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愛を求め鳥は泣く  作者: よろず
本編
38/50

三十八. 鳥が舞う空4

 いつも通りに薬草園で薬草の世話をして、いつも通りの顔で声を掛けてくれる神官達と挨拶を交わす。


「チカ。朝ごはんを食べましょう」


 いつも通りに笑ってくれたイグネイシャスの存在に、心底ほっとした。


「イグ……さっきはごめんなさい」

「大嫌いと言われても、私は貴女が好きです」

「……お腹、空いた」

「行きましょう。今日はどうやら、チカがこの前喜んで食べていた木の実のパンのようですよ」

「……喜んだ覚えはないです」

「そうですか? やけにゆっくり味わっていたように見えました」

「変な所を見ていますね」

「えぇ。不思議と、どれだけ見ても飽きません」


 縋るように抱き締めていたら、不安そうに鳴いたティグルに頬を舐められた。喉の奥が熱くなって、必死に唾を飲み込んでその気配を押し流す。昨日はたくさん移動した日だから、順番からすると今日は薬を作る日。ありがたくない事に少し余裕が出来てしまう日だ。余裕は、今は困る。イグネイシャスと仕事の話をしながら食事をして、食事の後はいつも通りに別れた。私はその足で薬草園へ向かう。必要な薬草を採ってから部屋に戻った。


「…………魔法って、宅配便よりもきっついなぁ……」


 私の部屋の、仕事机の上。そこにはぽつんと、見覚えのある鞄が置かれていた。鞄の隣にあった包みを開けてみると札束で、きっとこれがこれまでの報酬なのだろう。鞄の中をひっくり返して探したけれど入っていたのは私が置いて来た荷物だけ。札束以外、何もない。


「……うっ、ふ……っ」


 もう堪え切れなくなって、立っていられなくなった。力が抜けたように、床へ崩れ落ちる。口を固く閉じて声を堪えても、涙と一緒に溢れ出た。

 グレアムさんは確かに一度も、好きとも愛してるとも言葉はくれなかった。でも眼差しや触れ方から私は愛を感じていた。それは私の……願望による勘違いだったのかな。不器用な人だからなんて、わかった気になっていただけ?


「せーんせ! う、わ……え? 何何何? どうしたの?」

「げ……げる、だ……すみ、ませっ」

「あの二人が揃って頼んで来るから何事かと思ったら、何? 冷血漢がついに無理矢理何かした?」

「ちが、います……イグは、何も……」

「こんなに泣いて……良いって良いって。私の胸で泣きな!」

「ごめっなさ、なみだ……とまらなっ」

「そういう時は我慢しないの。泣くのが一番」


 抱き締められ、頭と背中を撫でられ、私は声を上げて泣く。ゲルダは子供をあやすようにしてずっと側にいてくれて、存分に泣かせてくれた。

 涙がおさまった所で、私はお茶の支度をする。鎮静効果のあるお茶。今の私にはこのお茶がとても必要だ。


「……それで? 何があったのよ?」


 ゲルダにもお茶の入ったカップを渡してから、暇な時に食堂の厨房を借りて焼いた菓子も出した。甘い物が食べたいと思っただけなのに……焼き菓子でさえグレアムさんの事を思い出して、涙が溢れる。結局王都の有名なお菓子、食べてないや。


「好きな人に、もういらないと言われました……」

「え? イグネイシャス様?」

「イグではないです。……でも、イグには好きだと言われました」

「ちょっと待って! ならイグネイシャス様は振られて、先生には他に想い人がいたの?」

「はい……」

「あー……だから転移ハグかぁ……馬鹿な事するなぁ、イグネイシャス様」

「それは嘘だったと、昨夜聞きました」


 頭がぼんやりする。ぐずぐずになった鼻をかんでから、お茶を一口飲む。温かくてほっとした。ふぅっと息を吐いた私の目の前で、ゲルダが唐突に自分の額を勢い良く叩いたものだから私は目を丸くする。


「しっかし先生みたいな人を振って泣かせるなんてどんな男だ! 私なら絶対逃がさないね! あれ? でも、もうって何?」

「それは……私は、お付き合いしているのだと思っていて……」

「それってもしや、体の関係あり?」

「……はい。私は、愛していると伝えていました」

「何それ! どんなクソ男に引っ掛かったのさ先生! 世間知らずな所に付け込まれちゃったの? てか賢者様の弟子にそんな事するなんて、とんでもない男だねっ」


 相手が賢者様だとは、言えなくなってしまった。でもどうしてゲルダがこんなに怒っているんだろう。


「あの……ゲルダ。彼はとても優しくて不器用な人なんです。私にたくさんのものを与えてくれました。あの人がいなければ、今の私はないくらいに」

「あ~あぁ先生。よっぽどその男の事、愛してたんだ?」

「はい……はい……愛して、て。言葉はもらえなかったけれど、愛されていると、思っていました」

「そっかぁ……なんで別れ話になっちゃったの?」

「…………擦れ違いが、あったんだと思うんです。それか、私が何かしてしまったか。きっと私の所為」

「なぁんでそう思うの?」

「本当に、素晴らしい人なんです。だから」

「でもさぁ、その素晴らしい人が、こぉんな綺麗な女を一人で泣かせてんの?」

「離れた場所に、いるから」

「ならどうやって別れ話したの?」

「それは魔具で。でももう壊されて……使えない」


 チラリと、机の端にある割れてしまった透き通った石の首飾りを見た。昨夜の通信が切れた直後に砕けてしまった。多分グレアムさんが魔法で壊した。私とはもう話したくないという、意思表示みたい。


「ねぇ先生? 先生の相手って……」


 視線を目の前のゲルダへ戻すと、彼女の顔が強張っている。


「賢者様?」

「…………もしかして、魔具で?」

「……うん。そんな精巧なもの作れるの、多分賢者様だけだし」

「そう、ですか……」


 気まずい沈黙が流れた。私は温くなったカップのお茶を飲み干し、細く息を吐く。


「ゲルダありがとう。泣いて話を聞いてもらったら少しだけ、心が軽くなりました」

「いいよぉ先生。いつもお世話になってるのはこっちだし。……でも先生、これからどうするの?」


 私は、正式な薬師となった事をゲルダに告げた。まだここでの仕事が残っている為、とりあえずはそれが片付くまで世話になる事も。


「出来ればずっと居て欲しいな。私先生好きだし」


 にっこり笑って、告げられた。


「え? 何? なんでまた泣いちゃうの?」

「嬉しくて……ゲルダ、ありがとう」

「よくわかんないけど、どういたしまして! だって私達、茶飲み友達だしね」

「そう、ですね」


 もう一杯お茶を淹れてから、お菓子を食べながらいつものようにゲルダの話を聞いた。どうやらゲルダをここへ寄越したのはイグネイシャスとビヴァリーさんらしい。朝の廊下で、私を追い掛けようとしたイグネイシャスをビヴァリーさんが止めて何やら真剣な様子で話をしていたのをゲルダは目撃した。それも終わり何事もない様子で仕事に戻ったものの、イグネイシャスはずっとそわそわしていて、朝食の後でゲルダに頭を下げた。私の様子を見て来て欲しい、と。


「ビヴァリー様も女の方が良いだろうからって言ってて、何かと思ったら先生泣き崩れてるし。最初はてっきり、イグネイシャス様が何かしたのかと思って殴りに行く所だったよ」


 イグネイシャス、危機一髪。ゲルダは日頃の恨みを込めて余分に殴りそうな気がする。


「……ビヴァリーさんも、私の事知ってるんでしょうか?」


 グレアムさんとの一連の事を知られているのなら、なんだか恥ずかしくて居た堪れない。


「多分知ってるんじゃない? あの人勘が鋭いから」


 ゲルダが言うには、職場内恋愛を隠していてもビヴァリーさんには気付かれてしまうんだって。そんな特技はいらないと思う。


「さて、と。冷血漢がきっとそわそわ気にしているだろうから、戻って報告して来るね」

「うん。イグとビヴァリーさんにもお礼を言っておいて下さい。あとお菓子、持って行って皆さんでどうぞ」

「ありがとー! 先生が作るお菓子って美味しいから、みんな喜ぶ」


 手を振って帰るゲルダを見送って、絶望的な気分だった心の重みが軽くなっている事に気が付いた。泣き腫らした瞼は重たいけれど、私は仕事をする事にする。私が作る薬を待っている人がいるのだ。いつの間にか私は、独りではなくなっていたのだなと感じた。


「……イグ? どうしたの?」


 作った薬を持って部屋を出たら、イグネイシャスが扉の前でうろうろしていた。驚いたけれど可笑しくて嬉しくて、笑いが込み上げて来る。


「……チカは、何処に?」


 耳を赤くして目を逸らし気まずげに発された質問に、私は薬を入れた籠を掲げてみせた。それで察したのか、イグネイシャスは私の手から籠を取って持ってくれるようだ。


「ありがとう。イグ」

「いえ。……大分、泣いたようですね」

「……うん」


 それ以上、イグネイシャスは何も言わなかった。ゲルダは報告すると言っていたし、私も止めなかった。だからきっとゲルダから話を聞いたのだろう。追求されないのは、心が楽だ。


「昼、また食べていないのでしょう?」

「食べてないけど、ゲルダとお菓子を食べてお茶も飲んだからお腹は膨れています」

「……焼き菓子、美味しかったです」

「それは良かった」


 もう後は、私は日常へ戻った。

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