なんて付いたらフィオン様は気が気じゃないでしょうね」

「賢者様のようにですか。それはちょっと可哀想です。……あれ?」


 ずいっと、リリスに顔を近付けられて驚いた。流石にそんなに間近で胸を見られるのは落ち着かない。


「…………チカさん、落ち人なんですか?」

「え? ……あ……」


 リリスの額の(いん)も、自分の胸にある(いん)も見慣れて忘れていた。最近では落ち人だと隠さずとも、世間知らずなのは森にこもった賢者様の弟子なのだから仕方ないという事で済んでいたのだ。


「えぇっと…………実はそうなの。厄介ごとに巻き込まれないよう隠していたんだけど」


 隠していたけれど結局、厄介ごとには自分から首を突っ込んでしまっていたような気もする。


「記憶喪失は?」

「ごめんね、嘘なの」

「なぁんだ、そうなんですか! 落ち人仲間だったんですね」


 にこにこ嬉しそうに笑って、リリスは許してくれた。

 風呂から上がってからは、身支度を整えながらお互いの落ち人故の苦労を語り合って、気付いたら大分時間が経ってしまっていて二人で慌てる事となった。慌てて支度部屋から出ると、そこにはフィオン様が待っていて、彼は自然な動作でリリスを腕に抱くと額の落ち人の証へ口付ける。


「とっても綺麗です、リリス。チカもよくお似合いです」


 リリスは空色のドレス。私はグレアムさんがくれた石と同じ色の、深い青のドレス。胸元が結構開いているのが恥ずかしい。

 フィオン様の案内で連れて行かれた部屋には、男性陣が正装で待っていた。


「チカ、綺麗だね。君たちの仲直り祝いの食事会だよ」


 王様が近付いて来て、私の手を取ると甲に口付ける。挨拶、だよね。マナーがわからず固まっていると、眉間に皺を寄せて近付いて来たグレアムさんの腕に包まれた。私は彼を見上げ、ゆるりと笑みを浮かべる。


「グレアムさんすみません。リリスに落ち人だと話してしまいました」

「もう、構わない」


 呟いたグレアムさんは指先で青い石に触れた。何か意味があるのだろうかと首を傾げたけれど、目を逸らされてしまう。だから私は、するりと彼の頬に触れた。


「何を、隠していますか?」

「…………待て。その内、言う」


 グレアムさんが耳まで真っ赤だ。瞳をうろうろ彷徨わせて、照れた時の変な顔をしている。なんだかとっても恥ずかしそうだ。とても気になるけれど、待てと言ったという事は、待てば教えてくれるのだろう。それなら私は大人しく待とう。


「着飾ったチカを見たかっただけだから、マナーは気にしないで。お腹いっぱい食べてね」


 優しく笑った王様の言葉に甘えて、上品な味の料理を私は、思う存分堪能した。

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